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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その1
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恋愛小説のすゝめ

 普段相談部の部員として活動しているのは俺と桐花の二人だけだが、相談部の部員は他にもいる。


 というのも、部活動新設の際の条件として部員4名が必要であるため、俺たち以外にあと二人部員として名前を貸してもらっているのだ。


 そのうちの一人が樹このは。


 女子にしては高めの身長と長い髪が特徴の女子生徒で、普段は図書委員として放課後を過ごしている。


 図書委員の仕事はそれなりに忙しいらしいのだが、月曜日から金曜日までずっと仕事があるわけではなく、仕事がない日は時折相談部の部室を訪れている。


 何度も言うようだが相談部は基本的に暇であるため、彼女が部室を訪れているときに依頼人とかち合うなんてことはこれまでなかった。今後あったとしても、彼女の性格的に空気を読んでそっと部室から立ち去るだろう。


 つまり彼女が部室を訪れるのは、相談部として活動するためではなく、ただ単に部室に遊びにきているのだ。


『け、結構居心地いいですよね? お邪魔している身でこう言うのもなんですが』


 樹は遠慮がちにそんなことを言っていた。


 まあ居心地がいいというのは同感だ。


 相談部は俺たちが作った部活であるため先輩という存在がいない。いわば俺たち1年の王国みたいなもんだ。


 学校という閉じた世界の中で自分たちが好き勝手やれる空間を持っているというのは、それだけで優越感がある。

 

 そんなわけで、時たま遊びにくる樹はよく桐花とおしゃべりをしている。


「樹さん、新刊出てましたよ」

「え、嘘!? 今月でしたっけ?」

「いやー、すごかったですよ。まさかヒロインがあそこでーー」

「ま、待ってください! ネタバレは絶対やめてください!」


 おしゃべりの内容はお互いの好きな本について。


 樹は図書委員を自主的に務めるだけあってかなりの読書家らしく、同じく読書好きである桐花と話のウマが合うらしい。


 お互い特に好きな小説のジャンルは恋愛小説。樹が訪れるたびに熱い議論が交わされている。


「私はやっぱり学園ラブコメが好きですね。等身大で初々しい甘酸っぱい恋愛模様がたまんないです。現実の恋愛では取れない栄養がそこにはありますから!」


 とは、現実でも他人の恋愛沙汰を貪り続けている桐花の談。


「わ、私はちょっと大人の恋愛と言いますか。社会人が主人公の恋愛小説が好きです。ああいう恋愛、大人になったらしてみたいな……って」


 と、意外な憧れを口にしたのは樹だ。


「……なるほど、オフィスラブですか。高校生の私たちにはまだ未知の存在。私自身社会人の恋愛模様は知見があまりありませんからね」


 それ以外の知見だったらあるのか? なんてツッコミを心の中で入れる。


「よ、吉岡くんはどんな恋愛小説が好きですか?」


 すると話に加わっていない俺に気を使ったのか、樹が話題を振ってきた。


「俺? 俺は本はーー」

「あーだめですよ樹さん。この人全く本を読まない人なんです」


 桐花が俺の言葉に被せて手を振る。


「あのなあ、俺だってラブコメくらい……」

「漫画でしょ?」

「……漫画ですけども」


 そんな桐花と俺を交互に見て、樹は慄いた。


「う、嘘ですよね? この世に本を読まない人なんて……存在するんですか?」

「そんな、大袈裟な」

「いるんですよ樹さん、信じられないことに。この吉岡さんは恋愛小説はおろか、日常生活で活字に一切触れないような生き方をしている人なんです!」


 桐花の大仰な言い方に、樹は口に手を当ててショックを受けた表情を浮かべる。


「いいだろうが別に。本を読まなくても死にはしねえんだから」


 あまりの言われように、少し不貞腐れたような物言いをしてしまう。


 そんな俺に反発したのは、樹だった。


「だ、だめですよ! 本を読まない人生なんて!」

 

 樹の聞いたこともないような大声。


「本は素敵なんです! 人生を豊かにしてくれるんです! 本を読まないなんて、人生の99.999%損しています!」

「……俺の今までの人生、ほぼ全部否定されたんだが?」

「吉岡くんも本を読むべきです! 今からでも遅くはありません、人生を取り戻しましょう!」

「桐花ぁっ! 樹がなんか怖いんだけど!」


 これまでにない強い圧で樹が顔を近づけてくる。その圧力から逃れようと桐花に助けを求めるが、桐花は何やら思慮深げに呟いていた。


「ふむ、吉岡さんに小説を、それも恋愛小説を読ませてみるのはなかなか面白いかもしれませんね」

「桐花?」

「恋愛小説を読むことで、デリカシー皆無の吉岡さんがどうなるのか個人的に気になるところです。女心をわからせるための情操教育として、恋愛小説はいい教材かもです」

「桐花!!」


 こいつ、俺のことを実験動物か何かと思ってやがる。


「さて樹さん、どうしましょう?」

「とりあえず図書室にある恋愛小説を片っ端から持ってきましょうか?」

「いきなり詰め込みすぎるのも良くありません。最初は小学生でも読めるような児童図書を持ってきて、徐々にレベルを上げていきましょう」

「それなら計画的にやらないとだめですね。おすすめの本をいくつかリストアップしましょう。50冊あれば足りるかな?」


 俺を無視して話がどんどん進んでいく。


「おい待て、50冊!? そんなに読めるか!」


 冗談じゃない。ただでさえ活字には苦手意識があるのだ。


 そんな俺がいきなり小説を50冊も読めなんてどんな苦行だ?


「せめて絞れ! 読むにしても一冊だ一冊! 一人一冊じゃなくて、お前と樹合わせて一冊だからな!」


 これが妥協点。


 読まないと固辞しても、こいつらは絶対に引かないだろう。ならば被害を最小限に抑える。


「合わせて一冊?」

「そうだ」

「つまり私と樹さんが、それぞれおすすめの恋愛小説をプレゼンして、吉岡さんはそのどちらかを選ぶと?」

「…………そんなこと一言も言ってませんけども!?」


 なんでそういう話になった?


 そんな疑問をよそに、桐花は立ち上って言葉を続ける。


「我々読書家には必ず、誰かにおすすめしたい一冊というものを持っています。ねえ、樹さん?」

「はい。吉岡くんは私たちに『俺に恋愛小説を読ませたいなら、それを今この場で披露して俺に興味を抱かせて見せろ』と言いたいわけですね?」

「樹さん? 全然違うんですけど」


 普段の遠慮がちな態度とは違い、今日の樹はやけに押しが強い。


「わかりました! 我々のプレゼンによって、吉岡さんに読書の素晴らしさに目覚めてもらいましょう!」


 桐花の宣言により、謎のプレゼン対決の火蓋が切って落とされた。



「では、先攻は私がいただきます!」


 意気揚々と語り出したのは桐花。


「私がおすすめするのは、『高校生探偵シグレの事件簿』です!」

「ちょっと待て」


 俺は早速待ったをかけた。


「おい。それどう考えてもミステリーだろ?」


 タイトルが全てを物語っている。


 しかし、桐花はチッチッチと指を横に振る。


「わかってませんね吉岡さん。高校生探偵ですよ? 主人公が高校生なんだから恋愛要素があるに決まってるじゃないですか」

「……まあ、そんなもんか」

「この小説はシリーズ化してますからね。長期化したミステリーには得てして恋愛要素が含まれるものです。あ、もちろんこの小説の恋愛要素はおまけではなく、物語の根幹に関わる重要な要素ですから」

「わかったよ。続けてくれ」


 要するにこいつの好きなもの全部詰まった小説ってことか。おすすめしてくるわけだ。


「この物語はある特殊能力を持つ男子高校生シグレが、その能力を用いて身の回りで起きた事件を解決していくという小説です。吉岡さんの指摘通り、ジャンルで言えばミステリーですね」

「ほう」

「しかしここで重要となってくるのはヒロインの存在です。かつて自身の持つ能力によって心に傷を負ったシグレ。そんなシグレと出会ったヒロインは彼に惹かれ、他者との関わりを恐れるシグレもまた、ヒロインに心を開いていく」

「ふむ。結構王道な感じだな」

「ええ。ですがヒロインがツンデレで、主人公のシグレに素直になれない。そして主人公も過去のトラウマのせいでヒロインを遠ざけようとするため、くっつきそうでくっつかない。そんなもどかしさがこの作品の魅力です」

「なるほど、友達以上恋人未満の関係がずっと続くわけだ」


 ラブコメはそういった恋愛が成就するまでの過程が醍醐味みたいなところがあるからな。


「しかし、巻が進むごとにゆっくりと着実に縮まる二人の距離。そんな二人を引き裂くように起きる事件の数々。どんな試練も乗り越えていく二人の絆の強さ。ぜひ吉岡さんにはこの小説を読んでもらいたいですね」


 語り終える桐花。


 正直言って結構惹きつけられる内容だった。


「確かに面白そうだな」

「でしょう!」

「でもな、シリーズものなんだろ? そういうのって敷居が高そうだよな」

「まあ、この小説の真の面白さを理解するためにも、シリーズ全てを読んでもらいところではありますね」

「何巻あるんだ?」


 桐花の語り口が妙に上手いせいで、少しその小説に興味が湧いてきた。


 元々一冊だけという話だが、数冊ぐらいなら多少頑張れば読めるかもーー



「この前23巻が出たばっかりですね」

「読めるかそんなもん」



 想像の5倍くらいあった。


「お前なあ! 5巻くらいならちょっと無理してでも読んで見ようかと思っけど、23巻なんて読む気なくすわ!」

「ちょ、長期化したシリーズだって最初に言ったじゃないですか! 仕方ないでしょう、10年以上続くシリーズなんだから!」

「10年以上もくっつくかくっつかないかをやってんのかこいつらは! どんだけめんどくせえんだ!」

「ラブコメなんてそんなもんでしょうが! そもそも作中の時間は1年も経ってませんからね! 漫画にも20年以上中学生やってるスポーツ漫画なんかがあるでしょう!」


 どっちにしろ、23巻もあるような小説を読もうなんて気にはなれなかった。


「まったく。読書初心者にそんなハードルが高い小説を薦めるなんて、桐花のプレゼンは50点てところだな」

「何を偉そうに点数づけなんてしてるんですか!」


 桐花は顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。



「つ、次は私です」


 先ほどから意外な積極性を見せる樹が、気合十分な様子でプレゼンを始める。


「私がおすすめするのは『定時後の純愛〜上司と二人きりの職場で交わされる愛の言葉〜』です!」

「おお。タイトルからすでに感じる大人の雰囲気」


 こちらが赤面しそうなほど甘ったるい小説名だ。


「この小説は仕事がうまくいかないドジなOLである主人公と、敏腕ビジネスマンであるドS上司の恋を描いたものです」

「お、おう。ドS上司……」

「ある日、いつも以上にやらかしたせいで残業となった主人公。このままでは深夜までかかってしまう。そこで苦手意識を持つ上司に助けを求めるのですが、上司は上司で仕事のできない主人公に対して非常に辛辣。だから主人公が助けを求めても、タダで助けようとはしません」

「なるほど交換条件か」

「そうです。そして上司の出した条件が『定時後の職場では、自分に対して主人公が絶対服従する』というもの!」

「…………え?」

「誰もいない職場。二人きりというシチュエーション。上司が出す様々な命令に対して主人公は最初抵抗するそぶりを見せるのですが、次第に上司が時折見せる優しさに身も心もーー」

「ちょっと、ちょっと待ってくれ!」


 興奮気味にプレゼンを続ける樹を制止し、これまで得た情報を頭の中で整理する。



「…………え、なに? エロ小説なの?」



 直後、桐花が俺の向こう脛を蹴り飛ばした。


「違いますよ!? え、エロだなんて。そんなわけないじゃないですか!」

「いやだって、導入が完全にエロいことする流れじゃん。ネットの広告でたまに流れてくるやつと一緒じゃん」

「そんなのと一緒にしないでください!」


 ここ1番の大声で否定される。


「あくまで純愛なんです! ドジだけど何事にも一生懸命な主人公と、ドSを装っているけど実は心根が優しい上司! お互い反目し合いながらも、ちょっとずつ惹かれている様を描いたれっきとした恋愛小説です! 間違ってもえっちな小説なんかじゃありません!」

「お、おう」

「そりゃあ大人の恋愛ですから、ちょっとだけ性的なシーンや、官能的な表現なんかはありますが」

「あるんだ」


 あるんじゃねえかよ。


「えっと、何か? 樹が好きな、社会人が主役の恋愛小説って、こんなのばっかなのか?」

「こ、こんなのって、どういう意味ですか?」

「……その、エグい内容なのかってこと」

「エグくありませんよ!」

「いやだって、なあ? 女主人公に絶対服従を求めるドS男が出てくる内容って……」

「こんなの恋愛小説として普通です! ねえ、桐花さん!」


 急に話題を振られた桐花は、少しびくりと体を震わせながら、咳払いをする。


「そ、そうですね。私も社会人が主役の恋愛小説は読みますから。登場人物が大人の男性と女性になりますと、その関係性もちょっと大人の関係になります。多少性的な表現が含まれるのも致し方ないでしょう。だから、こういった主従関係的な恋愛も…………樹さんごめんなさい無理です」

「無理ってなんですか!?」

「私が普段読んでる恋愛小説は、大人が主役でも月9的な内容なので。こんな昼ドラでも表現が厳しいような内容は許容範囲外です」


 少しだけ頬を染めて目を逸らす桐花は、申し訳なさそうに樹のフォローを諦めた。


 桐花ですらキャパをオーバーするような内容の本を読んでるのか。


「……そうか。樹ってむっつりだったんだな」

「むっつりだなんて言わないでください!!」

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