10 赤鬼と一角獣(その3)
「見栄を張って既婚者の振りをしてたけど、本当は先月彼と出会うまで、男の人と体の関係になったことがただの一度もなかった。私ならいくらでもいい相手が見つかる? 適当な慰めを言わないで! 今までの人生で男性にチヤホヤされたことなんて一度もなくて、それどころか38年間私は誰にも手を出されなかった。今、彼を失って、新しい恋人を作る自信なんてない。何よりまたあの淋しい日々に戻るなんて耐えられそうにないよ……」
情けないがここで大泣きしてしまった。田所主事が約束を破って今の話を職場で言いふらしたら私はもう出勤できない。歯止めの利かなくなっていた私はさらに恥の上塗りを重ねていった。
「私が妊娠したら結婚してもらえることになっていて、私は毎晩彼に抱かれてる。私には彼しかいないけど、彼にとっては私なんて性欲処理の道具にすぎなかったのかな。16歳年下の若い男がこんなおばさんと結婚してくれるわけないって頭では分かってる。でもどうしてもあきらめきれないんだ……」
「あたしが尊敬する主幹をたぶらかしてオモチャにして、絶対に許せない!」
自分がたぶらかされてオモチャにされた汚れた女なんだと思うと、なおさら惨めな気分になった。
「私のために怒ってくれてありがとう。今夜も仕事帰りに彼と会うから、私を傷つけるだけならいいけど、もしそれが淫行ならあなた自身の人生が終わるかもしれないんだよって諭してみるつもり。お金を渡して彼と女子高生の関係が切れるならいくらでも渡そうと思ってる」
「今までも彼にお金を渡したりしていたんですか?」
「食事代とホテル代は私が出してるけど、お金を渡したことはなかった。要求されたこともなかったし。彼も働いてるから、お金に困ってる感じはしなかったけど……」
「これから彼と会うんですよね? 主幹と話す前に、私がその彼と話してみてもいいですか?」
「どうして?」
「今の主幹の精神状態だと、お金を出せと言われたら全財産渡しそうじゃないですか。まず私が冷静に事情聴取した方がいいと思います」
一理あると思った。実際、彼と女子高生の関係が切れるのなら三千万円だって惜しくないとさっきまで考えていた。
「手を貸してもらえるのはうれしいけど、彼を問い詰めたり手荒な真似をしたりしないで落ち着いて話すって約束してくれる? 私は彼と別れたいわけじゃないし、彼を怒らせたいわけでもないの」
「もちろんです!」
そのあと田所主事は車を発進させて、県庁までの道中、彼女のご主人との馴れ初めを教えてくれた。ご主人は同級生で、小学生のときから通っている空手道場で知り合ったそうだ。二人とも空手道場には高校卒業まで通い、道場を辞めたらもう会えなくなると思うとつらいねと話してるうちになんとなく交際が始まったそうだ。二人はどっちが強いの? と聞くと、何回か手合わせしたことあるけど全部あたしが勝ちましたと田所主事。あいつあたしが相手だと絶対に本気出さないんです。たまに腹立つけどそういう男なんですよ、あいつは。
腹が立つと言っていたけど、のろけにしか聞こえなかった。私もそういうほんわかした恋がしたかったな。こんなキリキリと胃の痛くなるような恋ではなくて――




