イチゴはそんなに甘くない
お久しぶりです。
更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありません。
今回は1話完結の短編集を全10話、毎日更新したいと思います。
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相談部結成の目的は、生徒が抱える悩みを解決するという建前のもと、桐花の抱える『人様の恋愛について知りたい』という欲求を叶えることだ。
つまり相談部の存在理由は100%桐花のためにあると言っても過言ではない。
しかしながら相談部の真実を知らない生徒たちが藁にもすがる思いでここに訪れるのもまた事実。
思春期の青少年が抱える悩みは意外と多いらしく、結成して日が浅いながらもこれまで何人かの生徒が桐花に厄介な依頼をしに訪れ、俺たちはその解決のために奔走するという忙しい高校生活を送っていた。
だが毎日毎日そんなドラマチックな日々を送っているわけではない。
生徒の相談を受け、それを解決するという形をとっている以上俺たちの部活は受け身になるしかない。つまり依頼人が来なければ暇なのだ。
ではその暇な時間何をしているのか?
結論から言えば、特に何もしていない。
俺が部室で暇を持て余している時はスマホをいじっているか、コンビニで買った漫画を流し読みをしているくらいしかすることがない。今度暇潰し用に携帯ゲーム機を買うかどうか、真剣に検討中である。
そしてこの部屋の主である桐花は推理小説を読んでいるか、赤いレザーカバーの手帳に何やら書き込みを行いながらニヤニヤしているのが常である。
年若い男女が放課後の部室に二人きりという状況にもかかわらず、俺たちの間に何やら甘酸っぱい空気が流れることはなく、色っぽい雰囲気になるなる気配なんて全く感じられなかった。
二人とも思い思いに過ごし、時たま会話を交わすのが俺たちの日常だった。
そして今日も俺たちは普段と変わらない、ノンビリとした時間を過ごしていた。
「ふんふん〜、甘酸っぱいイチゴは恋の味〜」
その日の桐花はご機嫌だった。
歌を口ずさみながら足をパタパタと揺らしている。そしてその手元にはストローの刺さったイチゴミルクの容器が置かれている。
「それって、なんかCMでやってた曲か?」
テレビで見た気がする。アイドルだか若手女優だかが制服を着てそんな歌を歌っていたのを覚えている。
「ええ。なかなか耳に残る曲でした」
「お前の好きそうな歌詞だもんな」
「そしてそのCMの商品がこちらです。購買に売ってたので買ってみたんですが、結構当たりですよこれ。イチゴの甘味が強くていい感じです」
「へえ」
ご機嫌の理由はそのイチゴミルクらしい。
「お前イチゴミルク好きだよな」
前に喫茶店に入った時も頼んでいたはず。
「イチゴミルクが好きというよりは、イチゴ味が好きって感じですかね。イチゴ味の商品にハズレはあまりありませんし」
「まあ確かに」
「あ、もちろんイチゴそのものも好きですよ? あの小ぶりで可愛らしいフォルム。華やかな香り。爽やかでしつこくない酸味。そして何よりも豊かで芳醇な甘味! 果物の王様と言っても過言ではありませんね!」
「……それって他になかったか?」
ドリアンがそんな呼ばれ方をしていた気がする。
「それに何より、イチゴは恋愛の象徴みたいなものですしね」
「そうか?」
ただの企業戦略じゃないか?
「そうですよ! さっきの曲の歌詞にもあったでしょう? イチゴの甘酸っぱさは恋の甘酸っぱさと一緒なんですよ! ただ甘いだけじゃなく、時には酸っぱい思いをすることもあるのが恋愛というものです!!」
何やら熱弁を振るってくる。
どうやら相当イチゴが好きらしい。
「イチゴねえ……」
少し考え込んで、その先に言おうとした言葉を飲み込んだ。
「む。何か言いたげですね?」
しかし目ざとい桐花に指摘される。
「あーいや。んー、やっぱやめとくわ」
「なんですか、そんな思わせぶりな。言ってくださいよ」
「だってお前怒りそうだし」
「怒るって……何を言おうとしたのか知りませんけど、そんな短気な人間じゃありませんよ私は」
そうか? たまに変なポイントでキレちらかしてる印象だが。
「あ、もしかしてイチゴ嫌いでした? それくらいじゃ怒りませんよ。人の好き嫌いにあれこれ言いません」
「いやそんなことはないぞ。田舎に住んでるばあちゃんが畑やっててな、毎年時期になると大量にイチゴ送ってくれるのが楽しみなんだ」
「……何それ羨ましい」
ありがたいのはありがたいがこれを消費するのが結構大変なのだ。イチゴは思っているよりも足が早くてすぐダメになる。
「で、だ。ガキの頃から山ほど食ってきた身からすると、イチゴに対してちょっと思うところがあるわけよ」
「……まさか、飽きたなんて贅沢なこと言うつもりじゃないでしょうね?」
「ちげえよ。毎年美味しくいただいてるよ」
後半になると若干うんざりするのも確かだが。
「じゃあイチゴに対して思うことってなんです?」
「あーそれはなあ……」
やっぱり言い辛い。
「イチゴってさ……」
「はいはい」
しかし桐花が短気な人間でないことを信じて、思い切って言い切る。
「イチゴってさ。実はそんなに甘い果物じゃないよな?」
「なんてこと言うんですかっ!!!!」
桐花は今までにみたことがないほどの勢いで激怒した。
「ほらやっぱり怒ったじゃん」
「当然です! イチゴが甘くないわけないでしょう! なんですか? イチゴのアンチですか? 私に対する挑戦ですか!?」
「だから違うって。イチゴはむしろ好きなんだって」
案の定怒り出した桐花を落ち着かせるように説明をする。
「でもな、よく考えてみろ? 果物よりはるかに甘い練乳をかけることがデフォルトの食べ方としてある果物なんてイチゴぐらいだろ?」
「そ、それは……」
「それにイチゴ好きなら一度は考えたことあるはずだぞ? なんでりんごやブドウはあるのに、イチゴ100%のジュースがないんだろう? って」
「うっ!」
思い当たる節があるのか、桐花は苦い表情を浮かべる。
「だから俺、ガキの頃に作ったことあるんだよイチゴ100%のジュースを。結構頑張ったんだぜ? 大量のイチゴをミキサーにかけて、裏漉しして余計な果肉とタネを取り除いてさ」
やるだけやって、片付けもせず放置したから親に怒られたのはいい思い出だ。
「結論から言うと全然甘くなかった。むしろ味が薄いっていうか、なんか酸っぱい水みてえな感じだった」
子供ながらにがっかりしたものだ。あれじゃ商品にならないのも頷ける。
「イチゴってさ、見た目が華やかなのと味にクセがないから万人受けするってだけで、他の果物と比べると甘味が圧倒的に弱いんだと思うぞ?」
「い、いやいやそんなわけ……」
「あと、お前が飲んでるイチゴミルク。イチゴの甘味が強いって言ってたけど、それ間違いなく砂糖の甘味だから。作った100%イチゴジュースに牛乳加えて飲んだらやっぱり甘くなくて、大量に砂糖ぶち込んでようやく市販のイチゴミルクの味になったからな」
「……」
桐花が無言でパッケージの成分表を見る。
おそらくそこにはしっかりと糖類の記載があるだろう。
「ど、どうしてくれるんですか!? 吉岡さんのせいでこの先純粋な気持ちでイチゴに向き合えないじゃないですか!!」
「だから言わないでおこうとしたんじゃねえか!」
これが俺たち相談部の日常。
騒がしくて慌ただしい毎日だが、俺は結構気に入っている。




