1 3人と47人と0人(その5)
夜六時ちょうど、椿姫が派遣社員として勤務する会社が入るビルの裏手に黒のワンボックスが停車し、椿姫が助手席に滑り込む。すかさず桜子が後部座席のドアを開けてドカッとシートの上でふんぞり返る。私も反対側のドアから後部座席に乗り込んでいく。
「え? お姉ちゃんたち? なんで……」
助手席の椿姫が目を丸くしている。
「椿姫の思い出の場所、私たちも興味あったから同行させてもらおうと思ってね」
「そういう無粋な真似はやめましょうよ。お姉さんたち、降りて下さい」
運転席の18号がニヤニヤしながら桜子をたしなめる。態度の悪さは十年前のまま。後ろから運転席のシートを蹴り飛ばしてやろうかと思ったくらいムカムカした。
「そうはいかない。それにあなたたちの思い出の場所に一番行きたがってる人がまだ乗ってないよ」
「一番行きたがってる人?」
そのとき私側のドアが開けられて30歳くらいの女性が悠々と乗り込んできた。大きなお腹。妊婦のようだ。私は真ん中のシートに移動して、その人を座らせてあげた。
「ヒロト、これからあなたの思い出の場所に行くんだって? あなたの妻としてあなたの思い出の場所を当然知っておくべきだと思うから、ぜひその場所に私も案内してね」
「あ、アカネ、なんで……」
一瞬にして真っ白な灰と化した18号。最後に乗り込んできたその人は18号の奥さんだった。もちろん桜子が告げ口して連れてきたのだろう。
「ゴー! ゴー!」
桜子が後ろから笑顔ではやし立てる。18号はハンドルを持ったままフリーズしている。しまいにはシクシク泣き出した。
「ヒロト、こんな街なかに車を停めたままじゃ邪魔でしょ。早く動かして」
「でも……」
「思い出の場所はもういいから、この人たちをこの人たちのうちまで送ってあげて」
「え? うん、分かった」
「助かったって顔しないで。そのあと私たちが帰る場所は私の実家だから」
「えっ」
「あなたが十年前に助手席の人に何をしたか聞いたよ。結婚前のことだからって許されることじゃない。知ってたら結婚なんてしなかった。その件と今回の件、私のお父さんとお母さんにあなたの口からちゃんと説明して。あなたの態度次第では私はもうあなたの家には帰らないから」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
もう18号の脳裏のどこにも助手席の椿姫の存在などなかった。椿姫の方が彼氏だと思っていても、男たちから見れば椿姫なんてその程度の存在でしかない。椿姫もいい加減そういう厳しい現実に気づいてほしい。そもそも過去を知られたら結婚してもらえないのはあなたも同じなんだからね――