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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第4章 なぜ勉強をして来なかったんだろう?
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赤点野郎と風紀委員

「何考えてるんですか! この非常時に!!」


 清水先生から赤点のため追試であると報告を受けた俺は桐花からお叱りを受けていた。


「いや違うんだ桐花。これには事情があるんだ」


 おそらくこれまでの不本意な調査でストレスが溜まっているであろう桐花の怒りにたじたじになりながらも、なんとか弁明する。


「ほ、ほら。テスト期間中は部員集めで忙しかっただろ? それでテスト勉強する暇がなかったんだ」

「そんなの私だって一緒です!! ていうか、秋野さんの一件が片付いた後中間テストがあるからって理由で活動してなかったじゃないですか!!」


 はいその通りでございます。ぐうの音も出ません。


「で? 何が赤点だったんですか?」

「……国語と、英語」

「日本語も外国語もできないなんて、言語能力どうなってんですか!!」


 ちなみに他の科目もギリギリだったことは桐花には秘密だ。


「来週の追試、落ちたらどうなるんですか?」

「1ヶ月、放課後に補修授業だって」


 ちなみにこの補修授業、受けさえすれば単位はくれてやるという学園側の温情である。


「絶対に受かってくださいよ! ただでさえ相談部はあの女に目をつけられてるのに、部員の1人が補修で実質活動してるのが私1人なんて、つけ込まれるのが目に見えてるんですから!!」


 そう言った桐花は勢いよく立ち上がる。


「私、ちょっと情報収集してきますから」

「お、俺は?」

「勉強してください!!」


 桐花は相談部の部室から出る直前振り返り、とんでもない捨て台詞を吐いてきた。


「バーカ、バーカ! この赤点! 何がエリカ様ですかバーーーカ!!


 そして勢いよく音を立ててドアを閉める。


「……勉強、するか」


 我ながらなんとも情けない気分になった俺は、のっそりとした動作で鞄から教科書を取り出した。



 それからおよそ30分後。


 とっくの昔に集中力の切れた俺は、ボーッと教科書を眺めながら頬杖をついてペン回しに勤しんでいた。


 やっとテスト期間から解放されたばかりだというのに追試のために勉強をしろだなんて、モチベーションなんて上がるはずねえよな。……まあ、テスト期間中に勉強をした覚えはないのだが。


「はあ、帰っかな? いやそれだとあいつまた怒りそうだし」


 顔を真っ赤にして怒り出す桐花を思い出すと帰るに帰れない。


 そんなことを考えていると、部室の扉から規則的なノックが聞こえてきた。


「ん? はいはい、開いてますよ、と」


 また清水先生かな? 


 そう予想していたのだが、入ってきたのは銀縁メガネのおでこ女子。

 

 風紀委員の藤枝だった。


「げっ」

「ずいぶんとご挨拶ね」


 そう言う割にさして気にしていないような表情でこちらを見つめるその目は、相変わらず冷たかった。


「何の用だよ?」

「進捗を確認しに来たのよ。桐花さんは?」

「進捗って」


 依頼されたのは昨日だぞ? 気が早すぎる。


「桐花は情報収集に出かけてる。多分しばらく戻らねえよ」

「そう。あなたは……勉強しているの?」


 机の上に広げられた教科書とノートを見て、藤枝の目が意外そうに見開かれた。


「へえ。中間テストが終わったばかりなのに勉強だなんて。不良って聞いてたけど意外と真面目なのかしら?」

「…………そだよ」


 やべえ。この状況で追試のための勉強ですだなんて言えねえ。


「じゃあ桐花さんが帰ってくるまで待ってるわ」


 そう言った藤枝は俺の対面の椅子に腰かけ、カバンの中からブックカバーのついた本を取り出して読み出した。


 ……え? ここで待つの?


 そしてそれからおよそ10分ほど沈黙が続いた。


 勉強のために教科書を読んでいる(てい)でいるが、こんな状況内容なんて頭に入る訳なかった。


 俺の困惑をよそに藤枝はペラペラとページを捲りながら読書に没頭している。


 桐花の言葉を借りるなら風紀委員の藤枝は敵。そんな存在とお互い無言で同じ部屋にいるという状況の意味がわからなかった。


「あー、なあ藤枝」


 耐え切れなくなった俺は藤枝に声をかけた。


「何かしら?」

「えっとだな、俺たちが岸本の恋人を特定したとして、その後どうなるんだ?」


 かねてから疑問だったこの問題。いい機会だと思って質問することにしてみた。


 藤枝は律儀にも読んでいた本を閉じて机の上に置く。


「そうね。まずあなた達の調査結果が正しいかどうかを確認するわ」

「確認?」

「ええ。後になって交際相手が間違っていました、じゃ困るもの。本当に2人が交際しているのかどうか、聞き込み、取り調べ、現場の確保。あらゆる手段を用いて確認するの」

「……なんか刑事みたいだな」


 桐花が探偵なら、風紀委員は警察か。


「ていうか、そこまでできるんなら俺たちいらねえだろ」

「そう簡単には行かないのよ。前も言ったけど風紀委員は万年人手不足。交際相手の特定ができているかどうかだけで労力は段違いに変わるわ」


 そんなもんなんだろうか?


「納得できていないようだからついでに教えてあげるけど、交際している、していない、の境界線はとても曖昧なの」

「と言うと?」

「そうね。例えば同じクラスで隣の席の男女。2人は仲が良くてよく一緒にお昼を食べている。この2人は交際していると言えるかしら?」

「いや、流石に言えねえだろ」


 そんなのこの学園に何組もいるだろうに。


「そう。当然それだけで交際しているとは言えない。じゃあ、この2人は毎日一緒に登下校している。これなら?」

「いや……まだその程度じゃ」


 せいぜい距離の近い男女くらいか?


「では、その2人は登下校中に時々手を繋いでいる。これはどうかしら?」

「あー、微妙だな」


 側から見れば付き合ってるように見えるが、その2人が否定してきたらそれ以上追求できない感じだ。


「では最後に。2人は付き合っていないと否定しているけど、休日一緒に出掛けて遊んで、帰り際にはキスをする。こんな関係をどう思う?」

「いやそりゃいくらなんでも付き合ってるとしか言えねえだろ」


 疑問の余地なんてない。


「わかったかしら? 男女交際の境界は曖昧って意味が」

「まあ、なんとなく言いたいことはわかったよ」

「この学園の生徒は校則がある以上男女交際には制限がかかっている。だから仲の良い男女がお互いに付き合ってほしいと明言せず、曖昧な関係のままでいることを選択する生徒が出てくるの」

「俺たちはあくまで仲の良い友人です。って言い張るわけか」

「その通り。でも当然風紀委員はそんな曖昧な関係で校則から逃れようとする存在を許さない。だからこそ、交際しているかどうかを明確にする基準を作った」


 基準?


「簡単に言えばポイント制よ。手を繋いでいる関係なら何ポイント。2人きりで遊びに出かけたら何ポイント。そうやって点数づけをして、一定のポイントを超えたら交際していると認定して学園に報告する」

「……なるほど」

「ポイントの基準は機密よ」


 桐花が聞いたら憤慨しそうだな。『2人の関係を他所者が勝手に点数づけするとは何事ですか!!』って感じで。だが合理的だ。


「ちなみに、よく噂されているけど無許可で男女交際している生徒は問答無用で停学ってのはデマよ」

「え、そうなのか?」

「正確には交際を止めるように通達。それでも止めないようなら警告。そしてその警告にも従わないようなら停学って形ね」

「……それでも結局別れる必要はあるのか」

「当然」


 それが当たり前だという様子で藤枝は頷く。


 だがそうか、少なくとも2回の猶予はあるわけなんだな。


 そんなことを思っていると、その考えを見透かしたように釘を刺される。


「処分が軽い、なんて思ってないでしょうね?」

「いや、まあ……」

「言っておくけど、一度でも無許可での男女交際が発覚すれば、それ以降許可証を手に入れるのは絶望的になるわよ。この学園において許可証がどれだけ重要視されているのか、桐花さんと一緒にいるあなたならよくわかってるわよね?」


 流石にそんな甘くないか。


「話を戻すけど、さっき言った点数づけには多大な労力がかかるの」

「まあ、だろうな」


 対象となる男女に気づかれないように監視する必要があるわけだしな。場合によっては学園の外であっても。


「だからこそ私たちは外部に協力者を求めるの。風紀委員という存在はやましいことがある人にとっては警戒の存在だもの。あなた達意外にも数多くの協力者や情報提供者がいるわ」

「で、桐花には点数づけのための交際している男女の特定を求めるってか」


 どこまでも合理的だ。

 

 だが、その合理的なシステムが気に食わなかった。


「お前達のやってることは正しいんだろうよ。この学園の生徒でいる以上校則に従うのは当たり前だし、校則の違反者が処分されるってのも仕方ねえことだとは思う」


 そうだ。この学園にとって校則を遵守する風紀委員は正義そのものだ。


「だけど桐花にお前達のやり方を押し付けるのは違えだろ。弱み握って、有る事無い事言いふらすって脅して。それで恋愛している奴らを見つけて突き出せって、そんなのあいつにやらせることじゃねえだろ」


 思い出す。桐花の浮かべた悲痛な表情を。


「恋愛嫌いなあんたなら問題ねえだろうよ。だけどあいつは恋愛が好きなんだよ、それこそとんでもない大馬鹿やらかすぐらいにはさ。そんな奴に恋愛してる奴らを傷づけるような真似することがどれだけ残酷かわかってるのか?」


 風紀委員藤枝宮子を睨みつける。


 しかし、藤枝は変わらぬ冷たい表情でこちらをまっすぐ見据えてきた。


「いくつか言わせてもらうわ。まず、あなたにどう思われようと、何を言われようと、恨まれようとも私はこのやり方を変えるつもりはない。私にも風紀委員として、この学園の風紀を守る使命とプライドがある」


 断固とした決意。俺の言葉では一歳揺るぐような素振りは見せなかった。


「そしてもう一つ。私は別に恋愛は嫌いじゃない。むしろ好きよ」

「は? いや嘘つけよ」


 学園の男女交際を取り締まる『鉄の女』が恋愛好きだなんて信じられるわけがなかった。


「本当よ、ほら」


 そう言って藤枝は先ほど読んでいた本のブックカバーを外す。


 その本はタイトルからしてわかる恋愛小説だった。


「ま、まじで?」

「何をそんなに驚くことがあるのかしら? 私も女子高生だし別に普通でしょ?」

 

 普通なわけあるか。


 そんなツッコミすらできないほど唖然とする俺に向かって、藤枝は言葉を続ける。


「私は恋愛が好きよ。お互いを想い合い、慈しむ。そんな恋愛が好き。恋愛というものは人を幸せにするためのものだと信じてる」


 それは奇しくも、いつか桐花が言っていたこととよく似ていた。


「でもね、全ての人が恋愛で幸せになると考えるほど楽観的ではないわ。恋愛で傷ついた人、不幸になる人なんていくらでもいる」

「それは……まあ」


 否定はしない。そんな話はありふれたものだ。


「なぜそんなことが起きるかわかるかしら?」

「さあ、なんでだ?」

「それはね、未熟な人が恋愛をしたからよ」


 藤枝のことを非難していたはずの俺は、気がつけば彼女の話に聞き入っていた。


「未熟な人は自分のことで精一杯、相手を尊重する余裕がないからこそお互いを傷つけ、不幸にしてしまう。特に私たち高校生なんて身体的にも精神的にも未熟だわ。だからこそ私は恋愛に制限を設けるこの学園の校則を強く支持している」

「だから、風紀委員に?」

「ええ、そうよ。この校則の素晴らしいところはね、恋愛をしてもいい生徒を学園側がきっちりと見極め許可を出していること。面白いことに、きちんと許可証を持っていて交際をしている生徒で破局する人達はほとんどいないそうよ」

「本当か?」

「ええ」


 そんな効果があるのか。


「許可証を持っていても未熟な子供であることに変わりはない。じゃあなぜこんな結果になるのか? 許可証を持っている人と持っていない人の違い、それが何かわかる?」

「さあ……優秀な人間かどうかとか?」

「違うわ。努力できる人間かどうかよ」


 藤枝の言ったことが、不思議と納得できた。


「学園に認められる結果を残すほど努力ができる。そんな人は恋愛においても幸せになれるよう努力することができるはず。この学園の校則は生徒を幸せにするためのものよ」

「…………」


 俺は桐花が言っていた通り、相談部を潰そうとする藤枝を敵だと思っていた。いや、それより前から生徒達の恋愛を取り締まり、時に処罰する風紀委員を1人の生徒として敵のように感じていたのかも知れない。


 だが今この話を聞いて、風紀委員の藤枝は敵ではなく、生徒のためにあえて嫌われ役を引き受ける存在のように思えてきた。


 彼女の風紀委員としての信念、そしてプライドは立派なものだと思えるようになってきたのだ。


「だけど、俺は……」


 この部活の存続のために歯を食いしばっている桐花の存在を無視できない。そんな思いがごちゃ混ぜになってなんと言えばいいのかわからなかった。


 その時、部室の扉がガラリと音を立てて開かれた。


「ただいま帰りました。吉岡さんちゃんと勉強……げっ! あなたはっ!!」

「あら、遅かったわね」


 帰ってきた桐花が藤枝を認識すると同時に犬歯をむきだしにして威嚇する。


「なんの用ですか!」

「ただの進捗確認よ。そう噛みつかないでちょうだい」

「ふん! 昨日の今日ですよ。報告できるようなことなんてまだありませんよ」

「そう」


 桐花の言葉に気を悪くした様子を見せることなく、藤枝は立ち上がり部室から去ろうとする。


「では桐花さん、引き続き調査を進めてちょうだい」


 そして俺に顔をむけ、僅かにだが笑みを見せた。


「勉強、頑張ってね」

「お、おう」


 初めて見るその表情。ほんの少しだけだがどきりとする。


 そんな様子を見た桐花は、ムッとした表情で口を開いた。


「言っておきますけど、この男が勉強してるのは赤点取ったからですからね!」

「お前それわざわざ言わなくていいだろうがっ!!」


 桐花の余計な一言を聞いた藤枝は、笑みを消してこれまで以上に冷たい表情で俺を見据えてきた。


「そう。感心した私が馬鹿だったわ」


 そしてそのまま振り返ることなく去っていった。


「吉岡さん、塩撒いてください! 塩っ!」

「あるわけねえだろ、そんなモン」

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