プロローグ
初夏の訪れを感じさせるような蒸し暑い満月の夜、少年の心は窓の外をしめやかに降る雨よりも暗く泣いていた。
避けようのない別れを憎み、運命の残酷さを恨んだ。
そもそも理不尽な別れを、運命という言葉だけで片付けられる人間は九分九厘いないと思うが、もしいたのならば、それは相当に他人に興味がないか、もしくは仏様もびっくりするほどに諸行無常の響きを理解出来ているかのいずれかであるのではないか。
世には『人生とは別れの連続である』等と説いて奇麗ごとを宣う人間はそこそこに多くいるであろうし、大半が間違った主張でもないだろう。
しかし、いざ理不尽の当事者になってしまっては、そんな話は畜生の言葉と見紛ってしまうほどに納得のいかない話である。これは理屈云々で定義付け出来る問題ではないし、否定していいような話でもない。
特に少年のような、先人や大人達が定義付けた常識すら全ては理解出来ていない、年端も行かぬ純粋な子供にとっては到底話の通じる訳があるまい。
時計の針が頂上を迎えた頃、涙でしわくちゃになった彼は遊び疲れたように眠りについた。
きっと明日も会える、覚えていられる。というごく僅かな希望を胸に。
少女は少年の部屋から出て行った。
乱雑に靴が脱ぎ散らかされている玄関を通り過ぎ、雨空の下にさらされたとき初めて眼球に涙を浮かべた。ここで言う初めてというのは、日付を越えてから最初の涙という意味ではない。
文字通り、何百年と過ごしてきた人生で初めて溢れた涙だった。
最初の一滴、次の一滴とまるで節水中の水道のように緩やかに、しかし確実に瞳から溢れる涙の量は増していった。それに呼応するかのように雨も段々と強くなっていった。
あの空に神様がいるのならば、まるで流した涙を雨で洗い流してくれているかのように。
目が覚めると少年は一人だった。
少女が最後まで座っていた椅子を眺め。玄関に几帳面にも揃えられている自身の靴を眺め、泣いた。少年は自分が泣いている理由がわからなかった。
しかしなぜだか、泣いていることを不思議だと思う気持ちもなかった。そしてまた疲れるまで泣き、日々の日常に戻っていった。
あの空に神様はいないだろう。もしいたとしたら、それはどうしようもなく残酷で意地悪な神様だ。