11 ギリギリ女の誕生日(その2)
朝早く迎えに来てもらって、それから海を見に行くことになっていた。今日は学校帰りではないからジャージ姿ではなかった。当然のようで実はジャージを着ていない光夜を見るのは初めてだった。
毎日体育の授業で生徒たちとグラウンドを駆け回っていたから、会えばいつもジャージが汚れていた。そうとは知らず土ぼこりで汚れたジャージ姿の光夜を見ては、イケメンのくせに清潔感に欠けるなって少し残念に思っていた過去の自分を思い切り引っぱたきたい。
そういえば私が高校生のときの体育の先生もみんなジャージ姿だった気がする。彼らも土日休みのほとんどを返上して部活指導に当たっていたが、まさか最低賃金の半分にも満たない報酬で休日労働させられていたことまでは知らなかった。学校の教師の仕事がブラックだというのは最近よく聞く話だが、そこまでとは知らなかったし、自分の家族になるかもしれない人の話だと思うともう無関心ではいられない。
ドライブしながらいろいろなことを話した。海が見えてきて私たちは子どもみたいにワクワクして、そしてはしゃいだ。
そのとき私のスマホが鳴った。松本詩からだった。三日前、偶然再会したとき私たちはLINEの友達登録をし合っていた。
「詩ちゃん、おはよう。元気だった?」
「小百合さん、私もうダメかもしれない……」
詩は声を押し殺して泣いていた。その瞬間、せっかくの誕生日デートだがお開きになることを覚悟した。詩は彼女がおむつの頃から世話してきた家族同然の存在であるが、それだけでなく光夜が担任する生徒でもある。受け持ちの生徒に何かあれば、彼は時間に関係なく家を飛び出していくことだろう。光夜と交際、結婚するということはそれを当たり前だと思わなければならないということなのだ。
「光夜君、詩ちゃんが聞いてほしい話があるんだって。私に電話かかってきたけど、そばに光夜君がいるって伝えたら君にもぜひ同席してほしいって」
「分かりました」
光夜は瞬時に引き締まった顔になった。これが教師としての彼の顔か。そう思うと、光夜とは反対に私の顔はデレデレになった。
私たちは海岸線沿いの道路を離れ、また元の道を引き返していった。海がどこかに逃げるわけじゃない。今日は残念だったけど、その気になればいつだってまた来れる。
詩は三日前にも相談があると学校で光夜に持ちかけた。別に秘かに片想いしていたから、二人きりで会う口実に相談をでっち上げたわけではなく、彼女は確かに深刻そうな表情をしていたそうだ。結局詩は何も悩みを打ち明けられないうちに気分が悪くなり、光夜に車で自宅まで送られる途中で私に見つかり、光夜の姉の田所主事の大暴れを招く結果となり、三日前はすべてがうやむやのままになってしまった。もし詩の相談事が急を要することだったら彼女に悪いことしてしまった。
「相談があると僕に言ってきたとき、詩さんは心配になるくらい落ち込んでいました。結局泣き出してしまい、話を続けられそうになかったので、自宅まで送っていくことにしました。途中、元気づけるためにコンビニに寄って買ったソフトクリームは姉の凶器にされてしまいましたけどね」
そうだったのか。仲良く並んで車に乗ってるように見えたのは、ショックと嫉妬と恐怖から私が見間違ってしまったものらしい。光夜に捨てられてまた一人ぼっちに戻るのか、とあのときは本当に怖くて怖くて仕方なかった。そのときは光夜の隣に座る女子高生が羽海の娘の詩だとは思いもしなかったけどね。
光夜に隠し事したくないから、恥を忍んで正直に伝えてみた。
「前に私の初恋の話をしたよね。私を振ったその人が、実は詩ちゃんのお父さんなんだ」
「え? じゃあ、小百合さんは自分をこっぴどく振った男の子どもたちをしょっちゅう預かっていたわけですか? 彼に誤解されなければ、彼の子どもはあなたが生んでいるはずだったのに。つらくなかったですか?」
「つらかった。だから私の心の闇をあの子たちに悟らせないように、何をされても絶対に怒らないと決めていつも笑顔で接した」
「小百合さんのそういうところ、僕は好きですよ」
嫉妬されることはないだろうが、不快な思いにはさせるかもしれないと覚悟していたが、逆に好きだと言われた。
「君が私を好きだと思う気持ちの何倍も私は君が好きだよ!」
突然大声を張り上げた私の頭を軽く撫でて、
「あなたと交際することができて本当によかったです」
と光夜はささやいた。ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中のお湯のように、私の心も体も光夜に抱かれたがっていた。いや、すでにどちらも光夜の所有物になっていた。私のそばにいてくれるなら、君は私に何をしてもいいんだ。




