目撃証言
「無理じゃね」
「ござる!?」
白組の制作班から話を聞いて倉庫から出てすぐ、俺は結論づけた。
「いや、話聞いても容疑者の絞り込みができなかっただろ?」
依然として容疑者は1000人以上という状況だ。
「いやしかし! 犯行時刻は絞り込めたのでは!? 昼休みは無事だったことから犯行が行われたのは放課後であることは間違いないでしょう。つまり、犯人は放課後にアリバイのなかった人物ーー」
「そんなのこの学園に山ほどいるわ!!」
「そもそも、放課後を待たずに午後の授業を抜け出して犯行を行なった可能性もありますからね」
それに問題はそれだけではない。
「あの先輩の様子見ただろ。やべーって、赤組が犯人だって決めつけて疑ってなかったぞ?」
倉庫の中で作業をしている先輩たちを遠目で眺める。
あの底冷えするような目に宿っていたのは間違いなく憎悪だ。
「うっ。そ、それは丹精込めて作ったモニュメントが被害に遭えば視野が狭くなってしまうのも無理はないかと……」
「だからやべーんだって。もしこれで本当に赤組の誰かが犯人だったら収拾つかねえだろ」
犯人が白組だったらそれはそれで悲惨なことになりそうだが。
「……確かにこのままでは犯人を突き止めたところで、進藤さんが言う『冷戦』は終わりそうになさそうですね」
「な、なんとかしてくださいよ! 桐花氏!! 恋愛探偵の名が泣くでござるよ!?」
「……それ広まってるんですか? 我ながらちょっと恥ずかしいんですが」
自分で名乗っとていて何を今更。
「『恋愛探偵、桐花咲にお任せあれです!』いう決め台詞の元、数々の事件を解決してきたのでしょう!?」
「なんで広まってるんですか? いや、あってますけど」
桐花の顔は珍しく、羞恥によるものなのか赤くなっていた。
「自分はそんな桐花氏と吉岡氏の名声を頼って依頼をお願いしたのでござる!」
「い、いや俺の広まってる名前なんてロクなもんじゃないし……」
「学園一の不良! 相談部の金髪エロ魔人!」
「後半は聞いたことねえぞ!!」
誰だそんなこと言い出したやつは?
「自分以外の部員を女子生徒で固め、ハーレムを作り上げた生粋の女好き! さらに真性のドMで、女子に踏まれたい願望がある業の持ち主!!」
「ほぼあってますね」
「おいゴルァッ! 赤メガネ!!」
割と本気で怒鳴りつけるが桐花は涼しい表情のままだ。
「赤組と白組の対立をどうするにしても犯人を突き止めなければなりませんね。そのためにももう少し犯行時刻を絞り込めれば良いんですが……ん? あそこにいる人達、何してるんしょうね?」
そう言った桐花が注目したのは白組が使っている倉庫から十数メートルほど離れた位置、グラウンドの中ではなく外側のアスファルトの上でトレーニングをしている生徒たちだ。
「ちょっと話を聞いてきますね」
返事を待たずに駆け出した桐花を俺たちは慌てて追いかけた。
「すみません。部活中ですか?」
「んー? そうだけど?」
答えたのは日に焼けた女子生徒。体操服姿でストレッチを行なっていた。
「ここって何部ですか?」
「スキー部だけど」
「スキー部? え、スキー部なんですか?」
桐花が驚きの声を上げるが無理もない。どう見ても今やっているのはスキーではない。
「当たり前だけど季節的に今はどこ行ってもスキーなんてできないからね。だからこの時期は体作りに集中してるの」
「いつもこの場所でトレーニングを?」
「そだよー」
やっと桐花がなぜ彼女たちに注目したのかわかった気がした。ここからなら白組が使っている倉庫の様子がよく見える。
「……白組のモニュメントに塗料がかけられた事件は知ってますか?」
「あー、あれね。もちろん知ってるよ」
「私たち今その件について調べているんですけど、事件があった日もここにいましたか」
「あの日でしょ? うん、ここでずっと筋トレとかしてたよ」
桐花の目が期待で輝く。事件に繋がる手がかりが得られるかもしれない。
「誰か怪しい人があの倉庫に入るのを見ていませんか?」
「うーん。前にみんなでその話したんだけど、そんな怪しい人なんていなかったよ」
「本当ですか?」
「本当本当。ここにいるスキー部のだれもそんな人見てないからね。これだけの人数いて見落としてたってことはないんじゃないかな。あ、別にトレーニングに集中してなかったってわけじゃないよ?」
何やら妙な言い訳をしてきているが、ここまで言い切るということは本当に見てないんだろう。
「何時までここにいましたか?」
「いつも夕方の5時半までやってる。そのあとはすぐに帰ったよ」
スキー部の彼女の証言が本当なら放課後から夕方5時半までは犯行時刻ではない。
白組の団長が汚されたモニュメントを発見したのは7時だ。
つまり犯人は夕方5時半から夜7時までに犯行を行ったということか? ……いや、昼休み以降、午後の授業を抜け出して犯行を行った可能性もある。
そう考えるとこの情報を得たところでーー
「ところで、君って白組?」
スキー部の女子生徒が笑みを消して桐花に問いかける。わずかに空気が冷たいものに変わった。
彼女の背後でそれぞれストレッチをしながら聞き耳を立てていたスキー部の面々の表情がこわばる。
「は、はい。白組です」
「そう。じゃあ同じチームだね」
桐花の答えに再び笑みを見せる。
しかし、その笑みはどこか奇妙な熱を帯びている
「なんとしてでも赤組のだれがやったのか突き止めてね?」




