14 私、崩壊(その5)
「光夜君、これから私は君もよく知る流星君と交際させてもらうつもり。でもそれは流星君と絶交中の君への当てつけじゃない。彼とは同じ職場で働いていて、私がフリーになるのを何年でも待つと言ってくれていた。その言葉に甘えさせてもらっただけ。――ところで流星君、一つお願いがあるんだけど」
「言って下さい」
「田所さんもここに来てる?」
「ロビーにいました。ここでは挨拶くらいしかしてませんけど」
「じゃあ田所さんに伝えてほしい。私と光夜君が別れることになったけど、それは私の方から無理にお願いしたことで、光夜君が私を振ったわけではないですって」
「言うのはいいですけど、なんでそれを田所さんに?」
「田所さんは光夜君のお姉さんなの。彼女は空手の達人で、光夜君が私を振ったら生き地獄を見せるって光夜君を脅してたから」
「田所さんが光夜のお姉さん? マジっすか?」
「私も最近知ってびっくりしたんだけどね」
それからすぐに二人は病室を出ていった。こんなにあっけなく別れ話が終わるとは思わなかった。光夜が別れたくないとゴネる姿は想像できないけど、未練を感じさせる言動がまったくなかった。ゴネられても困るけど、あまりにすんなり別れられたのもそれはそれでショックだった。
別れを切り出してるときは必死だったから悲しくはなかった。二人がいなくなった途端に待ってましたとばかりにフラッシュバックが押し寄せてきた。
コンビニの前で一人酒していた惨めな私に声をかけてくれた白馬の王子様のような君。その瞬間、私の運命はオセロで盤面全体が黒から白に塗り変わるみたいに激変した。それは別れた今振り返っても私にとって望ましい変化だったに違いない。
「ごめんね、光夜君、ごめんね……」
私はまだ光夜を愛している。というか、これから少しずつ流星を好きになると宣言したのはいいけど、本当にできるのだろうか? 正直自信がない。少なくとも現時点では私の心の中には光夜しかいない。さっき流星とした味気ないキス一回で崩壊するほど、私の心は脆くはない。別れてからかえって光夜の存在が強まったような気さえする。
「光夜君、愛してる……」
涙で何も見えない。涙がぼろぼろと流れ落ちていくが、相変わらず力が入らず腕が上がらなくて涙を拭くこともできない。
「光夜君――」
そのとき誰かが私の目元を拭ってくれた。誰かと思えば流星だった。
「ごめんなさい! 彼と別れて君とつきあうって決めたのに、私はなんて失礼なこと……」
「気にしないで下さい」
流星は怒っていなかった。むしろ不幸な人を慈しむ聖者のような笑顔。
「主幹は本気で光夜を愛してたんですよね。本気の恋なら別れたあともしばらく引きずって当然ですよ。おれも有紗に振られたあと今の主幹と同じような感じでした。逆に本気の恋なら別れた瞬間にキッパリ気持ちを切り替えられる方がおかしいです。おれは主幹――あなたが少しずつおれを好きになるのを気長に待ってますから」
「待たないで!」
「えっ」
「私が君を好きになるのを待つんじゃなくて、なるべく早く私が君を好きになるように君が私をリードしてほしい」
流星は少し考えてから私の体を抱き起こし二回目のキスをした。私はまた泣いていたけど、それは光夜を想っての涙ではなかった。さっきはきっちり三秒間だったけど、今回のキスの時間は不明。流星に包まれている安心感と病み上がりの疲れから、キスされている途中でいつの間にか私が眠ってしまったせいで。




