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ホシノカゲ ー星が降る頃にー

作者: ムネヤケ

何千年の時間を経て再び少女は目を覚ました。

それが愚かなことだとは知らずに…

 今日は星空が降る夜だった。

 夜の背景が星の爪痕で騒々しい。そのくせ、静かに、辺りは寝静まっていた。


 静かな夜だ。

 何もない平原にぽつぽつと点在する森、平原の中心には湖が存在し、そのほとりには一つの小さな小屋があった。


 夜の湖畔が美しい。

 見れば碧色の水面に無数の星の軌跡が見える。まるで子供が青い下地に黄色の線をてきとうに塗ったようだ。だが、自然の美しさが粗くも如実に描かれている、一つの秀逸な絵として出来上がっていた。


 空を見上げる小動物たち。

 何千年に一度の日。こんなに星が降る日など他にない。動物たちはその美しい光景を目に焼き付け、何かを願うようにそのつぶらな瞳で星に訴えかける。


 目が覚めた。

 小屋の中。部屋の端に位置するベットに少女は目を覚ました。雑多に置かれている家具に床に堆積したホコリ。この部屋は灰色の世界、味がなく色がない。よく言えば質素な部屋といった所か。


 少女は上半身を起き上がらせて、あたりを見る。

 灰色に染まった部屋は彼女がどれだけ寝ていたのかを表している。


 少女は窓を見る。

 見れば無数の星が空から落ちている。

「ああ、そういうことか」

 少女は深い夢を見ていた。長く深い物語がつづられ書き足されて一つの長編小説が書けそうなほど重厚な夢。そんな夢に没頭していたのだ。


 少女はふと悲しい気持ちになる。

 少女が今見ていた夢は全てニセモノなのだと彼女自身が気付いた。

 あれだけ愛を語っていた私の夫も、あれだけ隣に寄り添っていた家族も、あれだけ共に歩んできた友達も、あれだけ感動を分け与えてくれた私の子供も、あれだけ私に成長を促したあの世界も…  すべてニセモノ。全て偽りでしかないものだったのだ。

 まるで砂上の楼閣のごとく、前提としていた”そこに住んでいる世界”は崩れ落ちた。土台の砂を失った楼閣、今まで築き上げてきた私の人生は土台を失い一気に崩れてゆく。

 今までの夢は一体何だったのか。

 そんな疑問が私の脳裏にぶっ刺さる。


 少女はあまりのショックにふらつく。

 そんな時に少女の視界に一筋の星の影が写る。黄金の星筋はあたりを照らして紅い粒子を身に纏いながら地上に暮らすものに希望をもたらす。

 あの星の下に行けば何か変わるかもしれない。

 少女はベットから出るとふらつきながらも外を目指す。降り積もったホコリが少女の足跡を作りだし、その足跡はドアまで続いた。


 満天の星空、その光景を水面下が模写している。

 蛍は散りばめられ、魚は水面下に映る星を食べる。

 まるで湖がこの夜の美しさを独占しているようだ。


 小屋を出ればすぐに湖の光景が目に映る。

 この光景を見て少女は幾何か(いきばくか)の安堵を得た。

 少女は湖の傍に立つと空を見上げる。あの時と同じ光景。

 少女がこの夢を見る前、何千年も前の光景と同じだと思いだした。

 悪夢の始まりを予感させる光景ながらも、その美しさに魅了されてすぐに忘れてしまう。


 そして涙する。


 その虚無感に、その愚かさに、その無意味さに、…その美しさに

 一気に自らの感情が涙となって溢れ出る。

 美しい光景から始まった少女の旅は苦しさに飲まれながらも様々な出会いを経て、成長して、皆に囲まれながら優しさに埋もれて死んでいった。それが端的に言って無駄だったのだ。

 少女の涙には世界に対する怒りと、矛盾に満ち世界で一喜一憂した自分の馬鹿馬鹿しさ、瓦解した世界に対する悲しみと、それでも世界は輝き続けているのだという、どこにも拳を振り下げれない自己矛盾にさらされての涙だった。一概に決めることはできない。


 ぽとぽとと落ちる涙を貪欲な魚たちは食べている。そんな魚たちを湖の(ぬし)は底に引きずる。少女の涙を邪魔する者はいない。

 涙は湖の深くに沈んでゆき、できた涙はそこで新しい世界を創造する。

 そうして思い出の詰まったおいしい涙を魚たちは食らうのだ。


 少女はひとしきり泣いた後、星に願いをする。

 ”もう一度、夢を見させて”

 その願いを叶えるがごとく星は一層の輝きを見せた。

 眩しさで意識がくらみその場で倒れる。少女は薄れゆく意識の中であることに気づいた。

 また同じことをしてしまったと

 前回も同じような苦しみ経験をして、同じ願いをしたのだ。そして今回も苦しんだ。何千年後、少女は同じ苦しみを経験するだろう。少女は後悔しながらも今の眠りゆく快楽に身を任せた。



 少女が倒れて数分経って、湖の主が地面に上がる。

 透けた体で少女を持ち上げると元いたベットに少女を運ぶ。ドアをすり抜けホコリに足跡を付けず見事少女を運んだ。

 湖の主はなぜ少女を運ぶのか分からない。ただそれが何万年前から始まった習慣であり、当然のことなのだ。そんな昔のことなどとうに忘れてしまった。

 それを防ぐためにも湖の主は壁に掛けてあるカレンダーに書き出す。

 "4ループ、7回目"

 湖の主は「7回目」を「8回目」に替えるて少女の寝顔を見たてから何かを言った後、湖に還っていった。


 既に夜明けに差し掛かり、星は降るのを止めて空の主役は明けの明星と山の稜線に光り出す太陽へと変わっていった。

 少女の寝顔は美しかった。白銀の髪を伸ばしてぐっすりと寝ている。

 これから何千年後、星の降る日に少女は目覚める。カレンダーが風に揺られて日付を変える。今から起こる喜劇、何千年後に起こる悲劇、そしてそれを何回も体験して少女は大人になっていった。

 もう、少女は少女ではない。精神的にも肉体的にも。

 幼いつぼみは何万年という長い時間を得てようやく開花する。


 その先に出会いがあろうと、別れがあろうと少女は前に進むだろう。

 それが彼女の使命であり、そうプログラミングされている運命なのだから…

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