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私、崩壊  作者: 清水幸
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エピローグⅠ ※山口美奈子主任視点(その3)


 11月26日午前8時30分、課長の司会でいつも通り朝礼が始まった。朝礼といっても自席に座ったまま行われる。

 今日の業務についての連絡事項が各担当者から報告されていく。ここまではいつも通りだがここからが違う。

 「その他、連絡事項以外について何かありませんか?」

 言ってやる! 課長のその言葉を聞いて満を持して挙手する私。でも別に手を上げた人がいたらしく、私は後回しにされた。立ち上がったのは二人。よりによって藤川主幹と三井主事。私が今から課全体に問題提起し情報共有しようとしていたパワハラ案件の加害者と被害者のコンビ。

 いったい何を言い出すつもりだろう? 私は自分の持つ全注意力を二人に傾けた。二人は課長席のそばに移動して並んで立ち、三井主事がマイクを持って語り始めた。

 「私事ですが、僕たちはこのたび入籍いたしましたのでご報告します。県庁から1km圏内の場所にある建売住宅を妻が購入し、すでにそちらでの同居生活も始まっています。妻の名も三井小百合に変わりました。なお妻は妊娠もしています。来年二月から産休を取らせていただきます。なお、結婚式はこちらの都合で子どもが生まれてから挙式する予定です。日時場所等決まり次第またお知らせします。いろいろとご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」

 最後に三井主事が一礼すると、藤川主幹――じゃないもう三井主幹だ――もそれに倣った。見事な夫唱婦随。時代遅れかもしれないが、一言も口出しせずすべてを夫の三井主事に託した主幹の態度を潔いと思った。

 あとで聞いた話だが、結婚式を子どもが生まれるまでしないのは三井主事の両親の意向らしい。生まれた子をDNA鑑定して父親が三井主事であると確認するまで結婚式だけは待ってほしいという言い分は妻である三井主幹に対して失礼極まりないが、主幹はその条件を飲んだ。

 彼女は職場では若手の出世頭、プライベートでは17歳年下の夫を手に入れ、特に不妊治療もせずに自然妊娠。これ以上はないというくらい思い通りに生きてるようで、いろいろ我慢したり妥協したりしてることもあったんだなと意外に思った。

 課の、というか執務室にいる全員による万雷の拍手の中、職場親睦会幹事の二人がご祝儀をそれぞれ贈呈して、新郎新婦の二人がそれを恭しく受け取った。結婚報告が終わり、二人も自席に戻った。ご祝儀を主幹に手渡した職場親睦会の幹事は緒方主査だった。やれやれという口調で主幹に話しかけている。

 「いつも二人を見てるわれわれには二人の交際は最初からバレバレでしたよ。バレバレなのにバレてないと思って、主幹が三井君に対して無理に厳しい態度を取り続けてるのを見て、笑いをこらえるのがずっと大変だったんです。――なあ、田所さん」

 「でも主幹の態度をそのまま受け取って、パワハラだセクハラだって大騒ぎしようと思った人も一人くらいいるかもしれませんね」

 「まさか。少なくともそんな変人、うちの係にはいないよ。――なあ、山口さん」

 「い、いないと思います……」

 と舌を噛みながら答えた私を見る田所主事の冷めた視線が少し痛かった。

 「そういえば、山口さんもさっき手を上げていましたよね。どうぞ」

 思い出したように課長に声をかけられて、仕方なく立ち上がった。

 私も結婚報告ができればよかったけど、婚約していた県庁の別の部署に勤務している彼とは八月に私の方から婚約破棄していた。彼がスマホをずっと手放さないなと以前から怪しんでいた。彼が席を外した隙に彼のスマホを急いで見てみたら、出会い系サイトを通して知り合った何人かの女性と会話のやり取りをしていたのを見つけてしまって、これは無理だと思った。

 それからもいろいろあった。問い詰めたら逆ギレされて勝手にスマホを見たことを責められ、肉体関係はなかったと強弁されたが、私が問題にしてるのはそんなことではなかった。婚約破棄したのは私だけど、有責は彼の方なのでわずかだけど慰謝料もいただいた。そんな男だと見抜けず婚約までしてしまった自分自身がみっともなくて、婚約破棄の件を職場で話題にしたことはない。

 なんで私ばかりこんなに不幸なのだろう? 私だけが不幸だなんて絶対におかしい! そうか。私は正義感からパワハラ疑惑を問題提起しようとしたんじゃなかったんだな。みんな不幸になればいいと願って、たまたま身近で見てパワハラだと思い込んだ主幹の言動を糾弾しようと思い立ったんだ。

 「山口さん、どうかしましたか?」

 立ち上がったまま黙ってると課長に催促された。課の全員が私に注目している。さっきまで夫に従う従順な妻の顔をしていた主幹もすっかり仕事モードに戻っている。

 「私も幸せになりたかった」

 私はそうぽつりとつぶやいて着席した。あとで主幹に別室に呼ばれ、二人きりで私の話を聞いてくれた。主幹を陥れようとしていたことは言えなかった。主幹は私の婚約破棄の話を最後まで黙って聞いてくれた。

 「なんて言えばいいのか……」

 「何も言わなくていいです」

 私は勢いつけて立ち上がり軽く一礼した。

 「私も主幹みたいに自分の力で幸せになります」

 それからすたすたと部屋を出て執務室へと戻っていった。


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