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第二話

 爽やかな朝の時間とはこれほどまでに清々しい気持ちになれるとは。普段眼をこすりながら、寝不足で若干不機嫌に支度をしている自分を説教したい。

 通う所がある生活とはこんなに素晴らしいものなのだと説きたい。

 待ちに待った登校日。私は意気揚々と学校へ向かい歩を進めていた。後ろで眠そうに付いてくるアイにはやはり学校は向いていないのだろう。

 私とて、そもそもそこまで学校が好きという訳ではない。しかし、家に丸1週間もいるとさすがに退屈であった。これは一応停学者ということもあって、不要不急の外出を自主的に控えていたからもあるだろう。冬休みや夏休み等の長期休暇と停学期間の大きな違いは、外出に後ろめたさが付くか否かである。


 と、目の前に見覚えのある後ろ姿を見つける。武田だ。何と女子中学生らしき人物と歩いているではないか。

 あの強面の顔と女子中学生との組み合わせは、悪魔が十字架を背負っているほどに違和感のあるものであったが、先日の彼の発言から妹であると推測をたてる。

 私はアイと共に足はやに追いかけた。気付けばこの男のことは追いかけてばかりだ。


「やあ! おはよう」

「おはよ」


 私とアイの爽やかなあいさつを完全に無視し、武田はそのまま歩いていく。久々の登校日だというのに、寂しくて泣いてしまいそうだ。


「お兄ちゃんの、お友達ですか?」


 妹は少しうれしそうに尋ねてきた。

 やはり推測通り妹であったか。それにしても何と可愛らしい生物であろうか。ここでの可愛いとは、リスやウサギを見たときのかわいいであって、決して性的な意味ではない。そもそも私は少女に欲情する類の性癖は持ち合わせていない。


「友達じゃねえよ。そいつはバカの進藤だ」


 悪魔が口をはさんできた。


「ああ、例の……かわいそう」


 妹がそうつぶやきながら哀れむ目で私を見つめてきた。

 この悪魔はいったいどんな噂を妹に繰り広げているのだろうか。

 私をバカバカ言ってはいるが、成績はクラスでもギリギリ上位3割には入っている。成績と地頭の良さが必ずしも比例するわけではないが、バカと言われるような行動をこの男の前でした記憶もない。

 なぜかアイに妹ちゃんが懐いているのも気に喰わない。


 ◇


「ばいばい。お兄ちゃんお姉ちゃん!」

「ばいばーい。唯ちゃん」


 なるほど名前は唯というのか。私が勝手に精神的ダメージを受けている間にそこまで聞き出していたとは、アイのコミュニケーション能力が実に妬ましい。

 そして唯ちゃんの言うお兄ちゃんお姉ちゃんに私も含まれていることを切に願う。

 しかしこの男、あんな可愛らしい妹と話しているのだから少しくらい笑顔を見せればいいのに。思えば武田の表情のレパートリーは非情に少ない。


「そっかお前らもう停学明けたのか」

「一緒に学校に行こう」

「俺に話しかけんなって言ったよな。今日はちょっと用あるから二人で行ってろ」


 そういうと彼は学校とは真逆の方向へと向かって行ってしまった。

 そして今日、全ての授業が終了する時間になっても武田が学校に現れることはなかった。


 夕食の準備をはじめようかというとき、インターホンが鳴った。

 普段は郵便かセールスくらいでしか鳴らないインターホンが週に二回もなったのは実に珍しいことであった。

 私が外に出ると意外な訪問者は、少し不安そうな顔をして立っていた。


「お姉ちゃんいますか?」


 ああ、やはり私ではなくアイがいいのか。またも勝手に精神的ダメージを負ってしまう。

 唯ちゃんを居間に通した後、アイを呼び出した。唯ちゃんは私とアイが揃うとおもむろに切り出した。


「二人はお兄ちゃんの友達ですか? お兄ちゃんが怖くないですか?」


 そういえば今朝あったときにも、最初に同じ質問をされたことを思い出す。しかし、初回とは打って変わり質問する声に不安が感じられる。

 私は少し考えた後、答える。


「怖くなんてないよ。

 友達かは……まだ自信を持って、『はい』とは言えないけど、友達になれると思ってる。多分アイもそうだと思う」


 アイも私の言葉にコクリとうなずく。

 唯ちゃんの様子を鑑みると「友達である」と答えるのがベストであったのかもしれない。

 しかし、真剣に話している相手に対しては、全て本心で答えるのが礼儀であると私は考える。ましてや、こんな純粋な少女相手ならば尚更だ。

 武田がどう思っているのかは定かではないが、少なくとも私は本当に友達になれると思っている。

 そしてきっと、武田がいつも一人でいる理由は、目の前のこの少女が知っているのだろう。

 唯ちゃんは覚悟を決めたように、私たちを訪ねてきた理由を話しだした。



「お兄ちゃんは中北高校に入学したときから不良の先輩に目をつけられていました。あの体格であの目つきですから無理もありません。

 けれど、お兄ちゃんは頭のいい人です。そんな人たちの相手もせず、呼び出されても無視をしていました。

 そんな生活が数ヶ月続いたある日、私は先輩の一人に人質に取られました。私を使ってお兄ちゃんを無理矢理呼び出そうとしたんです。


 お兄ちゃんはすぐに不良達の前に現れました。あんなに怒っている姿をみたのは初めてでした。

 お兄ちゃんは強い人です。そこに集まっていた先輩5人を、一人で倒してしまいました。

 そして、ボロボロの身体で自分が新しいトップに立つことを宣言したのです。自分が不良たちのトップに立つことで、もう私が狙われることがなくなるようにしたんです。こうして、お兄ちゃんや私に手を出す人もいなくなりました。

 だけど、そんな環境も長くは続きませんでした。

 五対一で勝った話はすぐに広がってしまい、別の学校の人からも興味本意で狙われるようになってしまったんです。

 お兄ちゃんは不器用な人です。また私が人質に取られたり、周りの人間が傷つくのを恐れ、自分に敵意を持つ人と手当り次第に喧嘩をするようになりました。

 今日もどこかで自分の身体を傷つけた後に帰ってきました」


 唯ちゃんは途中から泣きそうになりながら話していた。ここまでの長い話を、隣のアイも真剣そうに聞いていた。


「私が弱いから悪いんです。

 でも、お兄ちゃんは本当は凄く優しいひとです。人を傷つけたりするのを凄く苦しんでいるんだと思います。

 だから今日、アイさんと進藤さんがお兄ちゃんに話しかけてくれたとき、私は本当に嬉しかったんです。

 お兄ちゃんがクラスメイトと仲良くしている所なんて、高校に入ってから見たことなかったから。

 どうかお兄ちゃんを苦しみから救ってくれませんか」


 唯ちゃんは泣き疲れ、アイの胸で寝てしまった。


「どうする気? 准」

「友達って、こういときに支えてやれる存在だと俺は思う」


 アイは私の答えに満足げだ。唯ちゃんが私たちを頼ってきてくれたのだ。そして武田のためにも、このままで終わらせる訳にはいかない。

 私は今後の作戦を考案すべく長湯に浸かり、ある結論に到達した。

 武田を普通の高校生に戻せばいいのだ。



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