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私、崩壊  作者: 清水幸
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9 石橋千夏の遺言(その3)

 「私は十万人に一人しか発症しない難病を生まれつき抱えていました。遺伝性の病気で母もこの病気にずっと苦しみ、私が高校生のとき亡くなっています。大脳の神経細胞が失われていく進行性の病気で、だんだん動作と感情をコントロールする能力を失っていきます。現在まだ治療法はありません。それでも十代の頃はまだなんともありませんでした。高校を卒業して就職してしばらくすると、病気が原因で激しく貧乏揺すりを起こすようになり、職場の同僚から変な目で見られるようになりました。そのとき、同じ職場の上司だったのが石橋進さんでした。進さんは陰になり日向になり何かと私を助けてくださいました。当時、私は二十歳で進さんは三十歳。私と進さんは恋に落ち、やがて私は妊娠しました。進さんは産んでほしいと言ってくれましたが、病気が遺伝する確率は二分の一。母が私を産んで病気が遺伝したことを知った父は母を捨てました。私は堕胎し、これ以上迷惑をかけたくなかったので退職して進さんの前から姿を消しました。それから病気はどんどん進行し、十年後には私は歩くことも困難になっていました。私には家族がいません。ほかに頼る相手が思いつかなくて私は元の職場を訪ねて、進さんに助けを求めました。進さんが五年前にすでにあなたと結婚していると知って私は絶望しました。私は母の死を看取っていたので、同じ病気の自分がこれからどうなって、どんな死に方をするのか知っていて、それを進さんに伝えました。病気が進行して歩くこともままならなくなっていた私を見て、進さんは離婚して私と再婚する人生を決断してくれました。私と結婚するとはつまり心も体も急激に壊れていく私の介護に追われ、私の最期を看取るだけという、マイナスばかりで何のプラスもない選択をするということです。好きな男と結婚して子どもを育てるという当たり前の幸せが、私には星をつかむような難しい話でした。でも私は夢が叶いました。進さんと結婚できて妻としての幸せを味わえただけでなく、私が寝たきりになるまでの短い期間のことでしたが、進さんと桜子さんの子どもを育てるという母としての幸せを味わうこともできました。たった35年間の人生、しかも最後の数年は寝たきりでしたが、私は確かに幸せでした。もちろん私は私の叶えた夢が、進さんの前妻の桜子さんの犠牲の上に成り立っていることを理解しています。進さんとお姑さんは責めないでください。お二人は五年間、私の介護を本当によくやってくれました。暴れる私を取り押さえようとしたときに怪我をさせたことは一度や二度のことではありません。私が寝たきりになってからは、おむつ替えも一度も嫌な顔せずやってくださいました。あなたから夫と子どもを奪ったのは私です。恨む相手はどうか私だけにしてください。私はじきに死ぬでしょう。あなたに償う方法は母が私に残したお金しかありません。それは母が亡くなったときに振り込まれた保険金の一千万円です。ちなみに初めからこの病気だと分かっている私はどこの生命保険にも入れなかったと聞いています。私から何かを受け取るのは嫌でしょうけど受け取ってやってください。それからもしできれば進さんと再婚してもらえないでしょうか。翔君のお母さんに戻ってもらえないでしょうか。死にゆく私を憐れに思って、最後に私の願いを聞いてはいただけないでしょうか。あなたに一度も会ったことがないのに、お願いばかりで申し訳ありません。あなたと石橋家のみなさんの人生に私が割り込む前の状態に戻していただけることが私の最後の願いです。さようなら。長々と失礼いたしました」

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