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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第4章 なぜ勉強をして来なかったんだろう?
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恋人の正体

「岸本ゆかりの恋人が誰かわかったらしいわね、桐花さん」


 桐花に呼び出された風紀委員の藤枝は、部室に入ってくるなり本題を切り出した。


「それにしても、随分と時間がかかったわね?」


 藤枝の言う通り、今日は桐花が岸本の恋人がわかったと言い出してから1週間近く経っている。その間に追試なんかも終わり、今は結果待ちの状態だ。


 今日まで桐花は、時たま調べものをしにふらりといなくなる程度で何もしていなかった。あえて言うならばずっと俺につきっきりで勉強を見てくれていたぐらいだ。


 その間、何度か桐花に岸本の恋人は誰なのか? 相談部を守る手段があると言ったがどうするつもりなのか? などいろいろ聞いてみたのだが、その度に桐花は、


『安心して全部私に任せてください。秘策がありますから。それよりも吉岡さんは今しっかりと勉強して追試に備えてください』


 と言って不敵に笑うだけだった。


 そして今日、桐花は藤枝を呼び出して岸本の恋人が誰なのかを教えるようだ。


 不安はある。

 

 本当に教えて大丈夫なのか? 岸本も相談部も、両方守る方法なんて存在するのか?


 だけど桐花が大丈夫だと言ったのだ。ならば俺にできることは信じて見守ることだけだ。


「それで、岸本ゆかりの恋人が誰なのか教えてくれるかしら?」


 藤枝の冷淡な視線を真正面から受け止めた桐花は、ゆっくりと口を開いた。


「岸本さんの恋人が誰なのかを説明する前に、私たちが以前遭遇した事件についてお話ししなければなりません」

「事件?」

「はい。その事件は奇しくも岸本さんが関わっていました」


 そして桐花はその事件について説明をした。


 岸本ゆかりが所属する合唱部で男子二人が揉めていたこと。


 揉めていた原因は学園の女王様である守谷エリカの参考書がなくなっていたことであり、それを男子二人がお互いに相手を犯人だと思い込んでいたこと。


 その参考書をとった犯人は岸本ゆかりであり、故意ではなかったこと。


 岸本ゆかりと守谷エリカは和解し、合唱部の問題は解決したこと。


 そのことについて桐花は詳細まで藤枝に話した。


「……そう。合唱部でそんなことが。それで、その話がどう関係するの?」


 藤枝の疑問はもっともなもの。


 岸本が犯人であったとは言え、すでに解決した事件だ。


 俺自身桐花の真意を掴めずにいたが、何も言わず桐花の次の言葉をまった。


「この事件、特に問題なく解決したので放置していたのですが、いくつか大きな疑問点が残ってるんです」


 そう言って桐花は1本の指を立てる。


「一つ、岸本さんが参考書を手に入れたタイミングです。岸本さんは中間テストの勉強でわからないことがあったから守谷さんのロッカーにしまっていた参考書を借りたとおっしゃっていましたが、それは一体いつのことなんでしょう?」

「それは、普通に考えてテスト期間中か、それ以前の部活中でしょ?」

「ええそのどちかかだと思います。では、どっちなのか?」


 桐花は居住まいを正し、説明する。


「もし岸本さんが参考書を手に入れたのがテスト期間が始まる前の部活中だったとします。その場合、参考書の持ち主である守谷さんもそばにいるはずなんです」

「つまり部活中に参考書を手に入れるのであれば、岸本ゆかりは守谷さんに参考書を貸して欲しいと言えば良いだけだったと言うこと?」

「はい。そうすればあの事件は起きなかったわけですから。さらに言えば守谷さんは部活皆勤で休んだことがないそうです。だから、テスト期間前の部活中に参考書を手に入れたという説は否定されます」


 ここまで一息に喋った桐花は息を整える。


「では次、テスト期間中に手に入れた場合です。おそらくこのタイミングで手に入れたのだと思いますが、そう考えた場合奇妙な点がいくつかあります」

「奇妙な点?」

「まず一つ、合唱部の場所です。合唱部は普段教室がある棟とは別の棟の最上階にあります。こんなところまで他人の参考書取りに行きますか?」


 まあ、まずやらないだろう。そんなことをするぐらいならクラスの友達なりに借りた方が早い。


「そして二つ目、職員室に保管してある部室の鍵の使用履歴はテスト期間前の最後の練習以降、中間テストが終わるまで貸し出しの記録はなかったという証言があります。では岸本さんはどうやって部室に入ったのでしょう?」

「……確か部活動の鍵は職員室に保管してあるのとは別に、部長が個人で持つ用のものが貸し出されているはず。その人に借りたんじゃない?」

「いや、待ってくれ」


 藤枝の答えに、俺は待ったをかけた。


「部長さんが持ってた鍵はエリカ様に取られてたはずだ。つまり岸本はエリカ様に鍵を借りる必要がある」

「エリカ様?」

「その男の言うことは無視してください]


 桐花に冷たい視線を向けられる。


「……ですがまあ、その通りです。鍵の所有者は守谷さんなんです。もし参考書を借りようと思って部室に行こうとしたのであれば鍵を借りるタイミングでそのことを本人に言えば良いんです」

「つまりエリカ様に鍵を借りたわけじゃないってか? じゃあどうやって岸本は部室に入ったんだよ?」


 話を聞く限りだと部室に入る手段がない。


「いえ、守谷さんに鍵を借りたのは間違い無いと思います。ですが借りた目的が違うんです。別の目的で鍵を借りて部室に入り、その時参考書が必要になって、守谷さんのロッカーから拝借した。そう考えると辻褄が合います」

「別の目的ってなんだよ?」


 俺の疑問に答えたのは桐花ではなく、藤枝だった。


「……テスト勉強」

「え?」

「岸本ゆかりはテスト勉強をするために守谷さんに鍵を借りていたんじゃないかしら? そのタイミングで参考書を無断で借りたせいであなた達の言う揉め事が起きてしまった。違う?」

「おそらくそうです」


 藤枝の解答に桐花は頷く。


「テスト勉強って、あんな辺鄙な場所でか? お前が言った通りかなり離れた場所だぞ?」

「吉岡さんの疑問はもっともです。さらに言えば、守谷さんは自分が所有する鍵について誰にも貸したことがないとおっしゃってました。友人にテスト勉強のために鍵を貸し出したのであれば隠す必要がありません。ならばなぜ、守谷さんは嘘をついたのか?」


 同じ部活の友人に部室の鍵を貸したことを隠した理由、それはーー


「次に、二つ目の疑問点について説明します」


 一つ目の疑問点が完全に解決していない状態のまま、桐花の説明は次へと進んだ。


「守谷さんの参考書がなくなっていることに気付いた経緯、吉岡さん覚えていますか?」

「確か、伊達と飛田の二人がエリカ様のロッカーから参考書を取るように頼まれて、その時に見つからなかったからだよな?」


 エリカ様が伊達と飛田のどっちに頼んだのは定かではないが。


 そんなことを考えながら事件のあらしまを思い出していると、藤枝が疑問の声を上げた。


「待って、その伊達と飛田って人は男子?」

「ん? そうだけど」

「ありえないわよ。そんなの」

「は? 何が?」


 藤枝の言っていることの意味がわからなかった。


「だから、自分のロッカーを男子に開けさせて中を探して貰うようなこと、普通の女子はしないって言ってるのよ」

「え?」


 突拍子もないように聞こえる藤枝の台詞にポカンとしてしまう。


 慌てて桐花の方を向いて反応を伺うと、桐花はうんうんと頷く。


「その通りです。普通の女子は自分のロッカーを男子に開けさせるような真似しません。まして守谷さんのロッカーには予備の体操服とはいえ衣服が入ってたんですよ?」


 生憎と普通の女子が身近にいないため、その辺りの機微はいまいちわからなかった。


 しかし、俺がエリカ様のロッカーを開けようとした時彼女は俺の尻を蹴っ飛ばしてきた。つまり少なくとも男子に自分のロッカーを男子に勝手に開けられるのに拒否感があると言うのは間違いなさそうだ。


「じゃあなんでエリカ様はロッカーを開けるようにあの下僕どもに頼んだんだ?」

「そう。それこそが二つ目の疑問です」


 そして桐花はやや芝居がかったセリフを交えつつ俺たちを見渡す。


「ここまででまだ明らかになっていない謎についてまとめます。①なぜ岸本さんは合唱部の部室なんて遠い場所で中間テストの勉強をしていたのか?②なぜ守谷さんは岸本さんに合唱部の鍵を渡したことを隠したのか?③なぜ守谷さんは自身のロッカーの中を男子に漁らせるような真似をしたのか?」


 3本の指を立てた桐花は俺と藤枝の反応をしばらく見守る。


「この3つの謎。その全てに対して納得のいく答えを出せる仮説を私は立てました」


 その仮説とはーー



「岸本さんは合唱部の部室で、()()と一緒に勉強していたんです」



「はあ!?」

「……なるほど」


 驚く俺とは対照的に、藤枝は冷静につぶやくだけだった。


「そう考えると辻褄が合うんです。合唱部の部室は用がなければ立ち入らないような場所にありますし、鍵もかかります。テスト期間で部員が来ることもありませんから恋人と密会するにはうってつけなんです」

「いや、だとしても。なんて大胆な……」


 そういや前にも部室で恋人と一緒に昼飯食ってた先輩がいたな。この学校、恋人達にとって部室は聖域みたいなものなんだろうか?


「守谷さんもおそらく知っていた上で鍵を貸したのでしょう。だから秘密にした。恋人と密会する友人に鍵を貸したことを隠そうとするのは自然なことです」


 エリカ様もグルだったわけか。


「じゃあその勉強中に参考書が必要になって?」

「ええ。守谷さんのロッカーから参考書を借りた。そしてその後勉強に集中したせいか……はたまた別の理由があるのかもしれませんが、参考書を借りているのを忘れてしまったんです」


 勉強のためとはいえ、あまり褒められたことじゃありませんけどね。なんて呟きながら説明を続ける。


「さて、これで①と②の謎については説明できました。では③なぜ守谷さんは自身のロッカーを男子に漁らせたのか? この謎を解明するために重要なポイントは、守谷さんは岸本さんの協力者であるということ。そして勉強会当日の守谷さんの行動にあります」


 桐花は俺の方を向き、質問をしてくる。


「吉岡さん。勉強会当日、守谷さんが部室に入った直後の行動について覚えていますか?」

「確か、エリカ様の持ってる鍵で部室開けたんだよな? んで、入ってすぐ机の上にカバンを置いて、カバンからノート教科書筆箱を取り出して、暑かったから上着を脱いで椅子にかけて、コーラを口にーー」

「ちょっと待って、そんな細かいところまでわかってるの?」

「下僕どもの証言だよ。あいつらエリカ様の一挙手一投足を見逃さないつってな」

「……覚えているあなたも大概だと思うけど」


 なぜか引き気味の視線を向けられる。


「で、これがなんだってんだよ桐花」

「重要なのは守谷さんが部室に入ってすぐ机の上にカバンを置いたところです」

「別におかしなところはないだろ?」

「そうですね。おかしいところはありません。ですがこのありふれた行動に重要な秘密が隠れているんだと私は考えています」


 桐花の言っていることの意味がわからず首を傾げる。


「おそらくですが、岸本さんとその恋人は一緒に勉強をした後、机の上に何か忘れ物をしたんだと思います」

「忘れ物?」

「はい。それが何かまではわかりませんが、名前の書かれた教科書かノートのような、岸本さんの恋人の身元がわかってしまうものだと思います」


 身元のわかる所持品。


「じゃあエリカ様がカバンを机の上に置いたのって」

「はい。守谷さんが部室に入った時、真っ先にその忘れ物に気付きました。そしてその忘れ物の上にカバンを置くことで隠したんです」


 そう言ってカバンを置く動作をする。


「咄嗟の行動だったと思いますがうまく隠せました。しかしこの後をどうするのか? 先ほど吉岡さんが言った通り守谷さんの行動は伊達さんと飛田さんに一挙手一投足まで見られています。そんな中でカバンの下にある物を取り出してどこかに隠すことはできません。この後その机を使って勉強をする以上いつまでもカバンを机の上に置いておくわけにはいかない。だからーー」

「ーーだから、他の物で注意をひいたのね」


 桐花の言葉を藤枝が引き継いだ。


「その通り。それこそが守谷さんが男子二人にロッカーの中から参考書を取り出すように頼んだ理由です。実際に効果抜群でした。二人は取り合うようにロッカーの中を探し回ったわけですから」

「……そして参考書が見つからずに、あの騒動になったと」


 俺の言葉に桐花は頷く。


「守谷さんの行動は忘れ物を見られることで友人の岸本さんが不利益を被る可能性、つまり恋人の存在がバレる可能性を考えてのことです。なぜそんなものが合唱部にあるのか? そう思われてはいけないものを隠そうとしたんです。この行動の意味を考えれば、誰が岸本さんの恋人となのか特定できます」


 あとはもう消去法で行きましょう。桐花はそう言った。


「まず合唱部部長の杉原さん。同じ合唱部である彼の所持品が部室にあったところで何らおかしくはありません。なので杉原さんは除外されます」


 部長さんではないと。


「では次に図書委員兼、サッカー部の伊沢健司さん。彼はテスト期間中昼休みも放課後もサッカー部で集まって勉強をしていたという証言があります。なので岸本さんと一緒に勉強する時間はないので除外します」


 ということは、残りの一人。


「そして最後。同じ中学出身で、前々から付き合っているのではないかと噂されていたため、彼の所持品が部室にあるだけで岸本さんが恋人と密会していたのではないかという疑われる可能性のある人物」


 岸本ゆかりの恋人はーー


「山本優さん。彼が岸本さんの恋人です」

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