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第三話

 翌日、さっそく唯ちゃんと作戦を煮詰めるべく私とアイは約束の時間である16時少し前に武田の家を訪れた。

 唯ちゃんに家が近いということは聞いていたが本当に近い。途中の信号さえなければ3分もあれば付くのではないだろうか。

 とうの武田本人は、学校には登校していたものの午後からはまた姿を消していた。


 話に聞いた通り、今日もどこかで喧嘩にあけくれているのだろうか。

 このままでは素行不良による退学処分にならなくとも、単純な出席日数の関係で卒業不可になりかねないが、奴はそのことは分かっているのだろうか。

 武田の家は彼が幼少期の頃から父子家庭であった。仕事に追われる父親が家にいることも少なく、唯ちゃんが小さな頃から武田が面倒を見ていたと聞く。それが一層、何でも自分で解決しようとする考え方へと繋がっていったのかもしれない。


 そんなことを考えていると、16時を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 約束の時間になってしまったが唯ちゃんはまだ帰っていないのだろうか。もしや学校で急用でも出来てしまったのか。

 念のためもう一度インターホンを押す。

 しばらくすると扉が開いた。そこには腕に絆創膏を張りながら出てくる武田の姿があった。


「何の用だ」

「唯ちゃんと遊ぶ約束をしてるんだよ」


 嘘である。私は“武田剛普通の高校生化計画”を煮詰めるためにここに来た。

 このネーミングセンスについてはさんざんアイに突っ込まれたので、これ以上誰も責めないで欲しい。


「帰れ」


 武田は扉を閉める。


「いれてくれ頼む。いれてくれなければ仕方がない。近所からの通報があるまで、ここで泣きわめくこととしよう」


 もちろんそんなことをするつもりはない。武田はため息を付きながら扉をあけた。


 居間に通され一息ついた私に、武田は問いかける。


「何企んでやがる」

「いやー、別に何も……」


 さてどう誤摩化したものか。私の作戦が知れれば拒絶されるのは目に見えている。

 思考を巡らせる私をよそにアイが口を挟む。


「お前が下らない不良ごっこをやめるように説得しに来たんだ。お前の妹も苦しんでいるぞ」


 この女は、いつも肝心な場所で話をややこしくする。まさかお茶菓子が出されなかったからイラついているのではあるまいな。

 やはり連れてくるべきではなかった。私の“普通の高校生化計画”が台無しだ。


「あ? ほっとけバカ」

「ほっとけるわけないだろうバカ。唯ちゃんが私を頼ってきたのだから。

 暴力を続けても、新たな敵を生むだけで何も解決しないこともわからないのか?」


 険悪な空気が流れ出す。毎度のことであるが、出来ることならインターホンを押したところからやり直したい。

 と、タイミングよく武田の携帯が鳴った。

 この一瞬の隙に、どう軌道修正するかを考えなくては。

 もっともこのメールのおかげで、軌道修正どころではなくなったのは、このときはまだ知る由もない。

 武田はメールを開き、顔色が変わる。


「くそっ!」


 そう言うと、彼は私たちを置いて家を飛び出していってしまった。

 まったく客人だけを残して出かけるとは不用心にも程がある。が、そんなことを言っている暇はない。

 私とアイはすぐさま追いかける。明らかに武田の顔色は普通ではない。

 私の頭にはこのメールへの一つの推測が浮かんでいた。

 出来れば外れてあってほしいものであったが、残念ながらこの推測は見事的中することとなる。


「どうしたんだよ。いきなり」

「かえれ!」


 武田は苦しそうな顔をした後にポツリとつぶやいた。


「唯がさらわれた……」


 メールは我が校OB山口からだった。二年前までは我が校の不良のトップに君臨していたようだが、武田に前歯を三本ほど折られ失脚した。

 卑怯な手を使い、五対一で敗北したのに本当に懲りない男である。高校を卒業しても未だ不良活動を続けているようだ。

 私がもしこのような恥ずかしめを受けたら、再起する自信は持てないが不良という生き物は図太いようだ。

 こんなことに精を出す暇があったら、自分の将来でも考えた方がよっぽど有意義だと思うが。

 そして、武田は唯ちゃんを餌に河川敷に呼び出された。

 この山口という男、少々発想が時代に取り残されているのではないだろうか。通常、現代の日本人が河川敷にいく理由など散歩か釣り程度であろうに。


 河川敷に付くと、唯ちゃんを人質に取った不良たちがいた。

 過去の出来事から学んだのか、10人ほどはいる。見るとほとんど他校の生徒ではないか。この山口という男、他校生まで巻き込むとはつくづくレベルの低いものであきれ果てる。


 唯ちゃんは泣いていた。


「お兄ちゃん。ごめんね……」


 私の隣で、一人の男が拳を握りしめる音が聞こえる。



「てめえら、いい度胸してんな」


 喧嘩など小学生の頃に、おもちゃの取り合いでした以来記憶になかった私はこの状況を恐れていた。

 しかし私は、この男を止めなければならない。私と唯ちゃんの約束を果たすために。友達を失わないために。

 私は一歩前に出た。


「あのー、こいつもう不良やめたんで許してもらえないですかね?」


 案の定、私の発言に数々の罵声が飛び散った。私が彼らの立場だったとしても、わざわざこんな手のこんだことまでしておいて、到底納得のいかないことは分かっていた。そして武田本人が一番あっけに取られた表情をしていた。


「さ、帰ろう唯ちゃん」


 私が唯ちゃんの方に近づくと、山口が私の顔に殴り掛かってきた。


「ふざけんじゃねえ! 誰だてめえ!?」


 人に殴られたのなんて何年ぶりだろう。痛くてたまらない。

 が、こんなことは私の友人が受けてきた苦しみに比べたらなんということはない。

 私は胸ぐらを掴まれ、さらに数発殴られた。脳が揺れる。しかし意識はある。


「すまねえな。唯、進藤。俺はこういうやり方でしか……」


 前に出ようとする武田を私は制止した。


「武田っ! 絶対手出すな! ここで殴ったら、ずっとこのままだぞ! 苦しいままだぞ!」

 私はこれまでにない大声で吠えた。武田の手が止まる。


「お前だってわかっているんだろ。こんなこと、唯ちゃんも誰も望んでないことを!

 いつまで続ける。自分一人で背負い込むな! お前が苦しんでるのを見て、唯ちゃんも苦しんでるんだよ!」

「じゃあどうすりゃあいいんだよ! 俺にはこうするしか思いつかなかった。こうしないと、大切な人が傷ついちまう」


 武田は涙を流している。つくづく不器用なやつだ。


「じゃあ俺がお前を守ってやるよ。俺が一緒に殴られてやる。

 本気で守るものがある人間は、どんなにださくても、一番強いんだよ。

 お前の両手は、人を殴るためのものじゃねえだろ」


 武田が殴られ、吹き飛ばされる。私には、唯ちゃんを見つめる武田の瞳が笑っているように見えた。

 武田は、涙を拭きながら立ち上がる。

 そして笑いながら不良共に言う。


「なるほどな―———お前らの拳なんて、死ぬまで食らっても死ねそうにねぇわ」


 武田が私の横に来る。拳は開かれていた。


「悪いな進藤、一緒に殴られてくれるか?」

「今度飯奢れよ」

「……サンキューな。親友」


 この男は不良なんかではなかった。

 私の親友は、私の知る中で最も強い男だった。

 意識を失いそうな中で、アイが唯ちゃんを保護しているのが見えた。仕方がない。私もこの男に免じて、安心して殴られてやろう。


 ◇


 目が覚めたら、アイの背中の上にいた。

 どうやら気絶してしまっていたようだ。しかし、誰かにおぶられることなんて何年もなかったが心地よい。

 ひ弱な私があそこまで身体をはったのだ。もう少し寝ているふりをしていても罰はあたらないだろう。


「気がついた?」


 ばれていた。

 私と武田が殴られるのもしっかり見ていたようだ。

 アイはあえて止めなかったのだろう。

 私は途中で気絶してしまったので、どの程度一方的な蹂躙が続いたかは定かではないが、私の肉体的ダメージをみると序盤で気絶していて良かったかと思う。痛いのは嫌いだ。


 武田はと言うと、不良共が疲れるまで続いた暴力行為を、見事一度の気絶をすることもなく立ったまま耐え抜いたようだ。それだけでなくしっかりと、唯ちゃんを背負い帰っていったとのことだ。

 やはりあの男の身体能力は恐ろしい。私はしばらくの間、歩くだけで痛みが走りそうだ。幸い骨などに異常は見受けられないのが唯一の救いだ。


「准」

「ん?」


 アイは私の脇腹を肘でどつく。信じられない行動をする女だ。

 激痛が走る。


「痛い?」

「————何、しやがる……」

「頑張ったね。准」


 アイは初めてのお使いを終えた子供に言うような優しい口調で言った。

 おぶられていることにより、顔を見られなくてよかった。恐らく、私の顔は殴られて腫れ上がっていることと無関係に少々赤くなってしまっているだろう。

 ただ、このアイの言葉が嬉しかった。


「これはお前の……」


 私は言葉を途中で止めた。


「ん?」

「なんでもない」


 人と真剣に向き合うお前をみて、俺はこうなれた。立ち向かう勇気を貰えた。

 こんな台詞をまさかアイ本人に言いかけようとするとは、殴られたダメージが脳にまで影響を及ぼしているのだろうか。

 これをいってしまうと、アイに強大な弱みを握られてしまう気がする。

 この言葉は、出来ることなら墓場までもっていくこととしよう。

 アイにおぶられながらみたその日見た夕焼け空は、今までみた中で一番美しかった。


 私は翌日学校を休んだ。傷の痛みで多少の休養がなければまともに動けないと判断したからだ。

 アイも学校を休み、私を付きっきりとまではいかないまでも、看病をしてくれた。

 アイにもけが人をいたわる心があることには感謝した。が、彼女の作った料理の味が次の日からしっかり料理を作り、学校に行くことを決意させた。

 あれ以後武田に変なちょっかいを出す輩もいなくなるだろうと言うのが今の私たちの見通しだ。


 武田曰く、不良というものはプライドで生きている人種らしく、あの状況で一切反撃せずに一方的にやられて帰っていった武田はもう不良としては終わっているらしい。まあもし仮に、今後武田に干渉する人間がいようが、彼は同じ過ちを繰り返すことはないだろう。

 しかし不良少年という生き物はなんと面倒くさい生き方をしていることか。


 翌日玄関を出たところで、私の背中を強めに叩くものがいた。

 武田だ。しかし、この男といいアイといい、私が怪我の身であることを忘れているのか。しかもこいつは、軽く叩いたつもりなのだろうが、自分の力の強さと言うものを理解した方がいい。

 私が痛みに悶えていると、武田の後ろからひょっこりと唯ちゃんが顔を見せた。

「あー、お兄ちゃん。進藤さん痛がってるよ!」

「お、そうか。わりいな進藤。あんな怪我もう治ってると思って」


 お前みたいな化け物と、純粋な人間である私の身体を一緒にするな。


「そんなことより、今日俺と唯と飯いこうぜ。奢る約束もしたしな。アイも来てくれよ」


 武田は楽しそうに言う。人の傷をえぐっておいてそんなこととはつくづくいい度胸をしている。

 しかし、アイを簡単に誘わない方がいいぞ。恐らく会計がお前の思っている2.5

 倍はいく。奢りなればなおさら。


「いく」


 遅かったか。武田には所持金を多めに持ってくることを言っておこう。


「じゃあ放課後な!」


 そんな私の懸念をよそに、楽しそうに歩いていく。

 いい笑顔をするじゃないか。

 私はその笑顔のために、殴られてやったのだ。

 武田の顔を見ると、私の傷の痛みも少し引いた。


 まさかこのような男と友人になる高校生活など思いもしなかったが、なぜかこの男との関係は歳を取っていっても続いていく気がした。

 しかし、この場にいるもう一人の大切な友人との時間は残り限られている事を思い出す。今日は新月。アイとの時間は残り半分だ。



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