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私、崩壊  作者: 清水幸
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10 赤鬼と一角獣(その5)


 「じゃあ話し合ってきます」

 「お願いします」

 なぜか田所主事は正面から行かず、二人の視界に入ることを避けるように二人の後方に回り込み、後ろからひたひたと近づいていった。

 田所主事がベンチの真後ろに到達した。光夜と女子高生はまだ気づかない。彼女はすうっと片足を自分の顔の高さまで上げた。パンツが見えそうだよと身振りで注意を与えようとしたら、彼女はそのまま振り上げた片足を振り下ろした。振り下ろした踵が脳天に直撃して、光夜が地面に崩れ落ちた。もしかしてこれが踵落とし? 初めて見た。いやそんなことより――

 手荒な真似はしないって約束したじゃん! 私が田所主事に光夜を襲わせたと勘違いされたら、問答無用で別れを切り出されてしまうんじゃないか。いても立ってもいられなくて私も走り出した。

 田所主事は赤鬼さながらの鬼気迫る表情。追撃の手を緩めず、「思い知れ!」だの「やっぱり去年殺しとけばよかった!」だのと叫びながら、倒れた光夜を蹴りまくっている。長年空手をやってきただけあって美しい蹴りだと思った。光夜は終始無抵抗でサンドバッグ状態。

 女子高生がやめてと叫びながら田所主事につかみかかったが、田所主事は逆に女子高生の手からソフトクリームを奪い、地面に座り込む光夜の顔面にべちゃっとソフトクリームを突き立てた。ソフトクリームは顔に刺さったまま落ちず、せっかくのイケメンが台無し。女子高生が防犯ブザーを作動させてけたたましい音が鳴り響く。そして、「誰か助けて!」と泣き叫んでいる。

 途中で走るのをやめて、私は呆然と立ち止まった。どうにかして光夜からの愛を取り戻したいと意気込んでいたはずなのに、ソフトクリームが顔に突き刺さって一角獣みたいになった光夜を見ていたら何をどうしていいか分からなくなってしまった。私は氷の女。仕事の修羅場ならいくらでも乗り越えてきた。でもこの年になるまでまともな恋愛経験のなかった私にとって、地獄絵図のようなこの光景は幼稚園児レベルの私の恋愛キャパをはるかに超えていた。

 突然、女子高生が防犯ブザーの音を止めたと思ったら、私の方に駆け寄ってきた。

 「あの、藤川小百合さんですよね?」

 えっ? 女子高生に知り合いなんていないはずだけど……

 「思い出してくれないか……。六年ぶりくらいですもんね。私、松本詩です」

 詩ちゃん!? 羽海と李久君の長女の? 今年高校に入学したというのは羽海に聞いていたけど、小学生までの顔しか知らないから全然気づかなかった。詩が生まれてから十歳になる頃までずっと、急用だと言っては羽海がわが家まで預けに来て面倒を見させられたものだ。たまに小さな子どもを預かるのは楽しいが、多いときは週に三日ということもあった。しかも詩だけでなく次女の雪が生まれてからは二人セットで。いくら用があるといってもそこまでになるとさすがにネグレクトじゃないかと腹を立てたこともあるが、雪が小学生になると預けに来なくなった。だが、昨年暮れに三女の星奈が生まれてから、羽海はまた私のうちを無料託児所として利用するようになった。最近は光夜とのデート優先で羽海の依頼は断り続けている。

 「勝手すぎるよ! 友達がこんなに困ってるのに」

 先日はとうとう電話で逆ギレされた。勝手すぎるってどの口が言うのか? 本気でそう問い返してやりたかった。

 目の前の詩はいかにもスポーツやってますという感じの、ショートカットのさわやかな少女に成長していた。詩の誕生日は八月だったはずだから今15歳か。38歳のおばさんに勝ち目はない。

 それにしても詩が光夜の新しい彼女? ほぼ十年間さんざん面倒見てあげた詩に最愛の男を奪われるのか? 恩を仇で返された気分なんですけど!

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