20 神様光臨(その4)
「おれが馬鹿をやると主幹の評価まで下がる。おれの評価が下がるだけなら気にしないけど、それだけは耐えられない」
「流星君、私に関係なく自分の評価も上がるように努力してほしい。だって君はもうすぐ自分だけでなく生まれてくる赤ちゃんを支える立場になるんだから」
「そうですね。精一杯頑張ります」
「流星、鑑定しておまえの子だと証明されたら、月々の養育費は絶対に滞らせるな!」
と父上。
「生まれてくる子に対する責任を果たさなければ勘当だからな!」
「それはつまり産んでもいいということですか?」
「それについては加藤部長から苦言があった。親としてわが子の結婚に反対する権利はあると思うが、正当な理由もないのに堕胎を主張するのは健康福祉行政の責任者の立場として看過できない、と。今まで妊娠中絶を強要したのは間違いだった。申し訳ない」
ご両親がその場で深々と頭を下げた。
「出産の許可、ありがとうございます。流星君が父親かどうか心配されているようなので、生まれたらすぐDNA鑑定をさせていただきます」
「おやじ、おふくろ、それより結婚の方はどうなんだ? そっちはまだ反対なのか?」
「流星君、喧嘩腰にならないで。頭を下げろと言われたら何時間でも土下座する覚悟で、私は今日この場所に来たんだから」
「主幹が土下座するくらいならおれが土下座します!」
止める間もなく流星は両親の目の前に進み出て土下座した。
「勘違いされても困る。部長二人に頼まれても一人息子と17歳年上の女との結婚など簡単に認めるわけにはいかない。会うだけでいいというから会っただけだ」
それ以降父上は無言のまま身じろぎ一つしない。母上も同様。私と関わる中で流星が人間的に成長したことを感謝しながらも、許容範囲はせいぜい子どもの認知と養育費の支払いまでで、結婚まで許すつもりはさらさらないのだった。
流星が土下座して私が見てるだけというわけにもいくまい。私も流星の右隣に正座して顔を畳につけようとしたとき――
ふすまがさっと開けられ、二人の男性が立っているのが見えた。一人は加藤部長、もう一人は初めて会う人。初めて会う人だが私はその人を知っている。私は呆然となり土下座しようとしていたことさえ忘れた。
そのまま二人の男性は私たちの方に歩み寄ってきた。加藤部長が私の右隣に座り、もう一人の男性も加藤部長の右隣に腰を下ろした。
「三井課長、どうかご子息と藤川主幹の結婚を許してやってもらえないか。私たちからも伏してお願い申し上げる」
加藤部長のその言葉を合図に部長と連れの男性も土下座して、畳に顔をこすりつけた。ここで私もハッとわれに返り、一番最後に顔を畳につけた。
「顔を上げて下さい、知事!」
父上が加藤部長の隣で土下座する山勝宗太県知事の前で中腰になり、オロオロと土下座をやめさせようとするが、知事はお構いなしに土下座継続。
「あなたが頑固を通すなら、僕も頑固を通すまでですよ」
妙にハスキーな、私の知っている知事の肉声そのものだった。
「知事に土下座させたことが職場に知られて、あなた今までどおりに仕事させてもらえるの?」
母上の心配はもっともだった。県職員にとっての県知事は、会社員にとっての社長というより神様と言った方が近いだろう。出先機関の課長といえども神様の前では無力な人間にすぎない。神様とトラブルを起こせばその者の県職員としての未来は閉ざされたも同然だ。
「二人の結婚を許します! だから知事、どうか……」
「そんな口先だけの許しでは僕の土下座をやめさせることはできませんよ」
「許します――じゃない、ぜひ結婚して下さい! 藤川さん、僕らも全面的に力になるので、不肖の息子をどうかよろしくお願いします!」
父上が白旗を上げたが知事はまだ顔を上げない。
「ご主人の意向は確認しましたが、まだ奥様の意向を聞けていません」
だが聞くまでもなかった。
「結婚して! 結婚して! 結婚して! 結婚してえええ!」
母上は緊張しすぎて平常心を失った人のプロポーズみたいに、結婚して! と繰り返し叫び続けた。
「ご両親のご意向しかと確認しましたぞ!」
知事はようやく顔を上げて、勝ち誇った表情を私たちにさらした。この瞬間、私たちの結婚の反対者はいなくなった。悔しそうな、それでいてホッとしたようなご両親の表情。
こうなるようにシナリオを書いたのはもちろん加藤部長。部長は流星のご両親について父上の上司など関係者から聞き取りを行い、夫婦とも頑固で言い出したら聞かないが上下関係には忠実であり権威あるものには逆らわない性格だと知って、このような作戦を考えたという。
部長は仕事上やり取りのある知事が遊び心たっぷりな性格で話の分かる人物であることを知っていた。かわいい部下のために私といっしょに土下座していただけませんかという部長の申し出を、知事は興味深く聞いて、協力要請に対してその場で快諾したそうだ。
知事の出番はここまで。加藤部長は私たちの仲人ができないことを残念がった。
「僕の妻が存命ならぜひやらせてほしいとお願いしたんだけどね」
部長は私たちの結婚式で桜子と出会い交際を始めることになるが、その話はまた別の機会に。




