6 ワンチャンください(その2)
「主幹、おはようございます。ドクターのご主人に送ってもらってるんですね」
光夜とキスしていたのは気づかれなかったようでホッとした。
「三井君、私は独身だから主人なんていないからね」
「独身!? みんな主幹は既婚者だって言ってましたよ」
知ってる。誰にも結婚してもらえない底辺だとバレるよりその方が都合がいいから、今までは既婚者呼ばわりされても訂正しなかった。でも今、私には光夜がいる。もうくだらない見栄を張る必要はないんだ。
「さっきの人は彼氏さんだったんですね。もしドクターの彼氏さんと別れることがあれば教えて下さい。おれ、主幹の新カレに立候補しますから」
ところでなぜ私の彼氏が医者だと決めつけられているのだろう? 実際は制服だというジャージを着て低賃金で休みなく働くスーパーブラック企業勤務の社畜さん。私が馬鹿にされるのはいいけど、光夜が馬鹿にされるのは耐えられないから、もちろん流星にそこまで教えるつもりはない。
私はふうっと大きくため息をついた。
「朝から部下にからかわれて気分よくないんだけどね」
「からかってなんていません! 次に恋人にする人は尊敬できる人って決めてたんです」
それならたとえ私が光夜と別れても、私が流星の恋人になることはありえない。だって私は流星を全然尊敬できないもの。申し訳ないけどね。
光夜に早く会いたくてたまらないのに、こういうときに限って仕事はトラブル続き。母子家庭支援の一環として母子寡婦福祉資金貸付金という母子家庭向けの貸付事業もある。もちろん申請すれば必ず貸してもらえるというものではなく、厳しい審査があり不承認となる申請者も少なくない。それはいいのだが、貸付を不承認となった申請者の銀行口座から償還(返済)金が引き落とされてしまったって意味不明なんですけど! それも同様の事例が同時に何件も! お金を引き落とされた人から抗議の電話が来るまで、職員側で異常事態に気づいた者が誰もいなかった、というのも大問題だ。
貸付の受付や申請者情報のシステムへの登録、償還が滞った滞納者への督促などは県庁ではなく県下数ヶ所にある出先機関で行われている。県庁担当課は国から資金を受け取り各出先機関に送金したり、出先機関の実務に対する監督をしたりしている。
ある出先機関の担当者から今回の件はどうしましょうと対応方法を尋ねられた。そんなもの返金処理をした上で訪問して謝るしかないだろう。出先機関の担当者がシステムの不具合が今回の事例の原因だと主張したが、それはそうなのだろう。でもあらかじめ出力された償還者の名簿のチェックが不十分だった責任はあなたにあると言ったら黙った。私たちは県民のために仕事している。私たちのミスのせいで県民の財産を不当に奪うなどという事態は絶対にあってはならないのだ。
貸付のシステムの不具合解消は民間の業者が請け負っている。業者との折衝は県庁の仕事。システムエンジニアさんたちを呼び出して、今回の事例を報告し、早急にシステム改修するよう要請した。彼らは今夜も徹夜だろう。私たちは夜七時過ぎに今回の件のすべての処理を完了した。




