10 赤鬼と一角獣(その7)
どこか別の場所に移動して話し合った方がいいのだろうが、田所主事によってぼろ雑巾のようにされた光夜をすんなり受け入れてくれる飲食店があると思えない。ちなみに田所主事は無傷。かえってまだ殴りたりないという憎々しげな視線を光夜に向けている。
さっきまで光夜と詩が座っていたベンチに私と田所主事も加わり、窮屈に四人並んで腰掛けて話すことになった。並び順は、光夜、田所主事、私、詩。私と詩を光夜から離したのは田所主事の配慮。さっきまで顔にソフトクリームが刺さっていた光夜の顔の辺りから、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
光夜が田所主事の顔色をうかがいながら質問した。まだ少し怯えているようだ。
「姉さん、小百合さんと同僚だったの?」
「同僚じゃなくて、主事のあたしより四段階も役職が上の直属の上司! 子どもが急に熱を出したとき職場の理解のある上司が嫌な顔一つしないで仕事を代わって引き受けてくれるって、あたし何度も話したことあったよね。その上司というのが藤川主幹なの!」
「そんな素敵な人を恋人にできたなんて、僕は幸せ者ですね」
私が素敵な人? 私を恋人にできて幸せ者? 今、人生で一番心地よいセリフを聞いたような気がするんですけど、空耳ではないよね?
でも田所主事は途端に気持ち悪いものを見るような表情になった。
「ふーん、じゃあ聞くけどさ、藤川主幹があんたの恋人なら、あんたが車で連れ回してたそこの女子高生はあんたの何なの?」
「姉さんはさっき僕が小百合さんをたぶらかしてオモチャにしてるって言ってたけど、僕は小百合さんと真剣に交際させてもらってる。年の差があるから小百合さんが不安に感じてるのは知ってるけど、不安に付け込んでセフレ扱いしようとか貢がしてやろうなんて思ったことは一度もないよ。それから今、小百合さんの隣に座ってる松本詩さんは僕が担任するクラスの生徒だよ。僕が顧問を務める女バス――女子バスケットボール部の部員でもあるけどね。要は仕事上のつながりしかないってこと。彼女に対して恋愛感情なんてこれっぽっちもないよ。それは詩さんも同じ。僕は担任として受け持った生徒の相談に乗って、急に気分が悪くなったというので彼女のうちまで車で送っていく途中だったんだ。僕と詩さんが恋愛関係にあると疑うなんて彼女に対しても失礼だよ」
どうして私は光夜の言い分も聞こうともせず、彼を信じてやれなかったのだろう? 私が中年のおばさんだから醜いのではなくて、自分が中年のおばさんだから若くて魅力的な彼に本気で愛されるわけがないと思い込む私の卑屈な心が醜いんだと知った。浮気を疑ってごめんなさいと光夜に謝ろうとしたとき、ううっとすすり泣く誰かの声が漏れ出した。泣き出したのは詩だった。
「詩ちゃん、どうしたの?」
高校生にちゃん付けはおかしいかもしれないが、私にとっては彼女が生まれてからの十年間の預かっていた期間、ずっと詩ちゃんだった。今さら簡単には呼び方を変えられない。
「光夜先生に恋愛感情なんてこれっぽっちもないって言われちゃった。私の方はあったのに……」
「詩ちゃん、ごめんね、ごめんね」
涙をぼろぼろこぼし始めた詩の目元を拭ってあげた。どうして私は自分の恋人に振られた別の女を必死に慰めているんだろう? いつだって恋は理不尽だ。
教え子からの思わぬ告白に目が点になってる光夜を、田所主事がここぞとばかりに責め立てる。
「あんたに恋愛感情なくても、あんたに対する恋愛感情が相手にあるなら、二人っきりになっちゃダメでしょ。あんた、また去年と同じ失敗繰り返す気? ほんと、全然女心分かってないくせに無駄にモテるから危なっかしくてしょうがないわ」
「すいません……」
光夜は詩が自分に恋愛感情を持ってるとは夢にも思ってなかったようだ。




