10 赤鬼と一角獣(その6)
「ああ、でも小百合さん、お話はあとです。頭のおかしい女に先生が襲われてるんです! 助けてくれませんか?」
「先生!?」
思わず叫んでしまった。光夜が先生? 安月給で休みなく働かされるブラック企業の社畜さんじゃなかったの?
「ほらそこ。ああっ、男の人の急所を蹴られまくってる。先生が子どものできない体にされちゃうよお!」
それは困る。私は詩と二人でようやく田所主事を光夜から引き離した。
「主幹、止めないで下さい! 主幹の彼氏がいつもジャージ姿だと聞いて嫌な予感がしたら案の定でした。今日という今日は愛想が尽きました。この男の息の根を止めるか、最低でも男性機能を消失させるか、どっちかになるまで見守ってて下さい」
「はいそうですかって言えるわけないよね? そもそも私の部下から犯罪者を出したくないんですけど!」
田所主事はハッとしたように動きを止め、いつもの従順な部下である彼女に戻った。
「すいません。あたし、手荒な真似はしないという主幹との約束を破ってしまいました」
「うん、これだけ無残に約束を破られるとかえってすがすがしいと思えるほどの破り方だったね」
私はしゃがんで、呆然と地面に座り込む光夜に話しかける。黒いジャージは土まみれ。目はうつろで肩で息をしている。
「光夜君、私、分かる?」
「小百合さん、助けてくれてありがとうございます」
「よかった。光夜君、一言もしゃべらないし一度も反撃しないから、脳震盪でも起こしてるのかなって心配してた」
「この人昔から、言い返したりやり返したりすると、二倍三倍どころじゃなく十倍返ししてくるんで……」
光夜と田所主事は昔からの知り合いだったらしい。知り合いといっても田所主事の方が一方的に光夜を暴行する関係のようだが。
「警察です。ちょっとお話を聞かせて下さい」
そこへ制服を着た二人の警官が駆けつけてきた。この光景を目にした誰かに通報されたらしい。(そりゃそうだよね)
田所主事が前に出て警官たちに頭を下げた。
「すいません。ただの兄弟ゲンカだったんですが、やりすぎました」
「兄弟!?」
と叫んだのはもちろん私。一瞬名字が違うのにと思ったが、田所は夫の名字で旧姓は光夜と同じ村瀬だったのだろう。
「弟は浮気者で、婚約者を裏切ったという前科もあります。今回の件はもっとタチが悪いですね。男性との交際に慣れてなくて、しかも年齢的に結婚、妊娠に焦っている主幹の弱みに付け込んで、たぶらかしてさんざんオモチャにしたわけですから。あたしが尊敬する主幹をなんだと思ってるのかと問い詰めようとしたら、光夜にはまた新しい女ができていて……。しかも女子高生? まさか教え子? あたしは自分を見失って、本気で殺してやろうと思いました」
「殺す?」
と反応したのはもちろん警官たち。職業柄そこは無視できないのはよく分かる。警官たちには大人三人で頭を下げて、騒ぎになったことを丁重に謝罪してお帰りいただいた。




