エピローグ 姉、加入。そして始動
休み明けの月曜日のなんと憂鬱なことか。
加えて昨日の日曜日は中学生のデートをストーキングするなんて、訳のわからないことをしたせいで妙な疲労が蓄積している。
身体のだるさに耐えながらやっと放課後、重い足取りで部室へと向かう。
「あ、吉岡さん」
「よお」
部室には既に桐花がいて、メモ帳に何やら熱心に書き込んでいる。
「何書いてんだ?」
「昨日の弟さんのデートについてです。貴重な中学生の初デートのデータですからね、今後に活かすためにも出来る限り詳細に書かなければなりません」
「……今後って、何に活かすつもりだよ」
こいつだけは無駄に元気そうだ。
「いやー、素晴らしい休日でした。本来であれば人のデートをつけまわすことに対しては私でも多少の罪悪感が湧くんですが、ほら、昨日はお姉さん公認でしたから」
「本人が公認してねえからダメだろ」
デートを監視する権利なんて姉にもないはずだ。
「今思い返しても理想的と言えるデートでしたね。ああ、私もあんなデートをしてみたい物です」
うっとりとした表情で手を前に組む桐花。
「へえ、お前でもデートしてみたいって気持ちはあるんだな」
人の恋路ばっかりで、自分の恋愛には全く興味ない物だと思ってた。
「当然です! 私だって女の子ですよ? デートに対して憧れはあります。いつか素敵な男性と待ち合わせして『待った?』『ううん今きたところ』なんてやりとりをしたり、服を褒めてもらったり、手を繋いで歩いたり、いっそのこと腕を組んでみたり……ん?」
途中、桐花の表情が怪訝そうなものに変わりなぜかこちらを見てくる。
「桐花?」
「……いえ、あれは流石にノーカンですよね」
小声で何やら呟いているがよく聞こえなかった。
「ていうか服褒めてもらってないじゃないですか!!」
「なんの話だよ」
「まったく……それよりも憂慮すべきはあの後弟さんと彼女さんがどうなったかです。お二人はちゃんと仲直りできたんでしょうか?」
「ん? ああ、そういえばそうだったな」
結局自分が以前からSNSで交流のあった人物だという嘘のバレた彼女さんと、その事実を知った弟くんがどうなったのかを知らされていない。姉である秋野からは今日の放課後直接話すと言われていたのだが、その秋野もまだきていない。
「お前よく昨日我慢できたよな」
「なんのことです?」
「ほら、昨日弟くんが彼女さん追いかけてでてっただろ? いつものお前ならその後を追って仲直りの瞬間を目に焼き付けようとしてそうなもんだが」
「む。私だって空気読みますよ。恋人同士には、誰にも知られてはいけない秘密の瞬間というものが大なり小なりあるものです。その不可侵を破るような真似するわけないじゃないですか」
「へえ」
少し驚く。
人の恋愛に対しては節操がないものだと思っていたのだが、そういった線引きがしっかりしてるんだな。
そんなふうに感心していると、やや硬い面持ちの桐花は声を潜めながら口を開いた。
「それに、下手に弟さんの邪魔をしようものなら姉である秋野さんにぶっ殺されそうでしたから」
「……お前それ、本人の前で絶対言うなよ」
昨日の秋野の迫力を思い出して身震いをする。
その時、部室の扉をノックする音が響き渡った。
お互い神妙な面持ちで黙りこくっていたところに突如として聞こえてきた音に、思い切り肩をびくつかせてしまう。
「は、はい! 開いてますよ!!」
やや裏返った声で返事をする桐花。
「やあ、2人とも」
噂をすればなんとやら、扉を開けて入ってきたのは秋野だった。
俺と桐花と対面する形で秋野に座ってもらい、報告を始めてもらった。
「結論から言えば、弟と彼女さんは仲直りできたようだ」
「本当ですか! 良かったです!」
「そら一安心だな」
俺も桐花も胸を撫で下ろした。
昨日1日だけとは言え、彼らを陰ながら見守り続けて(かなり都合の良い表現だ)なおかつ深いところまで踏み込んでいたのだ。思っていたよりも彼らのことを心配していた自分に驚いた。
「これも全て2人のおかげだ。本当にありがとう」
「いやいや、私は謎を解いただけです。仲直りにまで漕ぎ着けられたのはどう考えても秋野さんの一喝のおかげでしょう」
「だよなあ。姉のあんたの言葉だったから弟くんに響いたんだろうな」
「ははは、そう言われると流石に照れるな」
そう言って爽やかな笑顔を見せてくる秋野。
「あ、そうだそうだ。もう一つ報告しておくことがある」
「ん、なんだ?」
神妙な面持ちの秋野にこちらも姿勢を正す。
「2人のことが弟にバレた。ついでに尾行していたことも」
「あーっと」
そりゃもうどうしようもない。
昨日の尾行、秋野だけは絶対に弟くんに顔を見られてはいけなかったのだ。弟くんに発破をかけるため仕方なかったとはいえ、秋野は弟くんの前に顔を出した。それも、弟くんと彼女さんのことを最初から見ていなければありえないようなタイミングとセリフ付きで。
「さすがに彼女さんに尾行されていたことは話していないようだが……」
そんなの話せるわけがない。
「弟も2人には感謝していた。まあ、私はしこたま怒られたがな」
「そらそうだ」
姉ちゃんがデートを監視していましたなんて、俺でもブチギレる。
「2人に礼とお詫びを言うように頼まれた。『こんな姉で申し訳ありません』とな。どういう意味なんだろうな?」
「……弟くんしっかりしてるなー」
なんだろう。初めて会った時は秋野のことをしっかりした姉御肌な人物だと思っていたのだが、弟が絡むとここまでダメになるものなのか?
「というわけで、2人にはいくら感謝しても足りないくらいだ。当初の約束通り君達の作る部活動に参加させてもらうよ」
「おお! 本当ですか!」
「ああ、ただ家業が忙しいから本当に名前を貸すだけになってしまうが、良いか?」
「もちろんです! お名前を貸してさえ頂ければ決して悪いようにはしません。ええ、安心してください!」
「……あからさまに怪しいやつのセリフじゃねえかよ」
あーあ、やっちまった。悪魔との契約を。
「ところで気になっったんだが、なんて名前の部活なんだ? 前に人の悩みを解決する部活だと言ってたが」
「ああ、そういやまだ決めてないんだっけか?」
以前確かまだ考え中だと言っていた。流石にそろそろ決めないとまずいんじゃないか?
そう思っていると桐花は不敵にニヤリと笑った。
「いいえ、既に決めていますよ。私たちがこれからこの学園にその名を轟かせる部活名を」
その名前はーー
「相談部。これから本格的に始動していきますよ!」
「……お前にしちゃあ真っ当な名前で正直驚いてるよ」
これにて第3章完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
現在第4章を作成中ですので、完成までしばらくお時間をください。




