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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第5章 祭に駆ける
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汚された象徴

「依頼内容はご理解いただけたでござるか?」


 進藤が念押しをしてくる。


 依頼内容自体はシンプルだ。白組のモニュメントに塗料をぶちまけた犯人を見つけ出してほしいと言うもの。


 しかしーー


「無理じゃね?」

「ござる!?」


 何やら妙な驚き方をされるが、考えれば考えるほどこの依頼を達成するのがどれだけ困難なのかがよくわかる。


「いやだってさ、どこのだれが犯人か見当もついてないんだろ? せいぜい赤組の誰かが怪しいってだけで。それすらも確かじゃないってことは……」

「当然白組の誰かが犯人であることも考慮に入れなければなりませんね。それだけで容疑者はこの学園の生徒全体です」

「ってことは犯人候補は1000人以上。それに下手すりゃ教員とか外から侵入してきた不審者の可能性もあるわけだろ。まあ、可能性は低いだろうけどよ」

「犯人が単独なのか複数人かどうかもわかっていませんしね」


 それに、この問題に関しては犯人を突き止めるだけでは終わらない。


「犯人を見つけたとしてよ、それで赤組と白組の……冷戦だっけ? それが終わるとは限らねえだろ」

「最悪なことに、犯人の犯行に対して報復という形で赤組のモニュメントが同等の被害にあっているわけですからね。そこから和解に持っていけるかどうかは別問題です」


 桐花ですら難しい顔をしている。


「そんな、なんとかならんですか!?」

「なんとか、つってもなあ」

「お聞きしましたぞ! 桐花氏の見事な推理で漫画研究部の部室で起きた事件を解決したことを!」

「え、なんで知ってるんですか?」


 漫画研究部という予想外のワードが飛び出してきたことに桐花は驚く。


「実は自分、漫研にも所属しておりましてな。お二人の活躍は宮間氏からしかとお聞きしてるでござる」

「なるほど、宮間さんから」


 どうりで。


 なんでこんな評判の悪い俺と桐花が立ち上げた部活に依頼を持ち込んだのかと思えば、あのおしゃべり女子に俺たちのことを聞いてたからか。


「お二人の力で事件を解決して、こう、赤組と白組の両チームを良い感じに和解に持っていって欲しいのです!」

「良い感じにって、めちゃくちゃ言うなよ」


 そんなフワッとした注文があるか。


「第一、その冷戦ってのはそんなに深刻な問題なのか? 体育祭終わったら収まるんじゃねえの?」


 正直こいつが大袈裟に言ってるだけなんじゃないかって思っている。


「この部活に上級生はおられますか?」

「いえ、いませんけど」


 俺たちが作った部活だからいる分けがない。


「普段上級生と接する機会がないからわからんのでござる! 自分が所属する漫研の2、3年生ですら、赤組と白組の間で微妙な雰囲気になっているのですぞ!」

「漫研で? 本当かそれ?」


 漫研なんて体育祭とは一番縁遠い部活の筆頭みたいなところだろ? 漫研ですらそんなことになってるのか?


「体育祭実行委員でも当然問題視されているでござるが、解決の目処が立たず頭を抱えているのです! かといってこの問題にかかりきりになるには人手が足りんのでござる! 藁にもすがる思い出お二人にお願いしに参った所存!!」

「わかった、わかったからそんな大声出すなよ」


 こいつ声がでけえし、語尾が聞きなれない言葉ばっかで頭が痛くなる。


「ひとまず、関係者から話を聞いてみましょうか」


 そんな桐花の言葉から調査はスタートした。



 まず、最初に被害にあった白組のモニュメントから見てみたいですね。


 そう言った桐花の要望通り、進藤は白組のモニュメントが置かれている場所に案内してくれた。


 校庭の横に建てられた倉庫のような施設。正面に設置された大きなシャッターは開かれており、奥の方で作業している生徒たちと大きなモニュメントが見えた。


「ここはもともとサッカー用のゴールポストやら、運動部の設備をしまっておくための倉庫でござる」


 モニュメント作成のために貸し出されているとのことだ。


 中に入ると外で見るよりも広々としていた。モニュメントは想像以上の大きさだが、あと一つや二つぐらい余裕で入りそうだ。


 作業をしていた生徒に事件について聞きたいと話しかける。


 俺と桐花をみて怪訝な表情を浮かべていたが、体育祭実行委員の進藤のとりなしのおかげで話を聞いてくれることとなった。


「岡本です。一応白組のモニュメントの制作責任者をやらせてもらってます」

「で、俺はその助手の保坂」


 岡本とその助手を名乗った男子生徒は共に3年生で、白組のモニュメントはこの2人を中心に数人のメンバーで作成しているらしい。


「事件のことを聞きたいって、事件ってのはモニュメントに塗料が塗られたことでいいの?」

「ええ。ご存知のことを出来る限り詳しくお聞きしたいのですが」


 桐花は質問する。


「そうだな。まず、塗料をぶちまけられたモニュメントを発見したのはうちの団長だ」


 そう言ったのは助手の保坂先輩。


「団長?」


 桐花の疑問に進藤が小声で答える。


「白組のトップでござるよ。あとで紹介するでござる」


 あー、中学の時も同じような役職があったっけな。


「発見したのは放課後、赤組も交えた打ち合わせの後だ」

「打ち合わせですか?」

「ああ。確か、体育祭当日の応援合戦についてだったっけな。俺も岡本も参加してた。ほら、応援合戦でモニュメントを使うからこいつを移動させるのにどれだけかかりそうか聞かれたんだよ」


 そう言って白組が作成しているモニュメントに目を向ける。

 

 彼の言った通りモニュメントはかなりの大きさだった。少女を形どった像が高い位置で開かれた一冊の本 (もちろん本物ではなく、それを形どったオブジェだ)を掲げている。そしてその本からユニコーンやドラゴン、妖精といった空想上の生き物が飛び出るようなデザインだった。


 そのモニュメントが倉庫奥の右手側の壁を背に置かれていた。


「良いもんだろ。コンセプトは『夢が溢れ出る』だ。岡本がデザインしたんだぜ」


 まるで自分のことのように誇らしげに胸を張っている。


「よしてくれよ、そんなに大したデザインじゃない」

「いやいや、俺はこんなの考え付かねえよ。さすがは美術部の副部長様だぜ」


 遠慮がちな岡本先輩を保坂先輩は褒めちぎった。


「話を戻すとだな、団長は打ち合わせの後に倉庫に来たらしい。で、そん時に塗料をぶちまけられたモニュメントを見て大騒ぎ。俺と岡本もすぐに呼び出されたよ」


 その時のことを思いだしたのか、苦い表情を浮かべる。


「誰も倉庫にいなかったんですか? 打ち合わせに呼ばれたお二人以外の作業者の方とか?」

「まあ俺たち二人がいないと作業できないからな、その日は休みだったよ」

「団長がこの倉庫に来た時間は?」

「打ち合わせが終わったのが7時だから、そのすぐぐらいのはず」


 となると、犯行時刻は午後7時以前。


「最後にお二人がモニュメントを確認したのはいつですか?」

「そうだな、少なくともその日の昼休みまでは無事だったはずだ。昼休みも作業してたが、その時はなんともなかったからな」

「鍵はかけていましたか?」

「いや、シャッターを閉めるだけで誰でも出入りできる状態だったよ。ほら、あそこの扉は鍵なんてかけてない」


 促された先、開けられたシャッターの左側に人が出入りするための扉がある。


「ということは事件が起きたその日、誰でも犯行が行えたということですね」


 桐花の顔が引き攣っている。


 この事件、犯人を特定するのはやっぱり面倒なことになりそうだった。


「モニュメントですけど、具体的にどんな感じに塗料がかけられていたんですか?」

「ああ一応その時の写真とってあるけど、見るか?」


 保坂先輩がスマホを操作して写真を桐花に見せる。俺もその後ろから覗き込んだ。


 写真に写ったモニュメントの正面側にはベッタリと赤い塗料が。随分と勢いよくぶちまけられたのだろう、かなり高い位置にある本にまで塗料が届いている。


「ひどいもんだろ。ほとんど完成してたのに、こっからリカバリーするのにどれだけ時間がかかったか」


 確かにここまで塗料がかけられていると、モニュメント全体を塗り直すしかなさそうだ。


「……使われたのは赤い塗料なんですね。でも、白組のモニュメントには赤い塗料は使われてないように見受けられますが?」


 桐花の言う通り、白組のモニュメントは白色を基調としてられており、全く赤色が入っていなかった。


「まあそりゃ敵チームの色だからな。意図的に使わない様にしてたんだよ」

「じゃあこの赤い塗料はどこから?」

「そりゃ当然、赤組が使ってた塗料だよ」


 桐花の質問に、保坂先輩はあからさまに機嫌を悪くして鼻を鳴らす。


 そんな彼から岡本先輩が質問の答えを引き継いだ。


「事件があった日まで、赤組もこの倉庫で作業してたんだよ」

「え、白組と同じ場所でモニュメントを作ってたんですか?」

「いや、もともとはそうじゃなかったんだよ。それまで赤組は別の場所で作業してたんだけど、雨漏りするようになったらしくてね。モニュメントの表面ってちょっと頑丈な紙を貼り付けてあるだけだから水に濡れるとまずいからね。だからここに赤組のモニュメントを持ってきて作業してたわけ」


 聞けば、赤組のモニュメントは正面のシャッターから入ってすぐの左手側に置かれていたそうだ。ちょうど白組のモニュメントとは倉庫の角の対角線になるような配置。


「ちなみに今は?」

「……あんなことがあったからね。すぐにまた別の場所に移動したよ」


 そりゃそうだよな。流石に同じ場所で作業を続けるのは無理だろう。


「団長さんに呼び出されてお二人はすぐにモニュメントを確認したんですよね?」

「うん。そうだけど?」

「塗料は乾いていましたか?」

「……いや、ほとんど乾いていなかったよ」


 岡本先輩はその時のことを思い出しながら質問に答えた。


「そうですか、塗料の乾き具合から犯行時刻がわかるかと思ったのですが……」

「あー、一応俺たちも考えたんだけどな。普段塗料は筆で薄く塗って使ってるんだ。だからあんなふうにぶちまけられると乾くまでの時間なんて想像もつかないな」


 まあこんな使い方想定できないよな。


「被害は塗料によるものだけでしたか?」

「と言うと?」

「もっとひどく壊されていたとか、塗り直しじゃ対応できないくらいの被害があったとか?」

「いや、塗料だけだったよ。だからこそ早く修復できたわけだけど」

「まあ、全部が全部元通りとはいかなかったけどな」


 そう言った保坂先輩が再度スマホの写真を見せてくる。


「この本の部分、赤いペンキで汚れてないとこ見えるか?」

「何か書かれていますね。英語ですか?」


 見てみると、開かれた本は英語の筆記体がびっしりと書かれていた。


「岡本が超頑張って書いたんだよ。だけど塗料で汚れちまったからな。ほら」


 そう言ってモニュメントを指差す。


 今のモニュメントに掲げられている本のページは完全に白紙だった。


「書き直さなかったんですか?」

「あー無理無理、2度とやんない」


 岡本先輩が苦笑しながら首を振る。


「慣れてない英語の筆記体でページを埋めるのがどれだけ大変だったか、思い出したくもないね。そもそもあの本は別で先に作ってあとで取り付けたものなんだよ。もう取り外せないから今からやろうとすると脚立に登って不安定な状態で書かなきゃいけないんだよね」


 確かにあの高さは脚立に登らないと届きそうにない。


 壁に立てかけられた脚立はそれなりに年代物らしく、少々頼りない。


「ちなみに何が書かれてたんですか?」

「確か岡本が好きな本の英語版って言ってたけど。なんだっけか?」


 岡本先輩はその質問に対してやや照れくさそうに頬を掻いて答えた。


「……シェイクスピア」


 すげえセンスだ。美術やってる人って、皆こんなんなのか?


「本当に迷惑な連中だ。せっかく場所を共有してやったのに、人様の作品を台無しにするような真似しやがって」


 助手の先輩が不機嫌さを隠そうともせず吐き捨てる。


「……まだ赤組がやったと決まってませんよね?」

「は?」


 桐花の反論に睨むような目つきで答える。


「こんなの同じ白組のやつがやるわけねえだろ」

「ですがなんの証拠もーー」

「証拠云々じゃねえよ。普通に考えてわかるだろ」


 その言葉には明らかに憎悪のようなものが含まれていた。


「モニュメントの出来が体育祭で審査されるのは知ってるか?」

「ええ」

「モニュメントの部で得られる点数はめちゃくちゃでかいんだ。体育祭で勝つために手段を選ばないのであればモニュメントを台無しにするのは良い手だ、本当にな」


 皮肉げに笑う。


「お前らはまだ1年だっけか? ならわかんねえかもしれねえが、俺たちはな勝ちたいんだよ」


 勝ちたい。


 そう口にする先輩の目には、抑えきれないほどの熱が込められているような気がした。


「皆勝ちたいんだ。なのに同じ白組のやつが、自分から勝ちを捨てるような真似するわけねえだろうが」

「落ち着けよ。1年にやつ当たりしたところでしょうがないだろ」

「岡本、お前が一番怒るべきだ。ずっと前から考えてきたデザインのモニュメントを汚れたんだぞ? お前が作り上げた白組の象徴だぞ?」


 諌めてきた岡本先輩に代わって更なる怒りを見せた。


「あの後赤組のモニュメントに塗料をぶっかけた奴らがいただろ? うちの制作班には関係のないやつだったけど、正直言ってめちゃくちゃスカッとしたね。やってくれた、仇を討ってくれたってね」

「そんなーー」

「俺たちだけが一方的にやられて泣き寝入りしろってか? 冗談じゃない」


 怒りの込められた台詞。


 俺はそれを聞いて、進藤が『冷戦』と言ったのを思い出していた。

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