属性過多
「お二人には、自分が描いた漫画を読んでもらいたいのでござる!」
そう言って頭を下げてきたのは、俺のクラスメイトである進藤学……語尾が変な男だ。
ちょっと前に体育祭実行委員として我ら相談部に依頼をしてきた人物だ。
今日はその手に何やら紙の束を携えて部室に訪れていた。
「そういやお前、漫研だっけ?」
何かと俺らと縁があるご近所の部活だ。
「そうでござる。ここ最近まで体育祭実行委員と漫画研究部の部員、二足の草鞋を履く生活をしていてとても忙しかったのでござるが、体育祭の終わった今、漫研の部員として漫画作りに励んでいる真っ最中でござる」
「……本当お前、高校生活充実してるよな」
羨ましい限りだ。
「それで、今日はお前の描いた漫画を俺たちに読めってか?」
「まだ下書きの段階でござるが、入学当初からちょっとずつ描き進めてきたのでござる。お二人には読んでいただいて、その感想をぜひお聞きしたいのでござる!」
「感想つってもな……」
そう言って俺と桐花は顔を見合わせる。桐花もやや戸惑った表情をしている。
「そういうのは同じ漫研の人にお願いしたらどうですか? 私たち、漫画については素人ですよ?」
「もちろんすでに先輩方には意見をもらっているでござる。しかし、同じ漫研の部員の感想は所詮身内の馴れ合いにしかならないのでござる」
「だから外野の俺たちの感想が聞きたいと」
無駄にプロ意識が高いな。
「まあそういうことなら。俺も漫画は結構読んでるしな。桐花は……」
「私も小説ほどではありませんが嗜みますよ」
「ジャンルは?」
「ラブコメとミステリーです!」
「……だと思った」
聞くまでもなかったな。
「ならほら進藤、読ませてくれ」
「う、うむ。ではよろしく頼むでござる」
そう言って頭を下げながら両手で原稿を差し出してくる。
その原稿を受け取ーーろうとしたのだが、なぜか進藤の方が手を離さなかった。
「進藤?」
「い、いや。なんでもないでござる……」
進藤はそう言いつつ原稿を握る手に力を緩めなかった。
「なんだ、読ませたくないのか?」
「ち、違うのでござる。本心から読んでもらいたいのでござるが……」
「ござるが?」
「い、いざ漫研以外の誰かに自分の描いた漫画を読んでもらおうとすると、体が拒否反応を」
そう言ってぐぐっと原稿を引っ張る。
「何が拒否反応だ往生際が悪い! さっさとよこせ!」
「しかし! 漫画家が人に自分が描いた漫画を見せるということは、己の恥部を見せるほどの覚悟が必要とはよく言う話なのでござる!」
「何が恥部だ! 素人の高校生が一端の漫画家気取りか!?」
「……あの、女子がいるんであまり大声で恥部恥部って言わないでもらえますか?」
なおも抵抗する進藤から無理やり原稿をむしり取る。
「ああっ!」
「ああっ、じゃねえ。いい加減覚悟を決めろ」
恥ずかしそうに両手で顔を覆う進藤を無視して、桐花と肩を並べて漫画を読む。
進藤が描いた漫画はラブコメだった。
取り立てて特徴のない主人公 (そう自称しながら、かなり美形として描かれていた)が、ある日突然両親の再婚によってできた義理の妹と同居する羽目になる。といったストーリーの学園ラブコメ。
絵は結構うまかった。鉛筆による下書きだけの漫画だったがかなり読みやすく、ヒロインも可愛らしく描けていたと思う。
物語はよく言えば王道。悪く言えば100回くらいみたことのあるような内容で可もなく不可もなくといったところ。
全体的に見れば悪くはない作品だった。
しかしーー
「ど、どうでござるか?」
緊張した面持ちの進藤が感想を求めてくる。
「……」
「……」
俺も桐花も無言だった。多分、お互い同じ感想を抱いているだろう。
「な、何か言って欲しいでござる! 面白くなかったでござるか?」
「いや、面白くないことはないぞ。うん」
「なんでござるかその含みのある言い方は!? 言いたいことがあるならはっきり言ってくだされ!」
はっきりかあ。
でもな、この感想をこのまま伝えていいものなのか?
そう思いながら桐花を見れば、目線で『言え』と促してきた。
「いやな、面白いのは面白いんだよ。ただなーー」
「ただ?」
これも進藤のためだと思い、はっきりと伝える。
「キャラがくどい」
「くどっ!!」
ショックを受けたように固まる進藤。
「この義妹のヒロインがくどすぎる」
「く、くどいとはなんでござる! 自分が考えた最強に可愛いヒロインでござるぞ!?」
「その『自分の考えた最強に可愛い』の部分がくどすぎるんだよ」
ヒロインのキャラクター性にゲンナリする。
「お前なんだよこのヒロイン? ロシア人ハーフの銀髪オッドアイツインテールロリニーハイ僕っ娘天才ツンデレ美少女義妹って。しかも前世が天使で主人公と恋人同士だった? どんだけ属性盛れば気が済むんだよ」
こんなものがたかだか十数ページで完結する漫画に詰め込まれているのだ。
「削れ。属性が多すぎてこんなもん胸焼け起こすわ」
「漫画的表現ならこれくらいはーー」
「限度があるわ! こんな属性過多なヒロインいくら漫画でも現実離れしすぎだ!」
「し、しかし! 現実そこにいる桐花氏も、恋愛大好き慇懃無礼敬語探偵ショートカット赤縁メガネっ娘と、なかなかに属性が盛られてるではござらぬか!」
「私の個性を属性なんて言わないでください!!」
憤慨した桐花が怒鳴り返した。
「あとな、知人としてこれだけは本気で見逃してやろうと思ってたことがあるんだけど、もうあえて言わせてもらう」
「なんでござるか?」
少しだけ進藤が身構える。
「この漫画の主人公。こいつの特徴は男にしては髪がちょっと長くて、語尾が少し変な自称普通の男」
「そ、それがどうしたというのでござる!?」
「これお前だろ」
俺の言葉に進藤はやや焦った表情を浮かべながら惚けた。
「何を言うでござる? 自分とその主人公は似ても似つかないでござろう?」
「正確に言うわ。これ、美化されたお前だろ。顔立ちはともかく髪型はほぼお前だし、語尾が候ってお前みたいに胡散臭い侍口調だし。挙げ句の果てに名前が獅童勝って、完全にお前に寄せてんじゃねえかよ!」
この漫画最大の問題点はこの主人公だ。
さっき言った属性盛りすぎのヒロインはまだ読んでて可愛いと思えたが、この主人公は見るたびに目の前の進藤の顔がチラつく。
「お前よくもまあ自分が主人公の漫画を俺らに見せられたな? なんなんだお前のそのクソ度胸」
「こ、これは! 主人公のモデルを考えた時、一番勝手知ったる我が身をモデルにした方が描きやすかったからでござる!」
「ならせめてもう少し謙虚に描けや。自称普通の男がやたらと美形で、義妹のメインヒロインのみならず幼馴染や学級委員長、生徒会長なんかのサブヒロインにまでモテるって嫌味でしかねえよ」
今思えば短いページ数でよくここまでヒロインを出したな。
ヒロインも溢れかえっている状態なのに、ストーリー的には破綻してない無駄な構成力もなんかムカつくな。
「お前桐花を見ろよ。呆れ返ってさっきから一言も喋らなくなっちまったじゃねえか」
「……別に呆れているわけじゃありませんが」
「いいでござるよね桐花氏! 理想の自分になって理想の異性とイチャコラしたいなんて願望誰にでもあるでござるよね!?」
「そりゃあ、進藤さんの言いたいことはわかりますよ。私だってそう言う妄想は少なからずしたことはありますし」
ただーーっと、桐花は何かを我慢してきたものを吐き出すような、苦渋に満ちた表情で続ける。
「ただ、男の人のむき出しの妄想が形になって見せつけられるのがこんなにもしんどいなんて、私知りませんでした」
「しんどっ!!」
桐花の言葉に進藤はショックを受ける。
そうだよな。女子にあなたの妄想がしんどいですって言われるのってショックだよな。
「進藤。大人しくキャラ変えとけ。特に主人公」
「……わかったでござる」
桐花の言葉がトドメになったのか、進藤はしおらしく項垂れていた。
「しかし、キャラを描くのってどうしたらいいのでござろうか?」
「そんなの、漫画の素人の俺たちに聞かれてもな……」
そんな知識持っているはずがない。
「進藤さん、主人公のモデルを一番勝手知ったる自分にしたって言ったじゃないですか。なら同じように身近な人物をモデルにしたらどうですか?」
と、ここで桐花が割と現実的なアドバイスをした。
「ああ、そりゃいいわ。自分以外をモデルにすれば客観的に見れて痛々しさも消えるだろうし。いっそのことヒロインも誰かをモデルにすればいいだろ」
漫研なんか女子部員がたくさんいるし、そうすれば間違いなく現実感は増すだろう。
「……身近な人物をモデルに、でござるか?」
進藤は少しの間考え込んでいたが、何か思い至ったのかすぐさま膝を叩いて立ち上がった。
「いるでござる! モデルに最適な人物が身近に!!」
そう言って俺たちに返事を待たずに進藤は去っていった。
そして後日。
進藤は大急ぎで描き上げた原稿を手に相談部に訪れた。
その内容はまたしてもラブコメだが、キャラクターが大幅に変わっていた。
まず主人公。
金髪で大柄、目つきが悪く言動もガサツだが妙にお人好しなところがある男。
そしてヒロイン。
ショートカットに赤縁メガネをかけた、口調は丁寧だが言いたいことをズバリと言う恋愛大好き少女。
そんな二人が反目し合いながらも徐々に惹かれていくと言う内容のドタバタラブコメーー
「部内では大変好評でござった」
「ふざけんな! 完全に俺と桐花じゃねえか!!」
「私と吉岡さんで勝手にラブコメ作らないでください!!」
当然俺たち二人とも真っ赤な顔で猛抗議をしたのだが、進藤はどこ吹く風といった様子だった。




