情報収集
風紀委員藤枝宮子が相談部に訪れた翌日の昼休み、岸本ゆかりの情報を得るために俺たちはある人物を部室に呼び出していた。
「なんだ、話って?」
「この男はともかく、僕は忙しいので手短に済ませてくださいね」
「オイそれどういう意味だ! 俺だって用事があるっつの!」
「どうせ大した用事でもないでしょう」
その人物とは合唱部の1年男子、下僕の伊達と飛田だった。
下僕2人は相談部の部室に訪れて10秒で言い争いを始めた。
「……おい桐花。何で2人とも連れてきたんだよ」
この2人を呼び出した桐花に文句を言う。
一緒に連れて来れば揉めるのが目に見えている。こういう時は1人ずつ順番にだろう。
「私だって別々に来てもらう予定で呼びに行ったんですよ。でも……」
「でも?」
「……この2人、一緒にお昼食べてたんです」
「……仲良しじゃねえかよ」
なんだ? 普段仲が悪いのはポーズか何かか?
そんな俺の呆れたセリフに2人は過剰に反応した。
「仲が良いわけねえだろ!!」
「そうです! この男は僕の敵です!!」
何だろう、最近同じようなセリフを聞いたな。
「俺がこいつと一緒に飯を食ってたのは仕方なくだ!」
「事情がなければこんな男と2人で昼食を取るわけがないでしょう!」
事情?
詳しく話を聞くと、先日の参考書盗難騒ぎの事態を大きくしたお詫びとして、何かできないかを2人で相談していたそうだ。
「俺たち2人が揉めなければあの騒動は必要以上に大きくなることはなかった」
「そうですね。僕たちのせいで岸本さんがエリカ様の参考書を持っていることを言い出せなくなったのは間違いないでしょうし」
「昨日から部活再開してるんだけど、ちょっと岸本が遠慮してるっつうか、ずっと申し訳なさそうにしててよ」
「岸本さんと仲の良かったエリカ様も気まずそうだし、部の雰囲気も暗くなってるから何とかしたいんです」
「へえ……」
少し感心する。
エリカ様エリカ様で部のことなんて眼中にないのかと思っていた。
「それで、結局どうするかは決まったんですか?」
「んー、まあそうだな」
桐花の質問に伊達が答えた。
「中間テストも終わったことだし、お疲れ様会ってことで合唱部で遊ぶ計画を立てようかって話にはなったな」
「……まともだっ!」
何だこいつら、こんなに正常な人間だったか?
「計画に関してはまた今度ってことで話がまとまったところで、そちらの桐花さんが来たわけですが。結局どう言う要件ですか?」
飛田が訝しげな表情で質問してくる。
「えっと、それはですね……」
負い目からか、桐花の言葉はいつになく辿々しい。
だがそれでも意を決して2人に問いかける。
「岸本さんについてなのですが、岸本さんってお付き合いしている方いらっしゃいますか?」
ごまかしなんて一切ないストレートな質問。
そんな質問をぶつけられた2人は困惑した表情を見せる。
「岸本に、恋人がいるかって?」
「そもそも岸本さんって許可証持ってましたっけ?」
「いや、聞いたことねえな。勉強はできるって話だが」
「だとしたら無許可で? あの岸本さんが?」
この様子だと岸本に恋人がいることは知らなさそうだ。
当然と言えば当然だろう。この学園で無許可で交際するのはリスクが高すぎる。よっぽど親しい友人でもない限りそのことを打ち明けるような真似はしない。
「あー、じゃあ岸本に仲の良い男友達がいたりしないか?」
別の角度から攻めようと質問を変えた。
しかし、伊達と飛田はこの質問には答えなかった。
「ちょっと待ってくれ。何でこんなことを聞くんだ?」
「以前の騒動とは別件ですよね?」
「それは……」
俺も桐花も言い淀む。
風紀委員に依頼されて岸本のことを調査しているなんて、話せる訳がなかった。
「言えない。ってことは、何かのっぴきならない事情があるんだな?」
「みたいですね。噂に聞く貴女の好奇心ってわけでもなさそうですし」
2人の視線が訝しげなものに変わっていく。
俺たちはその視線を正面から受けることができなかった。
「悪いが、俺たちから話せることは何もない」
「ええ。そもそも岸本さんの交友関係については何も知りませんが、たとえ知っていても話すことはできません」
明確な拒絶。
「お前ら2人には感謝してる。あの事件を解決してくれなかったら、合唱部がもっと気まずくなっていたかもしれないからな」
「ですが、それとこれは話が別です」
「岸本も大事な部活仲間だ。仲間を売ることはできない」
「悪いですが、これ以上話すことはありません」
そう言って2人は相談部から出て行った。
「……」
「……」
沈黙。
俺たち2人とも、出ていく伊達と飛田を引き止めることができなかった。
「桐花、どうするんだ?」
「……昼休みももう終わりますし、続きは放課後にしましょう」
そうじゃない。
俺が聞きたかったのは、こんな調査本当に続けるのかどうかだ。
当然そんなことぐらい、桐花ならわかっているはずだった。
「話って?」
放課後、俺たちが相談部に呼び出したのは、学園の女王様守谷エリカだ。
「私、部活あるんだけど?」
彼女は不機嫌さを隠そうともせず、憮然とした表情でこちらを睨んでくる。
「えっと、ですね……」
桐花も流石にどう言い出すのか悩んでいるようだ。
守谷は岸本の友人。今からする質問は結果によっては岸本を追い詰めかねないものだ。
そんな負い目のある桐花は質問しにくいのだろう。
昨日、藤枝から脅されるような形で依頼を引き受けさせられてからのこいつの様子はおかしい。正直言って、ここまで弱った姿を見せる桐花は初めてだ。
だったら、俺が何とかするしかない。
「桐花、ここは俺が」
「吉岡さん……」
俺が矢面に立って必要な情報を聞き出す。
「何?」
こちらを睨む守谷。
その視線にゾクリとする。なんて迫力だ、これが学園の女王様の眼力なのか。
だが怯んでいる暇はない。その迫力に負けまいと、腹を括って前に出る。
「……エリカ様」
「エリカ様!?」
あ。なんかすげえ普通にエリカ様呼ばわりしてしまった。
「聞きたいことがあります」
「何で敬語なんですか吉岡さん!?」
自然と敬語が口から出てくる。同い年の女子相手に敬語を使ったのなんて初めての経験だ。
彼女の身にまとう雰囲気が思わずそうさせるのだろう。本来であったら屈辱的に感じるところだ。
だが、不思議と嫌じゃない!
「合唱部の杉原部長なんですが、誰か付き合っている人とかいますか?」
俺はエリカ様の友人であられる岸本のことではなく、その恋人候補の部長さんについて尋ねた。
真正面から岸本のことを聞いても警戒されるだけだ。ならば杉原部長に恋人がいるかどうかという質問で様子を見る。
もし部長さんが当たりなら何らかの反応を示すかもしれない。同じ部活内で友人と部長が付き合っているのなら流石に何か知っているはずだ。仮に何の反応もなかったら部長さんが岸本の恋人である可能性はゼロにはならないが、低くはなるだろう。
我ながら良い質問だと思っていた。
だが、エリカ様の反応は思っていたものとはずいぶん違った。
「は?」
縮上がりそうなほどドスの効いた声。
これまでにないほど不機嫌そうな表情をエリカ様は浮かべた。
「杉原部長に彼女? いるわけないでしょう」
ゾッとするほど冷たい声。一体なぜかはわからないが、俺の質問がエリカ様の触れてはいけない何かに触れたらしい。
「少し考えればわかるでしょ? あの人に彼女なんているわけないって。普通に考えれば勉強も運動もたいしてできるわけでもなく、見た目が特別いいわけでもなく、弱小合唱部で他に人がいないから消去法で部長になるような人がモテるわけないでしょう。あんなの、多少面倒見が良くてそこそこ部員から人望があるだけのただのお人好しのつまらない男じゃない。そんな人のこと好きになるなんてよっぽどの物好きしかありえないわ」
「え、エリカ様?」
エリカ様の言葉は段々と熱を帯びていき、最後の方なんて身を乗り出すほどの勢いだった。
「い、いやそれでも、エリカ様が知らないだけじゃ……」
「は? あなた私の言ってることが理解できないの? そのダッサイ金髪頭の中にスポンジでも詰まってるのかしら?」
「ありがとうございますっ!」
「吉岡さん!!」
気がつけば反射的に頭を下げてしまっていた。
「ともかく。あの人に彼女なんていない。私が知らないだけなんてこともありえないから」
「そ、そうっすか……」
何だろう。どう判断すれば良いのかわからない反応だ。
友人を庇おうとしているような感じではない。だが何だこの熱の入りようは?
「はあ、全く。どうせこの質問もゆかりに恋人がいるかどうかを探るためのものなんでしょ?」
「なっ!」
こちらの考えが見透かされている。
「あの2人に聞いたわよ。ゆかりに恋人がいるかどうかあれこれ質問されたって」
「っ! やっぱ話しやがったかあいつら」
よく考えれば当然そうだろう。あの2人がエリカ様相手に黙っている訳がない。
「今日は昨日のお礼もあってここに来たけど。はっきり言って、私はあなた達にゆかりのこと何も喋るつもりはないから」
当然の拒絶。
「あなたがたちどういうつもりでゆかりのことを調べているのか知らない。興味もない。でもこれだけは言っておく」
鋭い視線を桐花に向ける。
「もし、あなたが私の友達を傷つけるようなことしたら、絶対に許さないから」
「結局、大した情報は得られなかったな」
「…………」
エリカ様が去った後の部室は静かなものだった。
『傷つけるようなことをしたら、絶対に許さない』
その言葉を聞いた桐花が浮かべた表情は悲痛なものだった。
否定することなんてできなかった。
今行っている調査の結果は必ず誰かを傷つける。そのことを桐花はよくわかっている。だけど、桐花は辞めると言い出すことはなかった。
相談部の部長は桐花だ。もし部長としての責任感が……部を守ろうとする思いがその歩みを止めさせないのならば、俺が止めるべきなのだろうか?
「桐花ーー」
なんと言えばいいか迷いながらも桐花に声をかけようとしたその時、コンコンと丁寧なノックの音が聞こえる。
「あ、2人ともお疲れ様」
訪れたのは相談部の顧問である清水先生だった。
「先生どうしたんすか?」
部活関係で何か連絡事項でもあるのだろうか?
「えっと、吉岡くんに用事があってね」
「俺っすか?」
「ええ。吉岡くん中間テストの結果って全部返ってきた?」
「いや、まだいくつか返ってきてないっすけど」
質問の意図がわからなかった。
疑問符を浮かべる俺に対して、清水先生は言いづらそうな表情で無情な宣告を出した。
「吉岡くんテストで赤点取ってるから、来週の追試のためにちゃんと勉強してね」
「…………え?」
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