18 私は人間ではありませんでした(その2)
つまり、羽海と李久との結婚は羽海のみならず雄大まで寄生して宿主の李久を食い尽くすための、いわば寄生婚だった。ここまでされて羽海を許そうとする李久の考えがまったく理解できなかった。18年前、浮気した羽海をかばった私のことは全然許してくれなかったくせに。
羽海が顔を上げて、右目を覆う白い眼帯が目に入った。ふてぶてしいまでに自信満々だった以前の面影はまったくなかった。夫から制裁され、娘たちから罵倒され、実家からは勘当され、最後の心の拠り所の不倫相手はあっさり自分を見捨てて金だけ持って一人で逃げようとして、阻止しようとしたら右目を失うほどの凄惨な暴行を受けた。
私に人間じゃないと罵倒されたところで、私を馬鹿にしくさっていた以前の羽海なら十倍にして言い返したはずだ。でも今の羽海は違った。
「小百合さんのおっしゃる通り、確かに私は人間ではありませんでした」
羽海が私をさん付けで呼び、私に敬語を使うのを初めて聞いた。
「すべてを失い、泣いてばかりいた私に李久さんが言いました。加害者の君に泣く資格はない。泣きたいのはこっちだ。でも僕には泣いてる暇はないんだ。子どもたちを守り、傷ついた心のケアもしなければならないからね、と。今まで家族を裏切り続けてきた償いは一生かけてもできませんが、夫――もう元夫ですが――彼に説得されてできる限りの償いをすると約束しました。小百合さん、私はあなたにも昔からひどいことばかりしてきました。あなたと李久さんは私が別れさせたようなものでした。もしあなたと李久さんの交際があのまま続いて二人が結婚していれば、私と雄大以外誰も不幸になっていなかったのに」
「もうその不倫相手のことは何とも思ってないの?」
「彼には私がついてないとダメなんだってずっと思い込んでました。でもそうじゃなくて、私が甘やかしたから彼がダメになってしまったんですね。それも李久さんに教えられました」
そこまで分かってるならもう私から言うべきことはない。
「正直羽海には今も頭に来てるけど、私への償いはいらないから。だって李久君と娘さんたちへの償いだけで手一杯でしょ。よかったね。私が今すごく幸せで。そうじゃなかったら、私はあなたに復讐しようとしていたかもしれない。もういいから帰って。私はもうあなたのことは忘れる。あなたも私のことは忘れていいから」
許すとは言わなかった。それが長年さんざん煮え湯を飲まされてきた羽海への私のささやかな復讐。
羽海は最後にまた顔を地面に押しつけてから、李久に支えられて帰っていった。
羽海たちが帰ったあと、私の部屋に戻って、羽海と私の二十年の関係を流星に説明した。
「こんなこと言うと怒られるだろうけど、主幹と李久さんがうまく行ってればおれの出る幕はなかったわけだから、おれとしては主幹の初恋が実らなくて正直ホッとしてますよ」
まあそれはそうだ。流星と恋に落ちなければ、ほかの何より愛しいお腹の子どもだって存在しなかった。そんな人生は私にとってもありえない。
「それにしても本気で怒ってる主幹を初めて見て、その……あなたを抱きたくなってしまったんですが」
「そんなこと言われても今妊娠中だから。口で……口でしてあげるから……」
羽海への復讐どころでなくなってしまった。これから子どもが生まれればもっと忙しくなって、よけいなことを考える暇はさらになくなるのだろう。もう過去に引きずられてる場合ではなかった。一人ぼっちではない未来が両手を広げて私を待っている。さよなら羽海、さよなら李久、そしてさよなら光夜。もうあなたたちのことは思い出さない。




