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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第4章 なぜ勉強をして来なかったんだろう?
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風紀委員の真相

「山本優さん。彼が岸本さんの恋人です」


 桐花は藤枝に向けてそう言い切った。


 その様子を見て俺はごくりと唾を飲み込む。


 さあ、どうするんだ桐花?


 藤枝は岸本の恋人を知ってしまった。このままいけば岸本達の処分は免れない。


 後戻りはもうできない。ここまで来たらお前の言う秘策とやらに頼るしかない。


 固唾を飲んで見守る。


 お互いに視線をぶつけ合う桐花と藤枝。


 両者無言のまま重苦しい空気が漂う。


 先に口を開いたのは藤枝だった。


「それだけかしら?」

「え?」


 予想外のセリフに息を呑んだ。


「あなたの推理、かなり納得ができるものだった。でもそれだけ。どれもこれも憶測ばかり、状況証拠ばかりで確固たる証拠がない」


 冷たい視線を向ける鉄の女。


 そんな藤枝に、桐花はなんてことのないような返事をする。


「別に問題はないでしょう?」

「何を言ってるの。確かに元々3人までに絞れていた状態からほぼ1人までに絞り込めたことは収穫よ。風紀委員で本当に交際しているのかどうか調べる労力は大幅に減る。でも万が一あなたの推理が外れていた場合、その調査は徒労に終わってしまうのよ?」


 藤枝の視線がさらに冷たいものに変わる。


 しかし桐花はそんな視線に臆することなく、挑発的な笑みを浮かべた。


「ええだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()別に問題はないでしょうと、言ってるんです」

「っ!」


 この時、初めて藤枝の顔に動揺が浮かんだ。


「な、何を言って……」

「ふふふ。やっとその鉄仮面が脱げましたね」


 桐花はどこか楽しそうに笑う。


「別に私の推理が外れていようが当たっていようが問題ない。岸本さんの恋人が誰だろうがもはや関係ないんです」


 そして自信満々に告げる。



「だって岸本さん。もう許可証持ってるんですから」



 一瞬、桐花の言っていることが理解できなかった。


「は? 許可証をもう持ってる?」


 この件は岸本が許可証を持っていないにもかかわらず男女交際をしていたからこそ、始まったものだ。


「待て、なんだそれ? 一体いつの間に?」

「もちろんこの前の中間テストが終わってからですよ。岸本さんは中間テストで優秀な成績を収め、見事恋愛許可証を手に入れたのです」


 あまりの急展開に話についていけない。


「待て待て待て! なんでお前が知ってるんだ? いやそもそも、()()気づいた?」


 これが桐花の言う秘策か?


 そうだとしたら、桐花が秘策云々と言い出したタイミングがおかしい。


 桐花はギリギリまで悩み続けていたのだ。もし彼女が最初っから今回の中間テストで岸本が許可証を手に入れていると知っていたら、悩む必要なんてないはずだ。


「気づいたきっかけは、秋野さんにお話を聞いた時でした」

「秋野?」

「はい。あの時はまだ気づいていませんでしたが」


 岸本と同じ中学である彼女に聞き込みを行った時か?


「秋野さん、岸本さんのことをこう言ってました『名前はよく知っているが、同じクラスになったことがないから話したこともない』と」

「ああ、それが?」

「これ、おかしくないですか? 別のクラスの話したこともない同級生を、名前だけはよく知っているなんて表現しますか?」


 確かにそう言われると、()()知っているなんて言い方はしないな。


「なんかそう聞くと、岸本は学校で有名人だぞって言ってるみたいだな」


 ちょうど俺と桐花の名前がこの学園で知れ渡っているみたいに。


「その通りです吉岡さん。岸本さんは北上中学で有名人だったんですよ」

「なんで? そんなに目立つようなタイプには見えなかったぞ」


 この前会った時の印象は、いかにも大人しそうな女子といった感じだった。まさか逆高校デビューをしたわけでもあるまいし。


「彼女がどう有名だったか? そのヒントをくれたのも秋野さんでした」


 彼女との会話を思い出すが、俺にはよくわからなかった。


「秋野さん。話を続けていく中でこう言ったんです。『今の話で思い出したんだが、二人とも中間テストの結果はどうだった?』と」

「確かこれといった情報がもらえなくて、秋野の方から話題変えてきたんだよな?」

「そうです。ですが『今の話で思い出した』って、一体なにで思い出したんでしょうか? あの会話、それまでテストの話題なんて出ていませんでしたよ」

「……確かに」


 直前まで岸本についての話しかしてなかったはずだ。


「当然秋野さんは、岸本さんのことで中間テストの話題について思い出したはずです」

「岸本で?」

「はい。秋野さん、こうも言ってました『私の中学だと成績上位者は掲示板に順位と点数が張り出されてた』と」

「……まさか」


 そこまで言われれば、流石の俺でも察しがつく。


「そう。岸本さんは中学の時、掲示板に毎回名前が張り出されるほど成績が優秀だったんだと推測できます。実際に秋野さんに話をもう一度聞きに行ったところ、3年間ほぼ全てのテストで学年1位を取っていたそうです」

「まじか」


 そんな頭良かったのか。


 いや、よくよく考えれば下僕2人も岸本について頭は良いと聞いていた。なんてことを言っていた。


「|許可証を持っている知り合い《九条さん》に、テストが終わってからどれくらいで許可証をもらえたのか聞いたことがあるんですが、答案が全部返ってきて成績が確定してからおよそ1週間くらいだそうです。ふふふ、今回で言えばちょうど先日くらいですね」


 なるほど、だから桐花は藤枝への報告をここまで延ばしたのか。


「昨日、岸本さんのところへ行ってちょっとカマかけたら一発でしたよ」


 ちゃんと裏も取ってある。抜け目のないやつだ。


「高校入学時の学力テストでは惜しくも許可証を手に入れられるほどの成績を収められなかったようですが、中間テストでは頑張ったみたいですね」

 

 気楽な口ぶりの桐花。


「さて、岸本さんは許可証を持っている以上、これから先山本さんと交際することについては問題ありませんね。では過去、許可証を手に入れる前に交際していたことに対して何らかの処罰を下されるのでしょうか?」

「それは……」

「処罰が下されるわけがありませんよね。だって許可証を手に入れる前に交際していたかどうかなんて、風紀委員に判断できるわけがないんですから」


 風紀委員の男女交際の判断基準はポイント制。そのポイントが一定基準を超えなければ男女交際とは認められない。


 藤枝は以前、俺たちの調査結果をもとにそのポイント制を用いて本当に交際しているのか確かめると言っていた。


 それはつまり、現在許可証を持っている岸本とその恋人に対してポイントをつけるということだ。許可証を持っている以上どれだけイチャつこうが2人は問題なし。


 まさか許可証を手に入れる前の2人のイチャつきの度合いを調べるなんてできるわけがない。


 万が一できたとしても、無許可の男女交際が発覚した場合の処分は通達だ。2人にとっては痛くも痒くもないだろう。


「岸本さんについての報告は以上になります」


 満足げに笑みを浮かべる桐花。


 しかし俺の中にはまだ不安の種が燻っていた。


 今回の件は藤枝に報告をしても問題はなかった。桐花の望み通り恋人達を傷つけずに済んだ。


 岸本の交際相手を暴くという当初の依頼が達成された以上、相談部は存続できるかもしれない。


 しかしーー


「なるほどよくわかりました。相談部には一定の能力があり、その力は風紀委員にとって有用なものであると判断します」


 事務的な藤枝の口調に、背中に冷たいものが流れる。


 ああ、やっぱりか。


 この依頼だけで終わらない。藤枝は桐花にまた同じような仕事をさせるつもりなのだ。


 今回はなんとかなった。岸本が許可証を手に入れてくれたおかげで誰も傷つけずに済んだ。


 だけどそれは首の皮一枚繋がっただけ。調査対象が許可証を手に入れるなんて、そんな奇跡に近い偶然もう二度と起きないだろう。


「っ! 桐ーー」

「待ってください。私の話はまだ終わっていません」


 俺がどうにか声をかけようとしたその時、桐花が藤枝に待ったをかけた。


「何かしら? 岸本ゆかりの報告は終わったと、あなたが言ったのよ?」

「はい。岸本さんについての推理は終わりました。ここからは、()()()()()()私の推理を聞いてもらおうと思います」


 桐花の言葉に、藤枝の目が警戒するものに変わった。


「私について? 一体なにをーー」

「貴方、岸本さんが中間テストで許可証を手に入れる可能性があること、知っていましたよね?」

「っ!!」


 藤枝が明らかに動揺した表情を浮かべる。


「知らないわけがありませんよね。だって貴女は岸本さんと同じ中学の同じ声楽部だったんですから」

「別に、仲が良かった訳じゃーー」

「仲が良い悪いは関係ないんですよこの場合。普通に考えて同じ部活の同級生が毎回テストでトップの成績を収めていることを知らないなんてありえませんよ」


 桐花は一気に畳み掛ける。


「そう考えると不思議ですよね。なぜあなたは私たちに岸本さんについて調べるように依頼なんてしたんでしょうか? だってそうでしょう? 風紀委員からすれば、無断で男女交際をおこなっている岸本さんはどうしても検挙したい対象のはずです。しかし中間テストが終われば許可証を手に入れられて逃してしまう可能性がある以上、一刻でも早く岸本さんの恋人を特定する必要があったはずです」

「本当にその恋人がわからなくて、藁にでも縋る気持ちでお前に依頼したんじゃないのか?」


 桐花の恋愛沙汰にかけての調査能力は間違いなくこの学園一だ。その能力を当てにしたのではないか?


「だとすればさらに不思議な点が。なぜ期日を設けなかったのでしょう? 岸本さんについての情報、恋人候補の資料まできっちり揃えていたのに、いついつまでに突き止めてくれなんて話は少しもありませんでした。事実、今日の今日まで催促されることはなく、岸本さんは許可証を手に入れることができました」


 そう言われると確かに変だ。岸本がいつ許可証を手に入れるのかわからない状況下でそんな呑気に構えているのは違和感がある。


「ここまでくれば、貴女がなにを考えていたのかは推測できます」


 桐花は藤枝をまっすぐ見据える。


「貴女は岸本さんが山本さんと交際している事実を知っていた。そして風紀委員もおおよその見当はついており、岸本さんが許可証を手に入れる前に検挙する直前まで来ていたんじゃないでしょうか? 貴女はそこで待ったをかけ、今風紀委員の中で問題になっている相談部という部活を利用する口実で、岸本さんの処分を先延ばしにしたんです」


 そして、迷いのない口調で告げる。



「貴女は、岸本さんが許可証を手に入れるまでの時間稼ぎのために、私たちに依頼を出したんです」



 時間稼ぎ。


 その意味を反芻して飲み込むまで少しかかった。


「てことは、藤枝にとって岸本は……」

「仲の良い友人だと思いますよ。同じ中学出身、同じ部活仲間だと考えればおかしくありません」


 つまり、友人を助けるために俺たちのことを利用したってことか。


「貴女にとっての懸念は、依頼をされた時点で私が既に岸本さんの恋人について知っていて、そのことを即座に報告してしまうこと。だからこそ貴女は依頼を出した翌日にまた部室に訪れたんです」


 進捗報告という名目で探りを入れに来たわけか。


「風紀委員がそんなことして良いのか?」

「まあ普通に考えれば大問題でしょうね。学園の恋愛を取り締まる『鉄の女』が友人に肩入れして、処分を逃れさせようとしたわけですから。良いスキャンダルになるでしょう」


 桐花の脅すような言葉に、藤枝は反応を見せた。


「……全部貴女の憶測ばかりね。私が一生徒に肩入れした直接の証拠はなにもないわ」


 気丈なセリフ。


 しかし、俺は藤枝の言葉がかすかにに震えているのに気づいた。


「それで私を脅すつもり? 相談部から手を引かなければそのことを学園に言いふらすつもりなのかしら?」


 わずかに怯えを含んだ言葉。


 桐花はその言葉を首を横に振って否定する。


「いえ、なにもするつもりはありませんよ」


 桐花の言葉に、藤枝は呆気に取られた。


「え?」

「だって、私がこのことを周りに言いふらしたら岸本さんにも迷惑がかかるじゃないですか。第一貴女が言った通り私の推理に証拠なんてなにもないんですから」


 あっけらかんとした態度。しかし次の瞬間には桐花は真剣な表情を浮かべて藤枝を見据えた。


「でもですね。今回みたいな依頼を受けるのはこれで最後です」


 はっきりとした宣言。


「私は私の力で誰かを傷つけるような真似はしません。今後風紀委員に同じような依頼をされても断固として拒否します」


 まっすぐな視線を藤枝に向ける。


「もしそれで風紀委員に睨まれようが、相談部を潰されようが全然問題ありません」


 力強い言葉。


「だって私は……()()()()、なにがあっても変わらない。これまでと同じように好き勝ってやって、恋に悩む人を救い続けて見せます」


 そして瞼を指で下げ、舌を出して藤枝に言ってやったのだ。


「貴女達の思い通りになんて、絶対なりませんからね!」


 

次回エピローグです。

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