14 私、崩壊(その3)
「主幹……」
流星は言葉を選びながらぽつりぽつりと語りだした。
「光夜本人を許せと言われてもそれは無理です。でも過去に光夜と交際していたからその人まで許せないかと言われたら、それは違うと思います。主幹への想いは今も変わりません。むしろ、主幹が光夜でなくおれを選んでくれるなら、おれは何よりも光栄ですよ。だって顔も頭のよさもバスケの技術も、おれは全部あいつに負けてるんだから。おれが初めて好きになった女は有紗ですけど、私は流星先輩の恋人でいるより光夜先輩のセフレでいたいですって言われて振られたのは前に話した通りです。光夜といるとドキドキするけど、おれと一緒にいても全然そういう気分になれなかったそうです。でもおれは浮気はしません。主幹を危険な目に遭わせないように全力で守ります。主幹はまだ光夜を愛していて、これから少しずつおれのことを好きになってくれるんですよね。それでいいです。おれは主幹を急かしません。主幹のペースに合わせます。おれもゆっくり主幹との恋を楽しみたいです」
「ありがとう……」
体にまったく力が入らないから、自分で涙を拭うことができないのがもどかしい。流星は自分のハンカチで私の目元を拭ってくれた。
「流星君って、職場の外では呼んでいいかな?」
「いいですよ。おれはプライベートで主幹のことをなんて呼べばいいですか?」
「君が呼びたいように呼べばいい。呼び捨てでもいいよ」
「無理ですよ」
と光夜と同じ回答。
「おれ不器用なんで職場とプライベートで呼び方を変えると、間違って職場なのにプライベートの呼び方で呼んでしまうかもしれないです」
「それは絶対困るな」
職場で部下たちが見てる前で流星に〈おい小百合〉と呼ばれたシーンを想像したら頭が痛くなった。
「しばらくプライベートでも主幹って呼びます」
「まあ君がそれでよければ……」
さん付けで呼ぶのが一番呼びやすい気がするが、もしかしたら流星は光夜が私をそう呼んでいたのを知っていて、光夜と同じようには私を呼びたくないと思ったのかもしれない。
「流星君」
「はい」
「年食ってるだけのかわいげない女ですが、よろしくお願いします」
「おれの方こそ声がでかいだけの仕事もできない男ですが――」
「それは知ってるから大丈夫」
私たちは心の底から笑い合った。思えば光夜とはこんな場面は一度もなかった気がする。彼はクールでスマートでクレバー。私は仕事してるときみたいに、自分の弱い部分、情けない部分をなるべく見せないように、彼と接してきた。流星とはもっと自然に、素の自分を出してつきあっていけそうな気がする。
「流星君」
「はい」
「ロビーに戻ったら光夜君に来るように言ってくれないかな。一人で来るように言ってほしい。別れ話をしなければいけないので」
「分かりました。あいつは暴力を振るうようなやつではないけど、万一ということもあるので、おれも同席させてもらっていいですか。一切口出しはしませんから」
私を全力で守るという約束をさっそく実行してくれてるんだなと思った。私は了承した。
「流星君」
「はい」
「君がよければキスしたい」
「嫌なわけないじゃないですか!」
きっちり三秒間私たちの唇は触れ合った。有紗の言うとおり、なぜかあまりドキドキしなかった。それでいいと思った。だって私は別にドキドキしたいわけではないもの。私は恋愛したいのではなくて、好きな人との子を産んで安らげる家庭を作りたい。つまり、私はドキドキできる恋人がほしいのではなく、私が死ぬまでそばにいてくれる夫と子どもがほしかったのだ。




