参考書の行方
「今回の事件、鍵となるポイントはなぜ参考書が消えたのか? という点です」
合唱部の面々の前で堂々と推理を披露し始めた桐花。その第一声は予想外のものだった。
「そりゃ決まってるだろ? 誰かが守谷のロッカーから盗んだ以外に考えられるかよ」
今更守谷がロッカーに入れていたのは勘違いでした。なんてオチでもなけりゃそれ以外に考えられない。
「ではなぜ、守谷さんの参考書は盗まれたのでしょうか?」
「なぜって、守谷は学園でもかなり人気があるし守谷のことが好きだってやつがその持ち物を盗もうって考えるのも、まあ普通ではないけどあり得るっちゃあり得るだろ」
だからこそ、この合唱部に自由に出入りできる伊達と飛田下僕コンビが最も怪しい存在なのだが。
今更すぎるその質問に答えたが、桐花は首を横に振り否定する。
「いえ、そう考えると変なんです。守谷さんのロッカーの中を見てください、ロッカーの中には教科書、読み古した雑誌、化粧品、それに体操服の入った袋が入ってるんですよ?」
「……ああ、そっか。そういうことか」
桐花の言わんとしていることがわかってきた。
「吉岡さんにお聞きします。もし吉岡さんが守谷さんにどうしようもないほど好意を寄せているとして、ロッカーの中から一体何を盗み出しますか?」
「体操服だな」
「……そこは即答してほしくなかったですね」
なぜか俺の回答に引き気味な表情を見せる。
「つまり、私のロッカーには他にもいろいろ入ってるのに、盗まれたのが参考書だってことがおかしいって言いたいの?」
「その通りです守谷さん。ウチの変態ではありませんが、取れるものは体操服なり化粧品なり他にいくらでもあります。もしこの犯行が守谷さんの私物を手に入れたいという歪んだ好意から来るものなら、参考書である必要はりません」
確かに桐花の言う通りだ。盗めるものなんて他にいくらでもある。
まして守谷の言った通りならその参考書は買ってからそのままロッカーの中に放置されていたものだ。変な言い方だが、守谷の私物という観点で見るとかなりランクが下がるのではないだろうか。
そう思って下僕2人に目を向けると、伊達は何やら神妙な顔で呟いた。
「……確かに、その中からなら参考書は候補から外れるな」
飛田もウンウンと頷く。
「仮に僕が犯人だとしたら、間違いなく化粧品をいただきますね。ふふふ、エリカ様の使われている化粧品」
「死ねばいいのに」
「ありがとうございますっ!!」
「ありがとうございます!?」
しかしこうなると、他の私物は無事だったのに参考書が消えた理由がわからなくなってくる。
「守谷さんの持ち物ということに囚われすぎていたんです。もっとシンプルに考えましょう。犯人はただ参考書を必要としていたのではないかと」
「参考書を必要としていた? なんで?」
「何言ってんですか。そんなの勉強のために決まってるでしょう。ついこの間中間テストがあったばかりじゃないですか」
「……あ」
完全に頭から抜けていた。普通に考えて一番可能性のありそうな答えだ。
「では犯人は一体誰なのか? 状況から見て犯人は合唱部の誰かであるのは間違い無いでしょう。後はもう消去法で行きます」
そう言った桐花は杉原部長に視線を向ける。
「まず部長さん。杉原部長は2年生です。中間テストの時期に今更1年生の数学の参考書を必要とするとは考え難い、だから犯人候補からは除外されます」
「と、当然だよ」
そして下僕2人を見る。
「次に伊達さんと飛田さん。この2人は守谷さんと同じ参考書を持っています。勉強のためにロッカーの中から盗む必要性はありません」
「あ、当たり前だろ!」
「僕が盗むありません!」
2人の反応を見て桐花は頷く。
「当然被害者の守谷さんも候補からは除外されます。となると、犯人は残った1人」
部屋の中の視線がその1人に向けられる。
全員が困惑の表情を浮かべる中、視線を向けられる彼女は青ざめた表情をしていた。
「犯人は岸本ゆかりさん。あなたです」
「ごめんなさいエリカちゃん!」
桐花に犯人であると言い当てられた岸本は、守谷に頭を深々とさげながら参考書をカバンから取り出した。
その参考書には守谷エリカと書かれている。
「お、お前が犯人だったのか!」
「エ、エリカ様のものを盗むだなんて!」
「ち、違うの! 盗むつもりなんてなかったの!」
憤る伊達と飛田に対して岸本は反論した。
「中間テストの範囲でわからないところがあって、エリカちゃんが使ってない参考書持ってるって思い出して少し借りただけのつもりだったの。エリカちゃんに借りたこと言うの忘れてて……エ、エリカちゃんを困らせようとか、そんなことこれっぽっちも考えてなかったよ!」
この様子を見る限り本当に盗むとか嫌がらせをするとかそんなつもりはなかったのだろう。
「勉強会をする予定だったあの日、ロッカーの中に参考書がないってわかった時すぐに言って返そうと思ったんだけど……伊達くんと飛田くんが怖くて……」
「あー、なるほど。そりゃ仕方ねえわ」
2人の言い争いは俺たちも目撃している。あの怒りの矛先が自分に向けられるかもしれないと思うと言い出せなかったのだろう。
伊達も飛田もその辺り自覚があるのか、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも目を逸らしている。
よくよく考えれば事件と言えるほどのことではなかったのだ。よくある友人間の貸し出しのトラブル。
無断で参考書を借りた岸本に非が無い訳ではないが、騒動を大きくしたのは伊達と飛田だったって訳だ。
「エリカちゃん、本当にごめんなさい」
「…………」
頭を下げ続ける岸本を無言で見下ろす守谷。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「いいよ別に」
その声色は、これまで俺や下僕に向けられてきたものとは違いとても優しいものだった。
「ゆかりは悪気があってこんなことしたんじゃないんでしょ? そんなことする子じゃないって知ってるし、合唱部ではいつもお世話になってるから」
「エリカちゃん……」
励ますように声をかける守谷に、岸本は涙ぐんだまま抱きついた。
「一件落着だな」
清水先生からの依頼は合唱部の揉め事の解決。
事件が解決した以上揉め事を起こしていた伊達と飛田は諍いを起こすことはない。……いや、守谷がいる限りこれからも揉める可能性はあるが、その時はその時だ。少なくともしばらくは大人しくしてるだろう。
「清水先生も満足してくれるだろ。よかったな桐花」
そう声をかける。
「ふふ、ふふふ!」
すると事件を解決した立役者である桐花が、何やら不気味な笑い声をあげる。
「な、なんだよ?」
「ようやく、ようやくですよ吉岡さん! これでやっと部が設立できます。これからガッポガッポ恋愛相談の依頼が舞い込みますよ!」
「いや、それは……」
いくらなんでも期待しすぎだ。
何せ部員は学園一の不良と学園一の変人だぞ? そんなのに恋愛相談したいなんてやつがそうそういるか?
「楽しみですね、吉岡さん!」
しかし、期待に目を爛々と輝かせる桐花にはそんなことも言えるはずもなかった。
「さあ、これから忙しくなりますよ! 2人でじゃんじゃん生徒たちのお悩みを解決していきましょうね!!」
「お、おう」
依頼人なんてそうそう来ないだろうと思っていた。
相談部としての活動を始めても、しばらくは暇を持て余すようになるだろうとたかを括っていた。
しかし予想に反して依頼人はすぐに現れた。
「初めまして。風紀委員1年、藤枝宮子です」
それは、合唱部の揉め事を解決した翌日のことであった。
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