10 赤鬼と一角獣(その8)
ここで、光夜への密かな想いを吹っ切ったかのように、詩が私に話しかけてきた。
「まさか先生に私の母親と同い年の恋人がいたなんて思わなかった。まあでも分かるかな。小百合さんいい人だもんね。子どもにも子育てにも興味なかったあの女によって私たち姉妹はしょっちゅう小百合さんちに預けられてたけど、預けられて嫌な思いしたことは一度もなかったよ。それどころか小百合さんがお母さんだったらいいのにってずっと思ってた」
また最高にうれしい言葉を耳にした。私がお母さんだったらいいのに? いつか自分の子を産んで、あなたがお母さんでよかったとその子からも言われてみたいと思った。ギリギリの年齢の私。願いは叶うだろうか?
「光夜先生、小百合さんは私にとって実の家族以上にお世話になった恩人なんです。小百合さんが先生の恋人だというなら、私は先生のことあきらめてこれからはお二人の応援団になります。でももし将来先生が小百合さんを振って泣かしたりしたら、今はバスケ王子なんて呼ばれて先生は学校の女子たちに大人気だけど、実は赤い血の流れてない悪魔だったってみんなに言いふらして学校にいづらくさせてやりますからね。覚悟しといて下さい」
「僕は小百合さんと別れると学校で生徒たちに悪魔と罵られて白い目で見られるようになるみたいです。小百合さん、絶対に僕と別れないで下さいね」
「それくらいで済むと思ってるの?」
私が返事する前に田所主事が叫んだ。
「もしあんたが主幹と別れたら、あたしも悪魔になって、死んだ方がマシだと思えるくらいの生き地獄を毎日あんたに見せてやるよ!」
「小百合さん、これから僕が子どもに見えて物足りなくなったとしても、お願いですから僕を捨てないで下さい。できれば僕も生き地獄には落ちたくないので」
職場では誰からも信頼厚い私だけど、恋に関しては一人ぼっちだった。姉の桜子からはヤリモク男に引っかかっていると決めつけられ、光夜の家族からは彼が婚約者を裏切って手を出した浮気相手だと見なされている。
当の光夜は愛してるとベッドの上では甘くささやいてくれる。行為を盛り上げるためのリップサービスにすぎないかもしれないのに、私の心の拠り所はそれしかなかった。
今、私は光夜の実姉である田所美月と光夜が担任するクラスの生徒である松本詩を味方にすることができた。薄暗闇の中を手探りで進んでいた私の恋に夏の太陽の陽射しが差し込んで、一気に視界が開けたような思いがした。
「ところで姉さん、小百合さんと別れるなと言ったということは、僕と小百合さんの交際を認めてくれるっていうこと?」
「真剣な交際ならやめろなんて言えるわけないでしょ」
「香織さんのことは?」
「正式に破談にするしかないでしょうね。言っておくけど、慰謝料はあんたの稼ぎから出すこと。藤川主幹に出させたりしたら許さないから」
「分かってる……」
初めて聞く名前だけど、香織さんとは光夜の元婚約者のことだろう。光夜に浮気されても光夜本人だけには婚約が解消されていないことを告げず、彼女と光夜の家族が設定した三年間の謹慎期間後の復縁を予定していたが、そんなこと知らなかった光夜に私という恋人ができてしまったせいで、復縁の夢が断たれてしまった。
あと三年待ってもし私が光夜の子を妊娠しなければ、そのときはぜひ光夜と復縁してもらいたいが、それを私が提案するのは傲慢だろう。彼女が光夜に謝れと言うなら、代わりに私が土下座して謝罪してもいいと思った。
「それにしても年が一回りも上の主幹があたしの妹になるかもしれないのか。なんだか不思議な気分……」
田所主事が夢見心地のようにぽつりとつぶやいた。私があなたをお義姉さんと呼ぶ日が来ることを、誰より私自身が強く願っています――




