エピローグⅠ ※山口美奈子主任視点(その2)
それが昨日の出来事。
あまりに見苦しいし、同じ女として情けない。
今朝の朝礼の前に同僚の田所美月主事を誰もいない給湯室に呼んで意見を聞いてみた。
「山口さん、どうしたんですか? なんか難しい話でもあるんですか?」
「難しい話というほどでもないんだけどね、田所さん、あなた藤川主幹のことどう思ってる? 率直な思いを聞かせて」
「妹のように思ってますが、それが何か?」
簡単な単語しか使われていないのに、田所主事の言っている意味がまったく頭に入らなかった。
「妹? あなたより一回り年上の主幹が?」
「主幹とは少なくとも上司・部下を超えた恋愛感情に似た感情があるのは確かですね」
上司・部下を超えた恋愛感情に似た感情って同性愛とかいう恋愛感情? この人、何を言ってるの? 空手をやってるとは聞いたことあるけど、頭でも打ったのだろうか?
「何を言ってるのか分からない」
「何を言ってるか分からないって……。率直な思いを聞かせてっていうから、率直な思いを語っただけなのに、そんな言い方されるなら山口さんとはもう何も話しませんから」
「ごめん。実は最近の主幹の、特に三井君に対する言動に目に余るものがあると感じて、ほかの職員の意見を聞いてみようと思ってさっきの質問をさせてもらったんだ」
「それは山口さんが主幹を嫌ってるからそう見えるだけです。あたしは主幹のことが大好きだから逆に微笑ましく思ってますよ」
想定外の展開に困惑した。〈大好き〉ってなんだ? ライクではなくてラブだということ? 田所主事が藤川主幹を? 夫も子どももいる女からそんなセリフを聞かされて困惑した。サバサバした性格で何事にも執着しなさそうな田所主事が、こんなにも藤川主幹に心酔してるとは思わなかった。
「まあ、どうしても山口さんが主幹とケンカしたいというならどうぞ。あたしはいつだって主幹の味方ですから」
捨て台詞なのか警告のつもりか分からないが、田所主事から私への明確な敵意は感じた。幼い頃から空手道場に通っていただけあって上下関係に厳しい田所主事が先輩の私にこんな口を利くなんて思いもよらなかった。
親子ほど年の離れた男の子に本気で恋する藤川主幹、そんな主幹に対して恋愛感情に似た感情を持っていると告白した田所主事、親子ほど年の離れたおばさんにのぼせ上がった熱が冷めても相変わらず仕事のできない三井主事、かわいい奥さんに二人のかわいい娘さんまでいるのにスマホの待ち受け画面がなぜかアニメの美少女キャラの緒方主査――
母子係の面々は私以外一人残らず頭のおかしい人たちばかりだ。朝礼で藤川主幹の言動について私が意見しても同調してくれない可能性も高い。とはいえ、このあとの朝礼で藤川主幹を追及してやろうという私の決意が鈍ることはなかった。




