12 あなたに恥じない人生を(その3)
詩は無表情で再生を止めた。二人の会話から分かった新事実を整理しようとしたが、胸が苦しくなってきてやめた。
狂ってると思った。狂った二人が地獄に落ちたところで、狂ってるのだからさして苦しくないだろう。光夜はかつての浅はかな行動のせいで鬼畜と呼ばれたらしいが、光夜が鬼畜なら羽海と雄大は何と呼べばいいのだろう? 鬼畜や悪魔だって二人の所業を知れば震え上がるんじゃないだろうか?
問題は狂った二人の悪意によってこの世に生を享けた詩と星奈の托卵児二人。星奈などまだ生後半年だ。二人は何も悪くないのに善良な李久から捨てられて、狂ってもいないのに地獄に落とされようとしている。
「そうそう、あいつらの会話に小百合さんも出てきますよ」
「私が?」
羽海はともかく雄大という男とは今まで何の接点もなかったはず。というかどんな形であっても接点を持ちたくない!
詩はまた別の音声データを再生した。途端に赤ちゃんの大きな泣き声が耳に飛び込んできた。星奈が生まれたあとのごく最近の会話らしい。
《ったく、うっせえな!》
〈ごめん、我慢して〉
《詩が生まれたときに言ってあったよな。おれは子どもの泣き声聞いてると本気で殺意が芽生えるんだ。子どもを殺されたくなかったら、おれと会う前に必ず預けてこい!》
悪魔二人はまた行為中のようだ。誰かが誰かを殴る音。雄大が赤ちゃんの代わりに羽海を殴ったらしい。
〈詩が小さいときからいつも子どもを預かってくれてた女が最近全然預かってくれなくなってさ。彼氏ができて忙しいって言ってたけど絶対嘘に決まってる。そいつ旦那の元カノでさ、私が旦那奪ってから男っけまったくなかったから、私と同い年だけどたぶんまだ処女〉
《38歳で処女? おもしれえ。今度おれに紹介しろよ》
〈なんで?〉
《羽海に嘘ついたお仕置きにおれが貫通さしてやる。そんで犯してるとこ撮影してそのまま奴隷にする》
〈小百合が奴隷? おもしろそう。見てみたい!〉
《見てみたいって、おまえだって……》
〈私がどうかしたの?〉
《いや何でもない。そいつ金は持ってんのか?》
〈公務員で残業ばっかしてるって言ってたから貯め込んでるんじゃない〉
《有り金残らず巻き上げてやるぜ! 中に出すぞ!》
〈ああん!〉
詩が再生を止める前から私は猛烈な吐き気に襲われていた。悪魔二人に悪意のターゲットにされたことが恐ろしかったのではない。詩が乳児のときから私はさんざん羽海の娘たちを預かって子守りしてきた。羽海は決まって急用を理由にしていたが、本当は雄大を刺激せず心置きなく不倫を楽しむために子どもが邪魔だったから預けたのだ。
つまり、愚かな私は知らないうちに羽海に不倫の共犯者にされていた。
「小百合さん……?」
私の異変に気づいて、光夜が私の顔をのぞき込む。羽海の子どもたちを預からなければよかった。まあ、私が預からなかったところで、羽海が雄大との不倫をやめたとは思えないけど。
「よかれと思って子どもたちを預かったのに、私はずっと羽海の不倫の手助けをしていたってことだよね。李久君や詩ちゃんたちになんて言って謝ればいいの……?」
「小百合さんは人のよさにつけこまれて利用されただけです。自分を責めないでください」
慰めてくれる光夜に甘えて、彼の胸に顔をうずめる。悲しみが込み上げて、涙となってあふれ出した。涙を流しながらも、詩になんて言葉をかけるべきか考えていたが、答えは一向に出ない。不倫は悪だが、それを李久に伝えれば、托卵児の詩は李久に捨てられるだろう――
「小百合さん、光夜先生、お二人を見ていて自分で答えを出しました。もう迷いません。私はすべてを失ってもお二人に恥じない人生を生きます」
一人で帰ろうとする詩を、光夜は車に乗せて彼女の自宅まで送っていった。




