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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第5章 祭に駆ける
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体育祭当日

 体育祭は想像していたよりも静かに始まった。


 他の高校よりも広いであろうグラウンドに、晴嵐学園の生徒千人以上がずらりと並ぶ中で開会式が行われる。


 来賓の言葉、学園長の挨拶、体育祭実行委員長による競技における注意などは滞りなく進み、そして最後には赤組と白組の両団長による選手宣誓が行われた。


 どこまでも順当な体育祭の始まり。


 この様子を見て赤組と白組の間に軋轢があるなんて到底思えないほど静かに、粛々と体育祭は始まった。


 俺はそれを見てほっとした。


 白組のモニュメントが汚された事件から始まった冷戦。赤組と白組の対立を解決する方法はまだ見つかっていない。


 そのまま迎えてしまった体育祭当日。俺はこの静かな始まりを見て、実は冷戦なんてものは大したことがなかったんじゃないかと思った。


 俺が目にしてきた対立がレアケースであり、大半の生徒にとっては取り立てて騒ぎ立てるようなものではなかったのではないか、と。


 このまま何事もなく体育祭を無事に終えることができるのではないかと、そう思った。


 だがこの静けさは嵐の前のものだったということに気づくまで、そう時間はかからなかった。




 きっかけは、一つのヤジだった。


 第一種目である100m走。


 1年の部が終わり、2年の部の半ばまで競技が進行した時のこと。


 それまで競技に参加する選手に送る声援は、どこか遠慮がちなもの……いや、はっきり言って白々しく感じた。


 なぜそう感じてしまうのか不思議だった。


 最初は体育祭が始まったばかりということで、場が温まっていなかったのかと思った。


 盛り上がるまでまだ少し時間がかかるのか? 


 そんなことを考えていた時、白組の2年生が1位を取った。


『いいぞ』『よくやった!』『次も勝つぞ!』

 

 そうやって1位を取った生徒を称える声が上がる中、ある生徒が一つのヤジを飛ばした。



『この調子でモニュメントを汚した卑怯者の赤組に勝つぞ!』



 広いグラウンドに不思議なほどよく響いた。


 そしてその言葉が引き金となり、体育祭の雰囲気は一転した。


『勝て! 絶対勝て! 死んでも勝て!!』『ふざけんな、スタート早かっただろ!!』


 それまでの大人しい応援が嘘のように、苛烈なものへと変貌する。


 場の空気が温まるなんてものじゃない。3年生を中心に異常な熱気が生徒たちを飲み込んだ。

 

 そして俺は理解した。

 

 赤組も白組も、なぜ本気の応援を送っていなかったのか。


 きっとわかっていたからだ。本気になるとこうなってしまうということを。


 お互いのチームへの不信感と競争意識。互いにモニュメントを汚された怒り。そしてその不満を表沙汰にすることができず、悶々と内側に溜め込んでいたフラストレーション……負の熱(マイナスのエネルギー)


 それを思う存分ぶつけることができる大義名分を見つけてしまったのだ。


 もう止まらない。一度始まってしまった以上加速して行くしかない。


 俺たちが想像していた以上に最悪な形で、赤組と白組の戦いが始まってしまった。


 


「どうすんだよ桐花」


 罵声混じりの応援が飛び交う体育祭の中、俺と桐花そして進藤は集まり話し合いを行なっていた。


「もう犯人がどうとか言ってる場合じゃねえぞ。こんなの誰が止められるんだよ」

「……我々が想像していたよりも悪化しているでござる」


 今の状況を一言で表すなら『熱狂』だ。


 競技に参加した選手は本気で勝ちを取りに行き、それを味方は本気で応援している。


 盛り上がっているという点は間違いない。しかしその盛り上がり方が異常だった。


 競技で勝った生徒は雄叫びを上げて喜び、過剰なまでに自らの勝利をアピールする。そしてチームはその生徒を讃えながら相手チームを全力で挑発するように煽る。


 そして負けた生徒は涙を流さんばかりに悔しがり、汚い言葉を口にしながら競技の相手を睨みつける。そしてチームは相手チームの煽りに対して全力で罵倒を返す。


 お互いへの憎悪を隠そうともしない異様な光景。どう考えても健全な体育祭とはかけ離れていた。


 おそらくこうやって熱狂している生徒の中には、モニュメントを発端とする赤組と白組の対立の一件を知らない生徒もいるだろう。事実として周りの熱狂に戸惑う様子を見せる1年生も少なくなかった。


 しかしそんな彼らも今や熱狂の渦に飲み込まれて、相手チームに対して憎悪と嫌悪感をむき出しにしている。体育祭全体を包み込む負の熱に当てられたようだ。

 

「このまま犯人探しを続けるのか?」


 犯人が見つかったところでこの熱狂が収まるのか?


 白組の証である純白の鉢巻を額に巻いた桐花は、努めて冷静な様子で質問に答えた。


「……私にこの事態を収拾するための考えがあります」

「なんとかできるでござるか!?」

「はい。しかし、そのためにも犯人の特定は必須なんです」


 自信があるように桐花は頷く。


「お前、誰が犯人なのかわかったって言ってたな?」

「ええ。でも確証がありません。ここで犯人を間違えれば取り返しのつかないことになります。確実に犯人を特定するためにも必要なことがあります」

「……多田団長の証言か」


 それが一番の問題だった。


「でも多田団長は自分たちの話を聞いてくれないでござる」

 

 これまで幾度となく多田団長に話を聞こうとしたのだが、その度に逃げられてきた。


 無理矢理にでも話を聞き出そうとしたのだが、白組の団長である彼に周りには人が多い。そんな状況下で強行手段を取れるはずもなかった。


「多田団長は私たちに何かを隠しています」

「隠す?」

「はい。犯人を特定し、事件を解決するためにはその隠し事を……秘密を話してもらう必要があります」


 でもーー。

 

 その先の言葉を桐花は口にしなかった。


 何を言おうとしていたのかはわかる。

 

 証言してほしいというこちらの要望に応じる以前に、彼は話すら聞いてくれないのだ。


「どうすればいいでござるか? 多田団長、話し合いのテーブルにもついてくれないでござるよ」

「……」


 泣きそうな顔の進藤の質問に桐花は答えなかった。桐花自身どうすればいいのかわからず行き詰まっているようだ。


「……どうすればいい」


 一人つぶやき、必死に考える。


 多田団長が逃げれないような状況を作る必要がある。


 しかし体育祭の真っ最中に白組の団長である彼をそんな状況に追いやるなんて、どうすればできるんだ?


 考えろ、考えろ。


 慣れないことをしているせいで頭が痛くなってくる。しかし構ってられない。


 そんな時だった。


 一枚の紙が風に流されて足元に降ってくる。


 それは生徒全員に配られた、競技種目とその時間をまとめた目録だった。


「……これだ」


 天啓がおりた。


 妙案が頭の中に浮かび上がってきた。


 しかし、こんなこと俺にできるのか?


 俺の残念な頭に浮かんだ作戦はあまりにも馬鹿馬鹿しく、成功の確率は恐ろしく低い。


 だが、やらなければ事態は好転しない。


「……桐花。」

「なんです吉岡さん?」

「犯人がわかればこの事態をなんとかできるんだな?」

「……ええ。絶対になんとかしてみせます」


 そうか。


 なら、やるしかない。覚悟を決める。


「進藤、お前に頼みがある」

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