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私、崩壊  作者: 清水幸
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3 与えられた夜(その3)


 私もシャワーを浴びて昨日の服を着ていると声をかけられた。光夜も昨夜の土で汚れた白いジャージを着ている。

 「送っていきますよ。直接県庁に行きますか? 一度自宅に戻って着替えますか?」

 昨夜、急に友達の家に泊まることになって帰らないと桜子にはLINEで伝えてあった。全部着替えたいのはやまやまだけど、光夜の車で送られたのを桜子か椿姫に見られたら面倒だ。

 「うちには戻らない。職場に行く途中、どこでもいいからコンビニに寄ってくれないかな。替えの下着を買っていきたいから」

 「気にいるかどうか分からないけど、このホテルなら下着を自販機で売ってますよ」

 〈このホテルなら〉か。光夜が以前にもこのラブホテルとここではない別のラブホテルを利用したことがあることは分かった。彼の過去に嫉妬しても仕方ない。ただこれからはどうだろう?

 若い彼が16歳年上のおばさん一人で一生満足してくれるとは思えない。まして、別に私がそれを望んだわけじゃないけど光夜はかなりのイケメン。彼にその気がなくても女の方から彼に言い寄っていくかもしれない。浮気を公認というか黙認すべきなのだろうか?

 誰かに相談したいけど、夫の浮気を許せず離婚した桜子と誘われたら断れないサセ子の椿姫は相談相手としては不適当だろう。羽海? それもシャクだし。

 そもそも光夜は今現在、私以外に交際相手が本当にいないのか? ニートならまさか既婚者だということはないだろうけど。なんか頭がぐちゃぐちゃだ。相手のことをなんにも知らないうちに、勢いだけで関係を持ってしまった自分の浅はかさに、今さらながら背筋が寒くなった。

 「あの、光夜君……」

 「なんですか?」

 「ううん、なんでもない……」

 〈二股かけたりしてないでしょうね?〉とストレートに聞きたいが、〈僕を信じられないんですね?〉と嫌われてしまうのは嫌だ。

 「小百合さん、聞きにくいことも遠慮なく聞いていいですから。そういうことができないと、僕らの関係はどんどんギクシャクしていきますよ」

 正論だ。彼が聞いていいと言うのだから遠慮なく教えてもらうことにする。

 「君のこと何も知らないうちにこうなってしまったものだから……。君は今私以外におつきあいしてる人がいないということでいいんだよね?」

 それを聞いても光夜の表情は元通り穏やかなまま。表情にも口調にもどこにも棘が感じられなかった。イケメンという人種に今までほとんど絡んだことがなかったけど、顔が美しいと心も美しいのだろうか? 38年生きてきて知らないことはまだたくさんあったんだなと思い知った。

 「大学三年生のとき前の彼女と別れて、それから一人でした。これからもあなたと交際しているあいだは、ほかの誰にも恋愛感情を持たないと約束します」

 今はニートでも大学までは行ってたんだなと知った。私が受験した頃とは違って、今は少子化で大学余りの時代。お金さえ払えば入れる大学はいくらでもあることは知ってるけど。

 「ありがとう……」

 「こういうことは大事なことだと思うので放置しないで一々確認して下さい。少なくとも僕はあなたの言った覚悟は持ってるつもりなので」

 「私の言った覚悟?」

 「ギリギリの年齢の女とつきあう覚悟ってやつです」

 私が酔った勢いで言ってしまった言葉だ。そんなふうに言われて、あるよと言ってくれる男なんてまずいないだろうと冷静になった今なら分かる。

 「君と私は昨日出会ったばかりなのに、君は私のどこがよくて私に対してそこまでの覚悟を持ってくれたの?」

 「あなたの預金通帳を見て、三千万円という預金額ではなく、まだ三十代で三千万円のお金を貯められる真面目な生き方をしてきた人なんだなと感心したんです。少なくとも僕の周りには、僕自身も含めて、それができそうな人はいなかったので」

 真面目に生きてきてよかったと心の中で涙した。正直に言えば、お金を貯めるだけの人生が空しくなって、有り金全部パアッと使ってしまおうという衝動に駆られたことは一度や二度のことじゃない。それをしなかったのは理性の力じゃない。単に勇気がなかっただけだ。

 私は真面目な女ではあるが、君が思うほど真面目でもない。正直にそう言う代わりに私なりの精一杯の感謝の言葉を君に伝えた。

 「私が38年ずっと一人だったのは昨日君と出会うためだったのかもしれない」

 光夜も私からそう言われてうれしかったらしい。いきなりディープなキスをされた。澄ました顔をしてるくせに意外と大胆で情熱的な男だ。そういえば私のファーストキスの相手も光夜。光夜は昨夜私からいくつかの初めてを奪い、そしてそれ以上の何かを与えてくれた。

 再び光夜の車に乗り込んだ。光夜も昨夜着ていた白いジャージ姿のまま。

 「私を職場まで送ったあと君はどうするの?」

 「僕もそのまま自分の職場に行きます」

 「ジャージ姿で?」

 「職場の先輩が〈ジャージはおれたちの制服だ〉って言ってました」

 「ふうん」

 どんな仕事してるんだろう? 肉体労働系だろうか? 私に話したがらないかもしれないから聞き出しにくい。とりあえずニートではなさそうだと分かって、正直ホッとした。

 さっき光夜とLINEでもつながった。私から送った最初のメッセージは、


 〈今夜も会いたいです〉

 《僕もです》


 光夜もそう返してくれた。


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