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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第4章 なぜ勉強をして来なかったんだろう?
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藤枝宮子という女

 風紀委員1年藤枝宮子(ふじえだみやこ)


 この学園に入学し、風紀委員に所属してからわずか2ヶ月でその名前を学園中に轟かせた女生徒だ。


 俺や桐花が馳せた名前が悪名だとするのならば、彼女の場合勇名とでも言うべきだろうか。


 その理由は風紀委員としての徹底された仕事ぶり。


 風紀委員の仕事には無許可で男女交際を行っている者を取り締まる他にも、距離感の近すぎる男女に対して警告することで事前に無断恋愛を防ぐ。という役割がある。 


 端的に言えば、ちょっといい感じになってる男女に向かって『お前らちょっと仲良すぎね? 許可証持ってないんだからそれ以上は取り締まりの対象になっちゃうよ?』というかなり意地の悪いというか、野暮な警告をせざるを得ない仕事だ。


 当然そんなことをすれば嫌悪感を抱かれるのは目に見えている。もちろん正義は校則を遵守しようとしている風紀委員にあるのだが、心情的には納得できるはずもない。


 他者に嫌われることが前提とも言えるこの仕事。風紀委員ですらこの仕事をやりたがる者はおらず、ある程度のイチャコラは見逃しているのが実情であると言われていた。


 しかし、藤枝宮子は違った。


 相手が上級生だろうが仲の良いクラスメイトだろうがお構いなしの、徹底した取り締まり。


 嫌われようが怒鳴られようが、一定ラインの男女の接触を決して許さず、氷のように冷たい表情で淡々と仕事をこなしてきた。


 彼女1人の尽力で、この学園の男女は物理的にも心理的にも距離が遠くなったと言われるほど。


 そして当然、無許可の男女交際には一切容赦がなかった。


 風紀委員としての活動期間はまだ短いながらも、すでに数件の違反者を検挙しているそうだ。


 そしてついた異名が『鉄の女』


 許可なき恋愛を許さない絶対の番人として、この晴嵐学園に君臨し続けているのだ。



「つまり私の敵です!!」

「おお、そこまで言い切るか」

 

 すでにこの部屋にいない藤枝に向かって、犬歯を剥き出しにして唸り声のようなものをあげる桐花。


 あの後、藤枝は自身の要件を告げるとカバンから取り出した紙の資料を集めた情報だと言って置いて、唖然として何も言えないでいる桐花を尻目に部室から去って行った。


「私たちを利用しようだなんて。あの女、一体何の恨みが? 私が一体何をしたって言うんですか!」

「そらあ、色々やらかしたからこその結果だろうが」


 俺もこの件に関しては強く言えないが、この騒動の原因は9割方この女だ。


「くぅぅっ! 人の話を聞かない一方的な物の言いよう。だから『1年のヤバメガネ』なんて陰口叩かれてるんですよ!」

「……そうだな」


 ちなみに、目の前のこの女はもっとやばいメガネだと俺は知っている。


「で、どうするんだ?」


 桐花の言う通りかなり一方的な物言いだった。こちらの要求を飲まなければ相談部を廃部にするなんて。


 めちゃくちゃではあるが、あの女なら本当にやるだろう。噂されている『鉄の女』であればそれくらいは平然とやってのける。そんな凄みがあった。


「そうだ、調査はしてみたけど男の影も形もありません。噂は嘘っぱちでしたって報告したらどうだ?」


 なかなか良い手じゃないか? そう思った提案だったが、桐花は静かに首を横にふる。


「ダメです。彼女の目的は私たちが風紀委員にとって利用価値があるかどうかを見極めること。許可証もなく男女交際をしていると()()()()()()。なんて言い方をしていましたが、交際は事実であると、それに加えて誰と交際しているかも知っている可能性があります。そんな状況下で嘘の報告を行うリスクは犯せません」

「じゃあどうすんだよ。言われた通り誰と付き合っているか暴いて、風紀委員に突き出すつもりか?」


 そんなわけないじゃないですか!


 そう言って俺に噛みついてくると思っていた。


 しかし予想に反して桐花は苦渋に満ちた顔で無言のまま、俺の言葉を否定しなかった。


「桐花?」


 その表情を見て、俺は少なからず動揺した。


 いつもの桐花だったら間違っても男女交際している生徒を売るような真似をしないだろう。それが名前も顔も知らない相手であってもだ。


 いつだか桐花は言っていた、恋愛が好きだと。その恋愛で傷つく人を見たくないと。


 例えやっと作った部活の存亡がかかっていようが、あの風紀委員との取引なんて問答無用で突っぱねるものかと思っていた。


「……とりあえず、調査はしてみましょう。その調査結果を報告するかどうかはまた考えます」


 桐花らしくない、逃げの一手だった。


 その様子を疑問に思いつつも、俺は桐花の判断に従うことにする。


「わかった。で、結局何から始める?」

「あの女が置いていったこの紙の束、情報だと言っていたことから容疑者の資料でしょう。ひとまず確認します」


 桐花そう言って伏せられていた紙の束を手に取る。


「案の定ですね。無許可の男女交際を行っているとされる女子生徒と、その恋人の候補者のリストです。ご丁寧に顔写真付きで…………え?」

「ん? どうした?」


 資料を見て驚いたような表情を見せる桐花。


 俺も桐花の横から資料を覗き込む。そして、容疑者とされる女子生徒の顔写真を見て絶句することとなった。


「おい、これって……」


 見覚えのある顔。



「岸本、ゆかり?」



 その容疑者とされる女子生徒は、どういう偶然か先日合唱部で起きた事件の犯人であった少女だった。


「『岸本ゆかり。晴嵐学園1年、合唱部所属』」


 戸惑いながらも、桐花が資料に書かれている情報を読み上げる。


「『許可証は未所持でありながら、以前より男女交際をしているのではないかという証言が複数寄せられている』……これわざわざ風紀委員に言い付ける人がいるってことですかね?」

「あー、確か風紀委員って独自の情報網を持ってるとか噂されてたよな」


 その情報をもとに違反者の検挙を行なっているとか何とか。


「と言うか、意外だな」


 あの岸本さんがねえ。


「失礼ですよ」

「いやだって、あんな大人しそうな女子が校則に違反して隠れて付き合ってるなんて思わねえだろ」


 人の第一印象なんてあてにならないということをよく知ってるはずなのに、それでも驚かされた。


「続き読みますよ。『現状違反をおこなっている証拠はないため、違反者取り締まり規定第二条5項に基づき確固たる証拠を押さえるまでは違反者ではなく容疑者として扱う。また同規定第三条2項に基づき、容疑者を違反者として取り締まる際にはその交際相手も共同の違反者として取り扱う必要がある。しかし現状では交際相手が判明していないため、交際相手の確定が急務である』」

「言い回しがややこしくてめんどくせえな。どういう意味だ?」

「つまり、現状岸本さんは無許可の男女交際をしていると風紀委員に目をつけられていますが、その証拠は抑えられていないため手が出せない状況です。それに加えて取り締まる際には交際相手も同時に取り締まる必要がありますが、その相手もはっきりしていない。だから私たちに岸本さんの交際相手を調査させようとしているわけですね」


 なるほど。


 普段桐花がやっているようなことを風紀委員もやってるんだな。その目的は全く違うものだが。


 藤枝の言う通りこれは確かに桐花の得意分野だ。


「『なお、交際相手の候補者は別紙に記載』」

「そんなことまでわかってるのか?」


 ここまでくると後は簡単じゃないか? と思ったのだが、今回の場合簡単であれば良いという問題ではないことを思い出す。


「『候補者1 山本(ゆう)。晴嵐学園1年生。容疑者とは同じ北上中学出身で同クラスであった。当時から仲が良く度々交際しているのではないかという噂があがっていたが、本人たちは否定していた。現在は容疑者と別クラスであるため接触頻度は減っているが、交際を隠すためのカモフラージュの可能性あり』」

「よく調べてんな。って、候補者1?」


 候補者は1人じゃねえの?


「『候補者2 伊沢健司(いさわけんじ)。晴嵐学園1年生。サッカー部及び図書委員所属。容疑者とは入学以来同じクラスの隣の席であり、かなりの頻度で会話を行なっている模様。しかし候補者は部活や委員会などで多忙であり、放課後などに接触を図っている様子は確認されていない』」

「伊沢健司? なんか聞いたことある名前だな」

「ほら、樹さんの恋文の件で送り主候補だった人ですよ」

「あー! あれか。そっか図書委員だったな」


 結局送り主ではなかったためすっかり頭から抜けていた。そうか、またここで名前を聞くことになるのか。


「次ラストですね。『候補者3 杉原悟史(さとし)。晴嵐学園2年生。合唱部部長』」

「え、あの部長さん!?」


 人懐っこそうな笑みを浮かべる小太りの先輩を思い出す。


「『容疑者とは同じ部活仲間であり、気の置けない間柄である。2人きりで昼食をとっている様子も目撃されている』」

「いやまあ、普通に考えりゃそりゃそうなるか」


 同じ部活の男子であれば恋人候補となっていてもおかしくはない。残りの2人(下僕ども)? あれはない。


「情報は以上ですね」

「恋人の候補となる男子が3人もいるのか。岸本って意外と遊び人だな」


 プレイボーイ、いやガールか。


「少なくともこのうち2人はただの仲が良い友人ってだけのはずですから、遊び人とは違いますよ。交友関係が広いってだけで」

「わかってるよ。流石に冗談だ」

「まあ、私は逆ハーレムってのも全然いける口ですが」

「流石に冗談だよな?」


 何でも良いのかこの女?


「ともかく、この情報をもとに調査開始です。今日はもう終わるとして、明日から聞き込みを始めますよ」

「……ああ」


 不安はある。


 調査を始めたとしてそこからどうするのか。岸本の恋人がわかったとして、本当にそれを報告するのか。


 だが今は前に進むしかない。そのことを桐花もわかっているからこそ、その先の不安を口にするようなことはしなかたった。

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