エピローグ 手作りお菓子にはご用心
「桐花、ケーキ食うか?」
「へ?」
事件解決から数日。
放課後の部室で俺はそんなふうに話を切り出した。
「ケーキ? なんのことです?」
「いやこの前話しただろ。調理実習で作ったカップケーキだよ」
「ああ。あれですか」
今日の授業で調理実習があり、俺の班は前々からの計画通りカップケーキを作ったのだ。
「いやー、事件のこともあってすっかり忘れてました。そうでしたよね、学園一の不良が可愛い可愛いカップケーキを作るって話でしたね」
「……別に可愛くはねえよ」
「ちゃんとピンクのエプロン着ました? ハートのアップリケがついた」
「そんな話一回もしてねえだろうが!」
ここぞとばかりにイジってきやがる。
こんなことなら調理実習のメニューを決める時に牛丼でもゴリ押ししておくんだった。
「で、食うのか食わねえのかどっちなんだ?」
「食べます食べます。もー、そんなに拗ねないでくださいよ」
ケラケラと笑いながら桐花は答えた。
「ったく、ほらよ」
鞄から袋に入ったカップケーキを取り出す。
「ほうほう、見た目はなかなか美味しそうな……大きくないですか?」
桐花の言う通り、ケーキは俺の握り拳ほどの大きさがある。
「容器を買ってくる担当が俺でな、こういうのいまいちわかんねえからでかいの買ってきちまったんだよ」
容器に生地を流し込んで焼き上げる以上、必然的にケーキそのものがでかくなってしまったのだ。
「まあ、しっかり中まで焼き上げてあるから安心しろ」
半生ということはないはずだ。
「そういうことなら喜んでいただきます。吉岡さんが愛情を込めて作ってくれたカップケーキですから」
「そんなもん入れてねえよ」
「砂糖と塩、間違えてませんよね?」
「……いいから黙って食え」
ニヤニヤと楽しそうな桐花を促す。
そして大きな口を開けてカップケーキにかぶりついた。
「…………しょっぱぁ!!」
直後、桐花が顔をしかめて思い切りむせた。
「え、嘘? なんで? 全然甘くないんですけど!?」
「いやぁ、やっぱお前いい勘してるよ。実はマジで砂糖と塩間違えちまってな。早い段階で気づいたんだけどもうどうしようもなくて、最終的に塩味のカップケーキを作ろう。ってなったんだよ」
ちなみにだが、砂糖と塩を間違えたのは俺ではなく同じ班の女子だ。
「なんか……お肉と葉っぱの食感がするんですけど?」
「他の班からベーコンとほうれん草もらって、調理して中に詰めたんだよ。こういうのおかず系デザートっていうの?」
外観からは想像できない、意表をついた味になったと思う。
「ちょっとしょっぱいかもしれないが、結構いけるだろ?」
「……確かに美味しいですけど、美味しいですけれども! こっちは完全に甘いものを食べる口だったんですよ! こんなの詐欺に遭った気分です!」
ああ、なんていいリアクションだ。期待以上の反応、打てば響くとはまさにこのことだな。
この反応を見たくてわざわざ余分に作って持ってきたのだ。
ギャーギャー文句を言いながらカップケーキをパクつく桐花を眺めていると、部室の扉がノックされた。
「桐花ちゃん、吉岡くんおるー?」
泉先輩だ。
先輩はどうやら先日の事件の謎を解き明かしてくれたお礼をしにきたらしい。
「ありがとね二人とも。うちのお願い聞いてくれて」
そんなことを言いながらペコリと頭を下げる。
「最初あの日記見つけてから、真相が気になって気になって仕方なくてな。夜も眠れん日が続いとったから本当に助かったよ」
「大袈裟ですよ先輩」
桐花が苦笑する。
「大袈裟じゃないよ! 小説の最後の最後のオチだけ抜けてるようなものやろ? 桐花ちゃんだって、ミステリー小説で犯人は結局わからないままでした、なんて嫌いな展開やろ?」
「……確かに。一番モヤモヤするやつですね」
「やろ。だからほんまに感謝してるんや」
そう言って先輩は笑顔を見せた。
「だからね、今日はお礼にお菓子作ってきたんや」
「……お菓子」
「マジっすか泉先輩!?」
その言葉に思わず身を乗り出してしまう。
「泉先輩お菓子作るんすか? いや、前に作るって言ってましたね」
「うん。しばらく作ってなかったんやけど、この前の事件の影響かな? なんか久しぶりに作りたくなっちゃって」
「いやー嬉しいな! めっちゃ楽しみっす!」
心からそう思う。
「……吉岡さん。なんかテンション高いですね?」
「いやだって、女子の手作りお菓子だろ? そんなのテンション上がらない方がおかしいだろ!」
「私がこの前あげたクッキーも女子の手作りお菓子だったんですけど!?」
それはまあ、あれだ。桐花だし。
「もう持ってきてるんやけど、食べる? お腹減ってる?」
鞄から何やら色々取り出しながら先輩が問いかけてきた。
「そりゃもちろん。いただきます」
「……私は遠慮しときます。さっき吉岡さんのカップケーキ食べてお腹いっぱいなので」
俺は喜んで了承したが、桐花は断った。
「なんだお前珍しい。食べ物を遠慮するなんて」
「……さっきのカップケーキ大きかったですからね。一般的な女子はあれ一個で十分ですよ」
一般的な女子?
そんな疑問が浮かぶがまあいい。桐花の分も俺がいただこう。
泉先輩から紙の皿とフォークを受け取る。
「何を作ってきたんですか?」
「うーん、多分名前を聞いてもわからんと思うよ? インドのお菓子やし」
「インド?」
泉井先輩は大きなタッパーを取り出した。
「一度食べたことあるんやけど、すっごく美味しかったよ」
蓋を開ける。
中にはベビーカステラのような茶色いお菓子が山ほど積み込まれていた。
何かかけているのか、表面がキラリと光っている。
「さ、遠慮せず食べて」
「じゃ、いただきます」
フォークに突き刺し持ち上げると、予想以上にずしりとした重みを感じる。
そしてそのまま一気に口の中に放り入れた。
「…………あっまぁ!!!!」
最初に感じたのは圧倒的な甘み、次に感じたのはこれまでに感じたことのない甘み、そして最後に感じたのは暴力的なまでの甘みだった。
甘すぎる。
なんだこの甘さは? 鼻から抜ける香りすら甘く、甘すぎて痛いほどだった。
「な、なんだこれ!?」
「グラブジャムン。インドで作られる、通称『世界一甘いお菓子』ですよ」
桐花が恐る恐るといった様子で、タッパーの中を覗き込みながら答えた。
「小麦粉と砂糖を練った生地を油で揚げ、香辛料たっぷりのシロップの中に漬け込んだこのお菓子を食べると、まるで甘さにぶん殴られたような衝撃を受けるそうです」
「……まさに俺が今その状態だよ」
ノックアウト寸前だ。
なんでこんなお菓子を作ってきたんだ?
そんな気持ちで泉先輩を見ると、なんと泉先輩は俺が一つ食べただけで悶絶したグラブジャムンを何個も口に運んでいた。
「いやー、甘くて美味しいね!」
「……マジかよ」
「言い忘れていましたが、泉先輩は常人を遥かに超える甘党です」
こんなの何個も食ったら病気になる。そんなセリフが言えないくらい衝撃的な光景だった。
「あ、吉岡くん。まだまだあるからいっぱい食べてな!」
「ちなみに泉先輩。お菓子を食べるのが好き。作るのも好き。人に食べさせるのも大好き。そんな人です」
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れる。
桐花こいつこうなることがわかってたな? なんのつもりだ? 俺が一体何をしたっていうんだ!?
「ほらほら、遠慮せずいっぱい食べてや」
笑顔の泉先輩に、皿の中にシロップたっぷりのグラブジャムンを入れられる。
これを全部食べろと?
一つ食べただけでもう胸焼けしているのに?
泉先輩は俺を殺そうとしているのか?
だが泉先輩のその表情に悪意は一切なく、ただ純粋に美味しいものを誰かと共有したいという気持ちで溢れていた。
視線で桐花に助けを求めるが、桐花はどこか嗜虐的な笑みを浮かべるだけだった。
「ほら吉岡さん。女子の手作りお菓子が食べ放題ですよ。よかったですね」
「……いただきます」
これにて第6章完結です。
ここまでお付き合いいただき有難うございます。
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では次回、第7章更新までお待ちください。




