20 神様光臨(その2)
「藤川さん、もしこの男とトラブルになって困っているなら力になるよ」
と言って、部長は私たちと向き合う位置にあるソファーに腰を下ろし、流星を牽制した。相変わらず優しくて頼りになる人だと思った。
「部長、大丈夫です。彼は私の部下の三井君で、やる気みなぎる新規採用職員です。今ちょっと、上司として彼のプライベートの悩みを聞いていて、解決策が見つからなくて困ったねと言い合っていたところでした」
「部長!?」
急に絡んできたこのじじいは誰なんだろう? とでも言いたげに今までうさんくさそうな表情だった流星が、コントみたいに飛び上がるように立ち上がるなり敬礼した。
「初めてお目にかかります。こども家庭課母子係の三井流星です。部長とは知らず失礼しました」
「君が三井君か? 課長から聞いてるよ。四月からまだ間もないのにもう十回以上遅刻しているそうじゃないか。仕事に取り組む姿勢も不十分だという評価だった。君がだらしなくて君の評価が下がるだけならいいが、君の行動が上司の課長や藤川さんの評価にも影響を与えることを自覚した方がいい。特に藤川さんは将来の部長、いや副知事候補だ。君も部下なら藤川さんの出世の妨げにならないような行動を心がけてほしいね」
将来の副知事候補? 歯の浮くような褒め言葉とはこのことだ。でも流星はそれを事実として受け止めたようで神妙な表情。
「はい。申し訳ありません」
「部長、三井君は交際相手を妊娠させたそうで、それが分かってからは心を入れ替えて仕事するようになって、遅刻もそれからは一回もないんですよ」
いつかバレることだが、流星が妊娠させた相手が直属の上司で17歳も年上の自分だと伝えるのはさすがに抵抗があった。
「まだ仕事も覚えてない新米職員が恋人を妊娠させた? プライベートまでだらしないんだな、彼は? もしかして彼の悩みは交際相手が妊娠したことと関係があるの? 乗りかかった船だから僕でよければ相談に乗るよ」
「ありがとうございます。三井君、部長は私が新採職員だった当時、直属の上司だったの。とても頼りになる方だからぜひ聞いてもらいましょう」
「主幹がそうおっしゃるならおれも異存ありません」
「部長、実は三井君が妊娠させた相手というのが彼より17歳も年上で、そのせいで彼のご両親が結婚を認めてくれないどころか子どもを堕ろせとまで言って困ってるという相談なんです」
「17歳年上……」
部長は絶句してしばらく沈黙が続いた。
「妊娠を武器にして17歳年下の男と結婚しようとしている女も図々しい。結婚してもうまく行くとは思えないな。子どもを堕ろせとまでは言わないが、生まれてからDNA鑑定して、もし三井君の子どもだと証明されれば認知して養育費を払う。正直それ以上の対応が必要とは思えないね」
加藤部長にも見捨てられたような気がして私は号泣した。
「藤川さん、いったいどうしたんだ!」
「主幹! 誰に反対されても、おれだけは主幹とお腹の子どもの味方ですから! おれ、両親と親子の縁を切りますよ。今すぐ二人で、いや生まれてくる子どもと三人で暮らしましょう!」
「三井君の17歳年上の恋人ってまさか藤川さん……?」
加藤部長の呆然とした声を聞きながら、私はいつまでも絶望の暗闇の中で泣き叫んでいた。流星の励ます声だけが救いだったが、どんな救いの言葉も私の心の扉をこじ開けることはできなかった。




