プレゼント大作戦
依頼がない時の相談部が基本的に暇なことは以前話した通りだが、依頼がなくとも忙しなく動き回っているのが桐花という女である。
ご存知の通りこの女は人様の恋愛沙汰が大好物であり、気がつけば恋愛ネタを探しに学園内をあちこちうろついている。
つまり放課後、相談部の部室に桐花がいない時間帯が発生し、場合によっては部室に訪れない日もあるのである。
そんな日に俺が一体何をしているのか?
部室の主人がいない以上帰っても文句は言われないものかと思っていたのだが、以前勝手に帰ったら桐花に大目玉を喰らった。
『相談部に誰もいない時に依頼人が来たらどうするんですか! もしそれで特大の恋愛ネタ……いえ、多感な青少年のお悩みを放置してしまったら夜も眠れませんよ!!」
要するに、俺に留守番してろと言ってきたのである。
全くもって勝手な言い分だが、反論すれば100倍になって返ってくるのが目に見えているので大人しく従うことにした。
家に帰っても寝るくらいしかすることがないので別に構やしない。しかし部室に俺しかいない時に訪れたおそらく何らかの依頼があるであろう生徒が、俺の顔を見るなり扉を閉めるということが何回かあったため、俺はどう考えても留守番役に向いてないだろう。
ある日のこと。
その日も桐花がどこかに出掛けていたため、俺は一人部室で暇を持て余していた。
持ってきた漫画雑誌を一通り読み終わり、さて何をするかと考えていた時に来客が訪れた。
ゴンゴン。とノックにしてはやたらと力強い音に返事を返すと、現れたのは山のような大男。
中学からの友人である剛力猛だ。
「お邪魔する」
「……なんだお前珍しい」
こいつが部室に来るなんて初めてじゃないか?
部室に踏み込んできたタケルはキョロキョロと部屋の中を見渡す。
「桐花……さん、はいないのか?」
「なんでさん付けなんだよ?」
「一応、世話になったからな」
「まあいいけど。で、桐花に何か用か?」
いつも仏頂面だからわかり辛いが、今のこいつは少し緊張しているように見える。
何やらただ事ではない様子に、俺も居住まいを正す。
「いや……な。この手の話は桐花さんの分野かと思ってたんだが。まあ、いないならいないで逆にほっとしたというか……」
「何言ってんだお前?」
こいつにしては珍しく歯切れが悪い。
「いや待てよ。桐花の分野? ……あ! あれだな! 九条に関して相談があるんだな!!」
九条真弓。
俺たちと同じ学年の、背が低く童顔の女子生徒だ。その可愛らしさから学園の小動物系アイドルと呼ばれている。
そんな彼女はどういうわけかタケルに惚れており、柔道部のマネージャーを志願してタケルを側でサポートするなんて道を選んだ稀有な女子だ。
「九条がらみでなんかあったんだなお前! ……もしかしてとうとう告白か!?」
「違う! まだ恋愛許可証を持ってないんだ! 今日はその話じゃない!!」
顔を真っ赤にしたタケルが怒鳴り返してくる。こいつ一丁前に照れてやがる。
「九条の誕生日が近いんだ。普段世話になってる礼も兼ねて何かプレゼントを贈ろうと思ったんだが、何を贈れば良いのやらさっぱりなんだ……」
「なるほど、それを相談に来たと」
「……こんなこと相談できる相手は、お前ら以外にいないからな」
やけにしおらしい。
まあタケルと九条の微妙な関係を知っているのは俺らぐらいなものだし、こいつ一人で女子にプレゼントを贈れるような甲斐性があるとは到底思えない。
「桐花は生憎いないが、そういう話なら俺に任せろ」
タケルのために一肌脱いでやろう。
「……お前に?」
「なんだその不安そうな顔は? 俺だったあの桐花にひっついていろんな恋愛沙汰に関わってきたんだぞ」
どれもこれも一癖ある内容だったが。
「やっぱ女のプレゼントと言ったら光り物だろ」
「……コハダとか、アジとか?」
「この流れで誰が寿司の話なんかするか馬鹿。
アクセサリーだよ、ネックレスとか指輪とか」
過去に関わった恋愛沙汰にちょうど似通った状況があったではないか。
あの時、とある中学生の男子が彼女の誕生日プレゼントにアクセサリーを奮発するのを目撃した。……まあ目撃したというか、覗き見してたというか。
とにかく、女子のプレゼントにアクセサリーなんかは鉄板だろう。
「今日日高校生の小遣いでも買えるアクセサリーなんかいくらでもある。なんならいい店紹介するぞ?」
もちろんその店とはあの中学生が購入していた店のことだが。
「アクセサリー、アクセサリー……か」
自信満々にプレゼンしたのだが、タケルは腑に落ちない表情をしている。
「なんだ、不満か?」
「いや。お前にしてはまともな意見が出てきて驚いていたところだが」
「お前にしては。ってなんだよ。まあいい、何が気に入らない?」
「以前九条とこの手のこと話したことがあってな。どうも九条アクセサリーはあんまり好かないらしい」
「え、まじで?」
女ってこの手のものが無条件で好きだとばかり思っていた。
「ああ。なんでも自分には似合わないからだと」
「似合わないって……なんでそんなに自信がないんだ?」
「いや、自信がないとかそんなんじゃなくて。単純につけたらアクセサリーが浮くらしい。その……子供が背伸びしているみたいで」
「……」
先ほども言ったが、九条は背が低く童顔。正直小学生と言っても通用するくらいに。
そんな彼女がキラキラしたネックレスやら指輪やらをつけたところを頭の中で想像してみる。
浮く。
間違いなくアクセサリーが浮いている。子供が母親のアクセサリーをつけて遊んでいるようにしか思えない。
なんなら彼女にはビーズでできたネックレスや、祭りの夜店で売っている光るブレスレットとかの方が似合ってそうだった。
「……っ」
「言っておくが、笑ったら怒るからな」
「……ワライマセンヨ」
想像力豊かな自分が憎い。
「ま、まあいい。なら別の案だ」
しかし困った。アクセサリーがダメだとなると正直こちらの手札はもうない。
考えろ。過去の経験を活かすんだ。
俺は今まで何をしてきた?
表現豊かな詩でラブレターを送ってきた相手にギャル文字で返事をしたせいで大混乱を巻き起こした女の相談に乗った。
弟の初デートのプランを考えてくれと相談してきた女の要望に応えた上、そのデートをつけ回した。
無断恋愛を許さない風紀委員の鉄の女に、無許可で恋愛している女子生徒の恋人を特定してやった。
「……ロクな経験がねえ」
なんなんだ俺の高校生活は。
「い、いや。まだ諦めるな俺!」
「……大丈夫か? さっきから百面相してるが」
割とガチめにタケルが心配してくる。
「そうだ飯だ! 一緒に飯食いに行けばいいんだ!」
「飯? 誕生日プレゼントとして、食事を奢れってことか?」
その通り。何も形あるものにこだわる必要はない。
「しかしだな、一緒に食事に行って奢るだけで、誕生日プレゼントとして喜ばれるか?」
「何言ってんだお前。九条はお前のこと好きだって公言してんだぞ? 好きなやつに飯連れてってもらって嬉しくないはずないだろ」
「そ、そうか」
タケルは照れたように頬をかいた。
「しかし食事か。正直女子が喜びそうな場所なんて知らんぞ?」
まあそうだろうな。男子高校生にとって飯なんざ安かろう多かろうが第一で、味やらオシャレさなんか二の次三の次だ。
「任せろ。良い所を知ってる」
俺だって伊達に桐花に一緒にいたわけじゃない。
俺が行った事のある店の中で、最適なものをチョイスする。
「いいか? 女子の誕生日祝いとして行くからには特別感が必要だ。つまり普段行くような店ではダメだ。行きつけのラーメン屋なんかは論外だからな」
「女子と一緒にラーメン屋なんか行くわけないだろ」
「その通りだ!!」
タケルの言葉が過去の自分に突き刺さった。
「普段は行けないような店。例えばちょっと高級だったり、高校生にはちょっと敷居が高いようなメニューを出す店を選ぶことで特別感を出すわけだ」
「高級な店って、流石にそんな金はないぞ?」
「わかってる。ちょっとって言ったろ? そこまで高い店じゃない。お前の小遣いでも十分入れる店だ」
俺もあの店にはごくたまに、それこそ何か良い事があった時にしか行かない。
だが逆に言えば、多少無理すれば高校生でも食事ができるくらいにリーズナブルなのだ。
「そしてこれが一番大事なんだが。九条を喜ばせるためにはタケル、お前自身が楽しまないとダメだ」
「俺が?」
「ああ。ぶっちゃけお前、ケーキバイキングなんか行っても楽しめないだろ?」
「……まあな」
俺も甘いものは嫌いではないが、甘いものだけで腹が膨れる感覚はあまり好きではない。
「仮に九条がケーキバイキングが好きだったとしても、一緒にいるお前が楽しめなくちゃ喜ぶに喜べないだろ? だからお前も満足いくメニューを出す店を選ぶ必要があるんだ」
「なるほど。確かに」
納得した様子でタケルは頷いた。
「まとめるとだな。特別感を出すために普段とは違う、ちょっとだけ高級で、ちょっとだけ敷居の高い、それでいてお前も九条も満足するようなメニューを出す店と言うことだ」
「それはどこなんだ?」
タケルも気になってきたのか前のめりになって聞いてくる。
「それは……」
「それは?」
全ての条件を満たす、気になっている女の子の誕生日祝いに最適なお店。
それはーー
「い⚪︎なりステーキだ」
「なるほど! そうかっ!!」
「そんなわけないでしょう!!!!」
直後、部室の扉が勢いよく開け放たれ、桐花が憤然とした様子で入ってきた。
「き、桐花!?」
「黙って聞いてればなんですか! 九条さんの誕生日祝いにい⚪︎なりステーキって!!」
「お前、聞き耳立ててやがったな?」
全部筒抜けだったようだ。
「剛力さんも! 何がなるほど、ですか! こんなのおかしいって気づくべきです!」
「い、いや桐花さん。俺的にもなかなか納得いく答えだったから……」
「そんなわけが、ない!! ありえないでしょう! 女の子の誕生日にい⚪︎きなりステーキなんて!!」(個人の感想です)」
桐花が部室の机に拳を叩きつけた。
「だけど桐花、高級感はあるだろ?」
「ありませんよ、ただ高いだけじゃありませんか!!」(個人の感想です)
再度叩きつける。
「で、でもよ。ステーキって、なんかオシャレじゃないか?」
「い⚪︎なりステーキがオシャレじゃない!!」(個人の感想です)
これでもかと叩きつける。
「全く。男の人二人もいて情けない。なんで女子がお肉で喜ぶと思ったんですか」
「……ほら、九条って肉食系だし」
「それは恋愛のスタンスであって、食の嗜好ではない!」
割と本気で怒られた。
「ほらこれ見てください、私がお勧めするお店です」
そう言ってスマホを突きつけてくる。画面にはログハウスのような洒落た建物が写っていた。
「このお店は洋食屋さんで、ハンバーグからパスタ、それにデザートなんかのセットが手頃な値段で食べられる穴場です」
「……確かにこれは良さそうだな」
画面を見てタケルがしみじみと呟く。
お店のSNSだろうか? そこには小さな一人用のフライパンに乗せられている結構ボリュームのあるハンバーグや、何やら小洒落た雰囲気のピザなど、写真を見るだけでもおいしさが伝わってくる画像が載せられていた。
「こういう所で良いんですよ、女心のわかっていない人が難しく考えないでください」
ひでえ言われようだった。
「あとは誕生日プレゼントですね」
「何? この店で食事を奢るって話じゃないのか?」
「両方やればいいでしょ。両方。好きな人から初めて貰うプレゼントは、何か形に残る物がいいに決まってます! 誕生日プレゼントを送り、一緒にお食事をする。完璧なデートプランです!!」
「お、おう」
熱弁する桐花にタケルが若干押されている。
桐花は懐から赤いカバーの手帳を取り出し、胸を張る。
「すべてお任せあれです! 長年温め続けてきた『マル秘! 私特製、女の子が喜ぶプレゼントデータベース』が火を吹きますよ!」
「桐花お前、そんなの作ってたのか……」
こいつの青春時代の過ごし方に戦慄を覚える。
「では結論から。剛力さんが九条さんに送るべきプレゼントを発表します」
「……ああ。俺は何を送ればいい?」
「送るべきプレゼント、それは……」
「それは?」
たっぷり勿体ぶって溜めを作った桐花が発表する。
「花です」
「は、花?」
予想外の答えにタケルはポカンとした表情を浮かべた。
「そう花です。胸に抱えるほど大きな花束をプレゼントすればいいです」
自信たっぷりに胸を張る桐花だが、タケルはまだ懐疑的だった。
「花なんかでいいのか? もっと、こう、普段使いできるようなやつじゃなくていいのか?」
「はあ、全くこれだから男の人って。なんでプレゼントに実用性を求めますかね? 好きな人に花束をプレゼントされて嬉しくない女の子がいるわけないじゃないですか」
「そ、そうか」
やれやれとため息をついた桐花はさらに続ける。
「いいですか? プランはこうです。まず休日に待ち合わせを行います。その時剛力さんは待ち合わせ場所に早くついていてください。九条さんが来たらすぐ、持っている花束をプレゼントします。この時点で九条さんは感涙して咽び泣くこと間違いなしです!」
「む、咽び泣かれたら困るんだが……」
「そしてそのまま先ほど私が紹介したお店へ。ここは結構混み合いますから事前に予約するのが良いでしょう。あ、もちろん剛力さんの奢りですよ?」
「それくらいは承知している」
「よろしい。食事の後は近くに公園がありますからそこを二人で散策してください。今の時期は少し暑いかもしれませんが、アイスクリームやジュースを売っているキッチンカーがあるはずです」
「なるほど、そこでも奢れと」
「その通り。吉岡さんと違って筋がいいです。そしてその後は九条さんの要望を取り入れつつ、散策を続けるのもよし、喫茶店に入って休憩するのもよしです」
タケルは真剣な表情で桐花の話に耳を傾けている。こいつの中でもほぼプランが固まったようだ。
だが、俺はここで口を挟んだ。
「……桐花」
「なんです吉岡さん。なかなかいいプランでしょう?」
「ああ。デートプランとしては聞いててかなり良いと思う。お前にしては」
「お前にしては。って言い方ひっかかるんですけど?」
不満そうに口を尖らせる。
「まあ聞けって。お前のプランには穴がある」
「なんです?」
少し言い辛かった。桐花は自信満々で、タケルもかなり乗り気だったから。
だが、俺は友人のためにあえて指摘する。
「そのデートプランでプレゼントが花束はありえない」
「な、なんでですか!!」
「出会ってすぐ花束渡してその後どうすんだよ。ずっと抱えてるつもりか?」
「……あ」
桐花に俺の言いたいことが伝わったみたいだ。
「胸に抱えるほどの大きさだろ? そんなの飯食う時も公園で散歩する時も持て余すだろうが」
「ど、どこかに預ければ……」
「貰ったばかりのプレゼントをか?」
九条がそんな薄情なことするとは思えない。
「な、なら! デートの最後にお渡しすれば!」
「じゃあデートの間はどうするんだよ? まさかタケルのカバンの中にでも入れてろとでも? 潰れるわ」
「よ、予約しておいて買いに行けばーー」
「九条連れて花屋行って、九条の目の前で買うって? 本人の目の前で誕生日プレゼント買うのってなんか間抜けだろ」
「…………」
その場面を想像しているのか、桐花が黙り込む。
そして、爆発したようにギャーギャー喚き出した。
「へ、屁理屈ばかり! だから吉岡さんモテないんですよ!!」
「お前のプランが毎回毎回夢見がちで穴だらけなのが悪いんだろ! 大体普段理屈っぽいのはお前だろうが!!」
そのままタケル置いてけぼりで言い合いを続けた。
結局。九条への誕生日プレゼントはペアのマグカップという所で落ち着くこととなった。
あくまで裏設定ですが、九条真弓の好きな食べ物は焼肉です。




