9 石橋千夏の遺言(その5)
それきり桜子はおし黙った。本人が言ったとおりプライドの高い姉には認めたくない現実だっただろう。
たとえば進が年が若いだけの頭空っぽの女とのセックスに溺れて自分と離婚したのだったら、桜子のプライドは傷つけられずに済んだはずだ。私は男見る目がなくてさあ。桜子なら酒を飲みながらそう笑い飛ばしそうだ。
進と千夏の関係はそもそも不倫だったのだろうか? それこそ真実の愛ではなかったか? 私は妻だったのに、真実の愛の邪魔だから切り捨てられた。実際そうだったわけだから、桜子のプライドはズタズタのボロボロだろう。
「今すぐ結論を出せって言ってるわけじゃないんでしょ?」
「もちろん。じっくり考えてほしい」
「とりあえず翔との月一の面会は再開します。そのあとのことはゆっくり考えます」
それでも桜子はさすが私と椿姫の親代わりをずっと務めてきただけあって、内心の動揺をそれ以上私たちに悟らせなかった。
「進さん、遅くなりましたが、奥さまのご逝去本当にご愁傷さまでした」
「お心遣いありがとうございます」
桜子は部屋を出ていった。おそらく別室にいる翔に会いに行ったのだろう。
「百合ねえ」
椿姫に小声で話しかけられた。
「何?」
「桜ねえが復縁しないんだったら、私が進さんをもらったらダメかな?」
「真面目な話してる最中にふざけないで」
「私も真面目に話してるんだけどな」
椿姫はいかにも小悪魔という笑顔を桜子の元夫に向けていた。




