容疑者 赤組
「無理じゃね?」
「そんなこと言わないでくださいよ! 吉岡氏!!」
進藤は泣きそうな悲鳴を上げる。
「お前も感じただろ? 桐花に白組かどうか聞いた時に流れた緊張をよ。もしあの時桐花が赤組ですなんて答えてたらぶん殴られてたんじゃねえか?」
「いや、そんな大袈裟な」
そう言って桐花は否定するが自信なさげだ。桐花自身もあり得なくもないと考えているのだろう。
「あの時の張り詰めた空気。あれ明らかにスキー部内で赤組と白組で分かれて仲悪くなってただろ」
白組のモニュメントを作っていた先輩たちが怒りを見せたのは当然のことだ。犯人は定かではないが、その容疑者の赤組に対して憎悪の感情を抱いていても不思議ではない。
しかし言っちゃ悪いがスキー部はこの事件の当事者でもなんでもないのだ。なのに赤組と白組で対立が起きているようだった。
「正直言って私もここまで拗れているとは思っていませんでした」
「だろ? あの女子部員まで完全に赤組を犯人だと思ってたぞ。本当に収拾つくのか?」
まだ犯人もわかっていない状態なのに先行きが不安すぎる。
「うう……し、しかし! 今回こそ有益な情報を得られたのでは!? あの女子生徒の証言が本当ならば放課後から夕方5時半までは犯行時刻ではないとのこと。つまり犯人は昼休みから放課後、さらに5時半から7時までにアリバイのない人物ーー」
「だからぁ! そんなのこの学園に腐るほどいるつってんだろ!!」
こんなの容疑者を絞り込めたなんて、とてもじゃないが言えない。
流石の桐花もまいったのか、ため息をついた。
「犯人特定の目処が立っていません。赤組と白組の対立の解決方法が全くわかりません。体育祭まであと数日です。……流石に絶望的な状況としか言えないですね」
「そんな……なんとかしてくださいよ恋愛探偵!!」
「……それ、人から言われるとめっちゃ抵抗ありますね」
だからお前が言い出したことだろうがよ。
「ぶっちゃけさ。もう下手に犯人を探さないほうがいいんじゃね?」
「何を言ってるのですか吉岡氏!」
「いやよ、犯人を見つけたところでこの拗れ方はどうにもなんねえだろ。もし犯人が見つかったらまた対立が深まるんじゃねえか? ならいっそのこと犯人が誰なのか有耶無耶のままにしたほうがまだダメージ少ないだろ」
「それじゃあ根本的な解決にはならんでござる!!」
そうは言っても、その根本的な解決が難しい以上どうしようもなくないか?
「なに日和ったこと言ってるでござるか! それでも学園一の不良……いや! 相談部の金髪エロ魔人でござるか!!」
「てめぇ! 二度とその名で俺を呼ぶなよ!!」
「落ち着いてくださいよ相談部の金髪エロ魔ーー吉岡さん」
「誤魔化し切れてねえぞ! 9割は言ってるじゃねえか!」
桐花が余計な茶々を入れてきやがる。
「いやでも真面目な話、学園一の不良よりはマシじゃないですか?」
「あ?」
咳払いをして真面目腐った顔でそんなことを言い出した。
「だってそうでしょう? 吉岡さんご自分の評判ずっと気にしてたじゃないですか。全然不良じゃないのに不良扱いされてるって」
「そりゃ……まあ」
不本意な不良扱いに悩んでいたのは事実だ。
「私もどうしようか考えてたんですよ。私の助手が不当な評価で貶められているこの状況を。だから学園一の不良以外の呼ばれ方をするのはいい傾向だと思いますよ」
「桐花……」
こいつなりに、俺のことを考えてくれてたのだろうか?
気恥ずかしいが、少しだけそのことが嬉しかった。
「そう考えるとかなり親しみがありますよ。相談部の金髪エロ魔ーーぷふっ」
「いやもう最後の最後で吹き出してんじゃねえか」
前言撤回。この女にそんな気遣いを期待するだけ無駄だった。
「で、どうすんだよ次は?」
こんなくだらないやり取りをしている場合じゃない。
正直打つ手なしの状態だと思っているが、このまま放置は寝覚めが悪い。
「ちょっとでも情報が欲しいですからね。次は赤組のモニュメントを見に行きましょう」
というわけで俺たちは進藤の案内の元、赤組が作業を行なっている場所に移動することになった。
赤組が作業を行っているのは体育館下の屋内練習場。
実はこの学園の体育館は建物の2階に相当する場所にあり、その下は丸々吹き抜けとなっているのだ。
本来であれば陸上部や他の運動部が雨天時に活動する時に使われる場所なのだが、現在は赤組のモニュメント作成拠点となっている。
「団長! やっぱり派手さが足りませんよ。もっと団長の存在感をアピールしないと白組に勝てませんよ!」
「だからもう応援合戦の流れは決まったって言っただろ! 今からなにをやらせるつもりなんだ!」
「そりゃもうもっとド派手に……団長三回転半とかできませんか?」
「できるかっ!!」
そんなふうに騒いでいるのは赤組の団長、中野日奈子。
女子バスケ部の部長も務める彼女は、人望と持ち前の運動能力を買われて今年の体育祭で赤組の団長に選ばれたらしい。
現在はどうもモニュメントを使用した応援合戦のリハーサル中らしく、後輩の無茶振りに全力の悲鳴をあげている。
そんな彼女を尻目に俺たちは進藤から赤組のモニュメント制作の責任者を紹介されていた。
「どうも、3年の福原です」
責任者はこじんまりとした感じの女子生徒だった。美術部の部長でもある彼女は胡散臭いものを見る目で俺たちを見つめている。
「で、なにを聞きたいって?」
「白組のモニュメントに塗料がかけられた件に関してです」
「ああ、それね」
福原先輩は桐花の質問を聞いて面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「はっきり言っておくけど、少なくとも私たち赤組の制作班ではないわよ」
俺たちが赤組を疑っているのを察してか、先んじて自分たちが犯人ではないことを主張してきた。
「私はね、自分たちで作ったモニュメントに誇りを持っているの。なにがあっても白組のモニュメントには負けない素晴らしい作品だと自負してる。だからそんな妨害工作を行う必要なんてないの」
自信たっぷりにそう告げてきた。
しかし、それはやっていないことの証明にはならない。
そんな俺たちの考えを見透かしたのか、さらに証言を続ける。
「それにもし仮に私たちが犯人だったとして、赤色の塗料をかけるなんて手段は取らない」
「どうしてですか?」
「だってもったいないじゃない、塗料」
あっけらかんとそんなことを言い出した。福原先輩の視線がモニュメント前に置かれた塗料の容器、取手がついた金属製の塗料缶に向けられる。
「あの事件で使われた塗料はうちが使ってた塗料よ? それを丸々缶一つ分無駄にするような真似しないわよ。そんなことするぐらいなら蹴って穴でも開けたほうが手っ取り早いしね」
「それは……そうですね」
「こっちも予算ギリギリでやってるの。塗料一つ勝手に使われた私たちも被害者よ」
彼女の言葉には一理あるように思えた。確かにモニュメント制作を妨害する方法なら他にいくらでもある。
「確か事件が発覚した日まで白組と同じ場所で作業してたんですよね?」
「そうよ。前に使ってた場所が雨漏りで使えなくなって、白組のところにお邪魔して、そして今はここ。あちこち移動させるのも一苦労だったわ」
そう言って福原先輩は自身が手掛けているモニュメントに視線を向ける。
赤組のモニュメントのモチーフはおそらく薔薇だろう。古びた西洋の城の外壁に真っ赤な薔薇が咲き乱れているような意匠。
「こりゃすげえな」
思わずそんな呟きが漏れてしまう。確か材料は木枠に紙を貼り付けたものだったはずだ。それに色を塗っただけでここまで荘厳なものが作れるのが信じられなかった。
「なかなかいいでしょう? テーマは『情熱が咲き誇る』よ」
自慢げな表情を見せてくる。そんな彼女に同調するように元気のいい声が横から入ってきた。
「素晴らしい作品だ。我々赤組の体育祭にかける情熱を表現するのにこれ以上ピッタリなものはない!」
赤組団長の中野先輩だ。
「中野団長、応援合戦の打ち合わせは?」
「逃げてきた!」
福原先輩の質問に晴々とした笑顔で答える。
「あいつらひどいんだ、私が高所恐怖症だって知ってるくせに人間タワーのてっぺんに登れなんてめちゃくちゃ言ってくるんだ。しかも5段の!」
5段の人間タワーなんて、高所恐怖症じゃなくても恐ろしい。
「で、モニュメントの話だけど。当日はこれをバックに我々の応援合戦が行われるんだ。体育祭の目玉の一つだからな、去年の盛り上がりに負けないよう我々応援団の準備もバッチリだ!」
バッチリと言う割には後輩からの無茶振りに悩まされているようだが?
「事件があった日、白組と合同で応援合戦について打ち合わせがあったそうですね?」
「そうだな、私と制作責任者の福原ちゃんが出席した。いやあの時は大変だったぞ? どっちが応援合戦の先手後手を取るかで大揉めしてな、思っていた以上に時間がかかってしまった」
「打ち合わせが始まったのは?」
「確か……打ち合わせが始まったのは学校が終わって1時間後の5時からで、7時くらいまでやってたかな?」
「……なるほど」
つまり、彼女たちには5時から7時までアリバイがあると。
「その日は作業してなかったんですか?」
「昼休みはしてたんだけど、放課後はしてなかったわ。責任者の私が打ち合わせでいなかったし、その打ち合わせがいつまでかかるか分からなかったからね」
「作業的には、一日休むくらいの余裕はあったと?」
その言葉に、中野団長と福原先輩の表情が固まる。
「ええ、余裕はあったわ。白組に台無しにされるまでは」
恨みがましい言葉。どうやら桐花は地雷を踏み抜いたらしい。
「9割、いえ9割9分は完成していたの。あとは細かいディテールを調整するだけってところまできていたのに、白組の男子が塗料をかけてめちゃくちゃにしてくれたわ」
「報復だと連中は言っていたな。確かに赤組の団長である私自身、白組のモニュメントを汚したのは赤組ではないと断言はできない。しかし、しかしだ。本当に100%私たち赤組の誰かが犯人であるという証拠はあるのか? 白組の誰かがやった可能性を完全に否定できるのか?」
「その報復に正当性は一切ないわ。正義感ではなく、ただの憂さ晴らしでしょうね。本当にいい迷惑よ、修復に時間が取られて綿密に組んでた作業スケジュールがおじゃんになったわ」
2人とも溜まりに溜まっていた恨みの言葉をここぞとばかりにぶつけてくる。
「しかも腹立たしいことに、使われたのはまたうちが所有していた赤い塗料なのよ。ねえわかる? 薔薇一つ一つを綺麗に塗り分ける大変さが? やっと完成させたものを台無しにされた時の虚無感が?」
その言葉は静かなものだったが、込められていた怒りはこちらが思わず震え上がりそうなほどだった。
「犯人を探しているんだってね? もしわかったら誰なのか教えてくれ。赤組が犯人だったら団長としてこの騒動の原因の責任を取らせる」
もし白組が犯人だったらーー
そう続けた中野団長は冷たく、暗い笑みを浮かべた。
「もし白組が犯人だったら、一方的な被害者である私たちに白組はどう責任を取ってくれるんだろうな?」




