2 ギリギリの女(その3)
お酒の空き缶を全部ゴミ箱に捨ててさらにお酒を三本買った。店外に出て定位置に戻り壁に寄りかかる。七本目の缶を開けたとき、誰かの声がした。
「失礼ですけど飲みすぎだと思います。もうよした方がいいですよ」
こんなところで深酒してる馬鹿なんて私以外にいるわけないから私が声をかけられたのだろう。コンビニの店員かと思ったけど、目の前にいるのは白いジャージ姿の若い男だから違うようだ。
夜にジャージ姿でコンビニ? しかもそのジャージをよく見れば、ズボンの裾が土でひどく汚れている。ニートだろうか? たまに男が寄ってきたかと思えば、この程度の男。まあこの程度の男でさえ私は相手にされないんですけどね。
「うるさい。ほっといて!」
男を突き放そうとしたけど、酔ってるせいで誰もいない空気を押してしまってかえってよろめいてしまった。
「ほら、やっぱりもう帰った方がいいですよ」
馬鹿にしたようにそう言われて私はキレた。キレたってどうせ相手は知らない男だし、今後の生活で私に実害が及ぶことはないだろう。さんざん酔っ払ってるくせに、そういうところだけは冷静で打算的な私だった。
「お酒を飲むなって君は言うけど、じゃあ君は私の悲しみを解消できるの? できないでしょ? だからほっといて!」
「よっぽど嫌なことがあったんですね」
「逆。なんにもないから悲しいの! 今までに恋人がいたことは二十歳のときの一度しかない。その一人もキスもしないうちに振られた。その初恋は美しい思い出なんてもんじゃない。それがトラウマになって私は恋愛に臆病になった。気がついたら38年生きていて私はずっと一人だった。いい人ぶってお酒を飲みすぎるなとか言わないで! じゃあ君が私の彼氏になってくれるの? なってくれないでしょ? だから私にかまわないで! 私の前からいなくなって!」
男は何か考えてるようだった。顔を見るとどう見ても二十代前半。身長は流星より少し低いけど、顔は澄ましたようでそれでいて柔和な感じ。顔だけなら流星よりずっと上。
イケメンかどうかとよく言うけど、イケメンにもお金の取れるイケメンとそうでないイケメンがある。目の前の彼は間違いなく前者。恋愛映画の主演男優だと言われても信じてしまいそう。どちらにしても私のような底辺の底辺とは違う世界の生物だ。
「あなたは彼氏がほしいんですね。あなたが僕の恋人になったとして、僕にどんなメリットがありますか?」
酔っ払ってる場合じゃないなと気づいた。仕事モードに気持ちを切り替える。どんなに体調が悪くても、やるべきことをやるのが社会人の務めだ。