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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第2章 小さな恋の詩
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調査開始

「状況を整理しましょう」


 そう言って桐花はホワイトボードに(ロッカーの中にあったものではなく、図書準備室に置かれていた大きなものだ)メモを取り始める。


 火曜日1回目『恋すてふ わが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか』

 水曜日1回目『わが恋は 虹にもまして 美しき いなづまとこそ 似むと願ひむ』

 火曜日2回目『思へども なほぞあやしき 逢ふことの なかりし昔 いかでへつらむ』

 水曜日2回目『嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る』


「樹さんがラブレターをもらったのは計4回。ここ図書準備室の樹さんのロッカーの中、ホワイトボードにこの詩が書かれていました」


 桐花は書き終えるとペンの蓋を閉め、ホワイトボードにコツコツとあてて強調する。


「こうして見ると、すごいな」


 受け取った詩のオシャレさに圧倒されそうだ。キザだという感想を通り越して感嘆してしまう。


「そして樹さんの返事を追加するとこうなります」


 火曜日1回目『恋すてふ わが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか』

 水曜日1回目『わが恋は 虹にもまして 美しき いなづまとこそ 似むと願ひむ』

 火曜日2回目『思へども なほぞあやしき 逢ふことの なかりし昔 いかでへつらむ』

 樹さん1回目『ステキな詩 マヂでぁりがと本トゥに! どちゃくそ胸がドキドキするねッ♡』

 水曜日2回目『嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る』

 樹さん2回目『タ``ァれなん? ス〒≠ナょ言寺を<レたノノヽ ぁナタカゞ言隹カゝ ぅちレよ矢ロ丶)タレヽ』


「こうして見ると…………やべえな」

「わ、わざわざ並べないでください!」


 並べると樹の返事のヤバさが際立つ。


「これ以降返事はありませんでした。その理由はショックを受けたのか、はたまた愛想が尽きてしまったのか」

「どっちもじゃねえかな?」

「そんなこと言わないでください!!」


 涙目で樹が抗議してくるが仕方ないだろう。俺だったら百年の恋も冷める。


「まあ、これから樹さんがどうするにしても、ラブレターの差出人の特定は絶対必須です」

「絞り込んでくしかないわな」


 問題はどう絞り込むかだが、その辺りは桐花の分野だ。


 桐花は慣れた様子で話を続ける。


「まずは書かれた日時ですね。日にちは火曜日と水曜日で間違い無いでしょう。問題は時間。放課後に図書当番の樹さんがロッカーを開ける前のどの時間にこの詩が書かれたのか?」


 つらつらと考えなければならない点を列挙する桐花。


「そういや図書室はいつも開いてんのか?」


 読書が趣味です。なんて言えるような人間じゃないから、入学してから一度も利用したことがない。


「図書室が開いてるのは昼休みと放課後だけです。職員室に鍵があってその鍵を取り出せるのは私たち図書委員だけ、誰でも開けられるわけではありません」

「樹さんが図書当番の日は誰が鍵を?」

「いつも私です。図書室を開けたらすぐに図書準備室に入ってカバンを置きます」

「ってことは、詩が書かれたのは昼休みか」


 火曜日と水曜日の昼休み。これだけでもかなり絞り込めたんじゃないか?


「樹さん、そう言えばロッカーにはダイアルロックがありましたが、普段ロックは閉めていますか?」

「ううん。財布とかスマホはポケットに入れてるから、貴重品を取られる心配はないし閉めてません。ナンバーも0000のまま設定してませんし」


 不用心な。そう思ったがよくよく考えれば学園内の、それも勝手知ったる図書準備室のロッカーだもんな。特段鍵をかける必要も感じなかったのだろう。


「図書準備室は図書委員の人以外の人は入れますか?」

「入れなくもないけど、基本的にこの部屋には図書委員の誰かがいるから……」


 なら無理だな。部外者が図書準備室の中に入ってきて人のロッカーに書き込みをするなんてどうやっても目立つ。


「つまり差出人は図書委員、それも火曜日と水曜日の昼休みに図書当番をしている誰かということになりますね」


 少し調べてきます。


 そう言って桐花は足早に図書準備室から出て行った。


「…………」

「…………」


 残されたのは俺と樹の2人。


 さあて、気まずいぞぉ。


 桐花は差出人を探し出すことに夢中なあまり忘れているようだ、俺が学園一の不良と呼ばれていることを。


 女子の樹からすれば俺と部屋に2人きりなんて気まずいどころの騒ぎじゃない。俺から目を逸らしわずかに震えているように見えた。


「あー、樹?」

「っ!」


 俺が声をかけるとあからさまに肩をびくつかせる。


「な、なんでしょう?」


 その声には隠しても隠しきれない緊張が含まれていた。


 流石にここまで怖がられるのは少し傷つく。少しでも打ち解けようと世間話のつもりで話しかけた。


「いや、そのだな。差出人が見つかったとしてどうするつもりなんだ?」

「ど、どうとは?」

「だから、付き合うのか?」

「つ、付き合う!?」


 俺の発言に顔を真っ赤にして立ち上がった。


「む、無理です無理です! 付き合うなんて! そもそも私許可証持ってません!」

「あっちは持ってるかもしれないだろ?」

「それでも無理です!」


 こちらが圧倒されるほど、かなり強い口調で否定される。


「な、なんでだ? こんだけ熱烈にアプローチされてて。それに応えるために樹も返事書いたんだろ?」

「そ、それはあくまで、ちゃんと見てますよって言いたかっただけです!」

「じゃあなんで差出人を探そうとするんだ?」


 俺はてっきり差出人を見つけ出して、ちゃんとした返事をした上で交際を始めようとしているのかと思った。だが樹の口ぶりからは違うようだ。


 俺の問いかけに対して、やや逡巡しながら答える。


「……その、なんで私なんだろうって、そのことを聞いてみたかったんです」

「つまり惚れたきっかけを知りたかったと?」

「そ、そんなにはっきり言われると恥ずかしいんですが。まあそうです」


 ぽつぽつと話し始める。


「私、自分で言うのもなんですけど女子にしては背が大きいじゃないですか」

「……まあな」

「それに昔からよく言われるんです。その、もさいって」

「お、おう」


 はっきり、うん。とは言いづらいが、確かに樹は背の高さに長くて毛量の多い髪の毛が相まって、全体的にもっさりした印象がある。


「見た目も冴えなくて、これと言って取り柄のない私のどこが好きになったのか、その好きになった人がどんな人なのか知ってみたかったんです」

「なるほど」

「もちろんその人が素敵な人だったら、その、少し仲良くなれたらいいなとは思いますけど」


 そう言って照れたように笑う。


「……そうか」


 そんな感じで笑う所が魅力的だったんじゃないか? そう思ったが気恥ずかしくて口には出せなかった。


「私も聞いていいですか? なんで吉岡くんは桐花さんと一緒に部活を作ろうと?」

「ん、俺か?」

「はい。吉岡くんと桐花さんって、その、全然タイプ違うじゃないですか」


 まあ確かに。かたや学年一の不良。かたや学年一の変人。


 はたから見れば奇妙な組み合わせだろう。疑問に思うのも無理はない。


「それを説明すると難しい……いや、正直言って俺もなんでこんなことになってるのかイマイチわかんねえんだが。そうだな、簡単に言えばあいつに恩義があるからだな」

「恩義、ですか?」

「ああ、ほんのちょっと前に俺もあいつに助けられてな」


 あいつがいなかったらどうなっていたやら。それを考えればあいつの無茶振りぐらい、多少目は瞑るさ。


「恩義とあと……」

「あと?」

「いや、なんでもない」


 流石に、一緒に飯を食ってくれたことが嬉しかった。なんて言えないな。


「そうですか。私てっきり」

「ん?」

「2人は付き合ってるのかと」

「はあ?」


 あまりに想定外のことを言われ、素っ頓狂な声が出てしまった。


「え、俺と桐花ってそう見えんの?」

「はい、随分仲良さげでしたし」

「ないない! だって、桐花だぞ?」


 思わず大袈裟に否定してしまう。


「そうですか? 桐花さん可愛いじゃないですか」

「いやまあ、見てくれは可愛らしいかもしれないが」

「……私と違って、ちっちゃくて女の子らしいし」

「じ、自分で言って落ち込むなよ」


 一人勝手にどんよりとした空気を漂わせる樹。その姿があまりに痛々しくて立ち上がる。

 

「い、いいか? 人間見てくれじゃないんだ!」

「……本当ですか?」

「本当だ! 第一桐花には圧倒的に足りてない所がある」


 そうだ、その一点からして俺の好みとはかけ離れている。


「あいつには圧倒的に胸がーー」

「胸が、なんです?」


 真後ろから聞こえる冷たい声。


「き、桐ーー」

「フンっ!!」

「ぐぅっ!」


 振り返ると同時に向こう脛を蹴り飛ばされる。


「まったく。人が頑張って調査してるってのに。……胸も見てくれじゃないですか!!」

「ぐぇっっ!!」


 激昂した桐花に、再度脛を蹴り飛ばされた。

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