9 石橋千夏の遺言(その4)
動画が終わり、私も椿姫も無言。ただ桜子だけがクックッと静かに笑い出した。
「おかしいと思ったんだよ。私なんてプライド高いだけの中身のない女なのに、お見合いから結婚までトントン拍子でさ。あなたほどの男が私なんかのどこがよかったんだろうってずっと思ってた。そういうことか。あなたは千夏さんを忘れるためにほかの女と結婚しようとした。千夏さんを忘れられれば私でなくても誰でもよかったわけだ」
「桜子さん、それは違う。明るくさっぱりしたあなたとなら幸せな家庭を築けると思った。あなたは神様が僕に授けてくれた宝物だと信じたから結婚したんです」
「ずいぶん安っぽい宝物ねえ。十年ぶりに千夏さんと会ったらあっさり家から放り出したくせに」
「それは本当に申し訳ない」
桜子はため息をついた。何かに呆れたようなため息ではなく、
〈何やってるんだろう、私?〉
そう言ってるように聞こえたため息だった。
「結局、あなたは今日何をしに来たの? 千夏さんのビデオを見せに来ただけじゃないんでしょ」
進が桜子の前で顔を床に擦りつけて土下座した。
「勝手すぎるのは重々承知だが、もう一度やり直せないだろうかとお願いに来ました。僕の妻に戻るのが嫌なら、翔の母親ということでもいい。僕に償いをさせてください」
「子どもを出しに使わないで! 出てけって言ったり、戻れって言ったり本当に勝手すぎるよ。だいたい戻れるわけないよね。あなたとお義母さんは病気の千夏さんのために献身的に介護した。私は何もしてないどころか、千夏さんが死ねばいいってずっと思ってた。登場人物の中で私だけ屑じゃん。どの面下げてあなたたちといっしょに暮らせるの?」
「それは気にしなくていい。千夏のことは君とは無関係だ」
「無関係なわけないじゃん! それで実際私は離婚させられてるわけだし。それにしてもお義母さんにはすっかり騙された。わざわざ離婚してから電話してきて、〈泣いて土下座したのは演技だった、親権手放してくれてありがとう、そんな間抜けだから浮気もされるのよ〉って大笑いされた。五体満足な私を見て千夏さんが落ち込まないように、私を義実家に近づけないようにするためにあんな嫌な言い方したんだね。そこまでが演技だったのか。全然気づかなかったよ」
「桜子さんを傷つけるようなことを言って申し訳なかったと母も言ってました」
「進さん、あなたは私と復縁したいと言うけど、それはそうなることを千夏さんが望んだから? そもそもあなたは私を愛していないでしょう?」
「愛していますよ」
「嘘。あなたにとって愛って何なの?」
「あなたが千夏と同じ病気になっても、僕はあなたが亡くなるそのときまで精一杯介護するでしょう。僕にとって愛とはそういうものです」




