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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第4章 なぜ勉強をして来なかったんだろう?
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だって、あなたがいてくれたから

「岸本の恋人がわかった? 本当か?」


 俺の問いかけに対して、桐花はコクリと頷き返す。


「じゃあそれ、どうすんだ?」


 その恋人が誰なのか、藤枝に報告するのか?


「…………」


 そういう意味でした質問に対して、桐花は何も言わず表情を硬くするだけだった。


 相談部を守るために風紀委員に岸本とその恋人を売る。本当にそんなことをしなければいけないのか?


 俺も桐花も、必ず直面するこの問題を見て見ぬ振りして、先に恋人を特定するために調査すると言って逃げてきた。


 お互いはしゃいだり憎まれ口を叩き合ったり、そうやっていつも通り振る舞って目をそらしてきた。


 だけどもう逃げることはできない。


 岸本の恋人が誰なのかわかった以上、先延ばしにしてきたこの問題に向き合わなければならない。


「このこと、大人しくそのまま報告するなんて言わねえよな?」

「…………」


 恐る恐る尋ねたが、桐花はまだ無言。


 俺に視線を合わせようとしないためか、俯き続けている。


 そんな桐花に苛立ち、俺は声を荒げた。


「なんで何も言わねえんだ! まさか本当に藤枝に報告するつもりか!?」


 この怒りをこいつにぶつけるのは理不尽だとわかっていた。だけど、それでも止まらなかった。


「お前言ってたよな? 恋愛で傷つくやつを見たくないって。お前がやろうとしてることは間違いなく誰かを傷つける行為だぞ!」


 こいつの普段の言動はめちゃくちゃだが、人の恋愛に対しては真摯だった。


 恋愛探偵を名乗った桐花のおかげで救われた奴は確かにいる。俺もその一人だ。


 だからこそ許せなかった。


 今まで人を救い続けてきたこいつが、逆に誰かを傷つけようとしている。そのことが我慢ならなかった。


「……自分でもわかっています。こんなことしちゃいけないって」


 桐花がやっと口にした言葉は、絞り出したかのようにか細かった。


「人の恋愛を見るのが好きで、そのことを知りたくて今まで人の恋愛事情を調べてきました。……我ながら、趣味が悪いって思います。続ける中で、私は他の人よりちょっとだけ勘が鋭くて、こういうことが()()()() ってことがわかりました」


 桐花のその独白はいつもよりずっと頼りない調子だった。


「私、多分得意なんです。人の秘めたる思いを暴き出すことが。誰かの隠し事を白日の元に晒すことが」


 それはおそらく、探偵としての才能なんだろう。


「だから私誓ったんです。この特技で誰かを傷つけるようなことはしないって。誰も不幸な目に合わせないって」

「っ! だったらーー」

「でも、今回はどうすればいいのかわからないんです。しちゃいけないってわかってるのに、相談部を守るにはこの特技で誰かを傷つける必要がーー」

「ふざけんなっ!!」


 桐花が口にしようとした言葉を途中で止める。


「お前が、お前がそれを言っちゃダメだろう……」


 こいつ自身が明確に言おうとした、誰かを傷つける必要があるという言葉がショックだった。


「お前、この一回で終わると思ってんのか? 藤枝が言ってただろ、風紀委員にとって有用なものであると証明しろって。あいつらこれからもお前におんなじことさせるつもりだぞ」


 桐花の才能が、誰かを傷つけるために使われることが許せなかった。


「わかってますよ、そんなこと。でも、そうでもしなきゃ私たちの部活がーー」

「部活がなんだってんだ! なんでそんなにこの部活にこだわるんだ!」


 ずっと疑問だった。


 桐花の相談部に対するその執着の度合いが、行き過ぎているように感じていた。


「別に部活動って形にこだわる必要はないだろ? お前は今までやってきたことは部活じゃなくてもできるじゃねえか」


 そう、桐花の人の恋愛を調査するという趣味は部活という形じゃなくてもできるはずなのだ。


 元々相談部は能動的に動いていた桐花の活動にプラスして、受動的にあちらから恋愛についての揉め事を持ってきてもらうのが目的で作られたものだ。


 相談部という部活の形が無くなろうとも、桐花の活動に支障なんてないのだ。

 

「そりゃ、名前貸してくれた樹と秋野とか、諸々の手続きをしてくれた清水先生には悪いとは思うよ」


 善意で協力してくれた彼女たちには申し訳ない。しかしーー


「だけど説明して謝ればわかってくれるはずだ。そうすりゃ部活がなくなってもお前は今まで通り、人の恋愛について調べて、たまに誰かの悩みを聞いてそれを解決することができる」


 そう、今まで通りのはずなのだ。


「部活がなくなっても、今までと変わらねえだろ!」

「変るんですよっ!!」


 しかし、突如桐花が大声を上げた。


 そのまま俺に顔を向けて、必死に訴えかけてくる。


「だって、だって……。相談部がなくなっちゃったら」


 その表情は、どこか泣きそうでーー



「相談部がなくなっちゃったら、吉岡さんがいなくなっちゃうじゃないですか」



 桐花の言葉に、俺は殴られたようなショックを受けた。


「私、わかってるんです。自分の趣味は悪いって、誰にも理解されないものだって。それでいいって思ってました。理解してくれる人がいなくても、一人っきりでも別に楽しくやっていけるって、思ってたんです」


 桐花の言葉は震えていた。


「でも吉岡さんに出会ってから。一緒に事件を解決するようになってから変わったんです。馬鹿みたいにはしゃいで、お互い憎まれ口を叩いて、事件についてあーだこーだって議論して。そうやって一緒にいるのが、し、信じられないくらい、楽しかったんです……」


 桐花は背を向けて、目元を拭う。


「探偵と助手。こんな関係はとっくの昔に終わってるはずでした。クラスの違う吉岡さんと関わる機会なんてもうなくなっちゃう。それが寂しかったから、部活動って形で吉岡さんを無理矢理繋ぎ止めたんです」


 俺はやっと理解した。


「相談部がなかったら、この関係は終わってしまう。そのことが……また一人になるのが、怖い」


 桐花がこだわっていたもの、悩んでいたもの。


 それは相談部じゃなかった。


 俺だったんだ。


「…………」


 自分が情けない。


 何もわかっていなかった。


 桐花の一番近くにいたのは間違いなく俺なのに、何が不安だったのか、何を恐れていたのか、全く気づいてやれなかった。


 俺は桐花のことを他の生徒とは違う、一種の超人のように思っていた。


 俺なんか比べようもないほど頭かキレて、誰になんて言われようとも我が道を行くすごい奴だと思っていた。


 でも違った。


 俺は目の前で震えているその背中が、自分よりもずっと小さな少女のものだということに今更気づいた。


「……桐花」


 俺は、その背中にーー




 平手を思いっきり叩きつけた。



(いった)ああああ!!」


 パシン! という景気の良い音とともに桐花が悲鳴を上げる。


「い、痛い痛い! 痛いっ!! え、えぇ……(いった)ぁ」


 桐花は涙目で振り返った。


「何するんですか、吉岡さん!!」


 抗議の声を上げる桐花を無視して、俺は開いた両手を自分の目の前に持ってくる。


 そしてそのまま、桐花を叩いた時以上の力で自身の顔面に叩きつけた。


 バシンっ! という鈍い音。


 内側まで響くズキズキとした痛み。我ながら目の覚めるような一撃だった。


「な、何してるんですか、吉岡さん?」

「迷うな。桐花」


 突然の奇行に戸惑う桐花に、俺の思いを伝える。


「自分が何をしたいのか、何をするべきなのかわかってるんだろ? お前の本心が岸本とその恋人を不幸にしたくないって言ってるなら、そうするべきだ」

「で、でも」

「でもじゃねえ。いいか、お前の持ってるその才能は誰かを救って幸せにできる力だ。その力を風紀委員に悪用されるなんて冗談じゃない」


 自分でも不思議なくらいスラスラと言葉が出てくる。


 ありがたかった。こいつに伝えたいことを思いっきりぶつけられる。


「お前のやるべきことは決まってる。岸本の恋人が誰なのか知らぬ存ぜぬを貫いて、藤枝にこれ以上お前らの言う通りにはならないって舌を出して言ってやれ」


 桐花の不安を払拭できるのは俺だけだ。


「それで部活が潰されたからなんだ。相談部がなくなるからなんだってんだ! その程度で俺がお前の助手を止めるわけねえだろうが!!」

「っ!」


 だったら俺も覚悟を決める。もう迷わない。


「良いかよく聞けよ。たとえ風紀委員から睨まれることになろうが、周りの連中から白い目で見られようが、お前が嫌だって言おうが俺はお前の助手で居続けてやる!」

「吉岡さん……」

「何があってもそばにいてやる。絶対だ。忘れんなよ」


 もうこいつが一人になることなんてない。


 俺の言葉を聴き終えた桐花はしばらく無言で俯いた後、顔を上げて綻んだように笑った。


「赤点のくせに、カッコつけないでくださいよ」


 やっと出てきた言葉はいつも通りの憎まれ口だった。


「うるせえな。赤点は関係ないだろ」

「関係ありますよ。せっかく良いこと言ってるのに。あ、この人そういや赤点だったって思うと笑っちゃいますよ」

「笑うなよ、ちくしょう」


 俺はそうやって憎まれ口を叩く桐花の目尻に光る涙に気づかないふりをしながら、いつも通りのやり取りを返した。


「もう。悩んでた私が馬鹿みたいじゃないですか。吉岡さんは本当に……」


 桐花はそこまで言って、言い過ぎたと言わんばかりに口を抑える。


「本当に?」

「……本当に無神経ですよね」

「まさかここで罵倒されるとは思ってなかったな」


 なんともアクロバットな話の切り替えだ。


「そうですよ。吉岡さんは無神経です。平気で小っ恥ずかしいセリフを口にするし、平気で女の子の背中を引っ叩くし。なんですか舌を出してやれって、子供じゃないんですから。だから赤点なんて取っちゃうんですよ」

「なあ、もうその赤点いじりやめにしないか?」

「いやですよ。悔しかったら赤点なんて取らずに、いっそのこと学年一位くらい取ってみて……あれ?」


 ふと、桐花の言葉が止まる。


「ん、どうした?」


 俺の問いかけに反応を返さず、桐花の視線が宙空を彷徨う。


「まさか……これが狙いだった? だとすれば、その意図は……」


 口元に手を当てながら、ぶつぶつと文脈のつながらないつぶやきを繰り返す。


 思考に没頭する時の桐花の癖だ。


「……ふふふ」


 それからしばらくすると、桐花は顔を上げる。


「ふふ、ふふふ。そうか、そういうことだったんですね」


 その顔にはいつものように不敵な笑みが浮かんでいた。


「わかりました。わかりましたよ、この一連の出来事の真相が。私が何をするべきなのか。岸本さん達を守りつつ、この相談部を存続させる方法が!」


 自信に満ち溢れたその顔。俺の知っている桐花咲が帰ってきた。



「恋人たちの幸せも、我ら相談部の運命も、この恋愛探偵、桐花咲にお任せあれです!!」



 堂々たる宣言。その姿に迷いなんて微塵も感じられなかった。


「もう大丈夫だな、桐花?」

「はい! こんなに晴れ晴れとした気分は久しぶりです」

「そうか、よかった」


 本当によかった。心からそう思う。


「では吉岡さん。吉岡さんには助手としてやってもらうことがあります」

「ああ、なんでもやってやるよ」


 桐花に向けられた真っ直ぐな視線に気合を入れる。


「勉強してください」

「……へ?」

「助手が赤点なうえ、追試にまで合格しなかったら探偵の私の格好がつかないじゃないですか。だから吉岡さんには追試までみっちりと勉強してもらいます」

「え、ええ……」

「安心してください。学年25位の私がつきっきりで面倒見てあげますよ」


 そう言って桐花はいたずらっぽく笑った。

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