差出人不明のラブレター
「すみません、取り乱しました」
俺たちのやり取りを見てどこか唖然とした様子の樹に対して、桐花はペコリと頭を下げる。
「吉岡さんのことはひとまず置いといてーー」
「置いといてってなんだよ」
「ーーうっさいですね。ともかく! 私たちの要件は泉先輩に聞いてますね?」
桐花の問いかけに樹はコクコクと頷く。
「部活を作るのに私の名前を貸して欲しいって話ですよね? 確かに私は部活に入ってませんし、入る予定もありませんけど……」
「どうです? 名前さえ貸していただくだけで、他にめんどくさい事は何もしなくて良いですし、なんなら我々が確保した部室を自由に使ってもらっても構いませんよ?」
「えーっと、でも……」
遠慮がちにこちらを見る樹。桐花の誘いに迷っているというか、いまいち乗り切れない様子だ。
まあそれも当然。俺たちみたいな怪しい人間にいきなり名前を貸すなんて、普通はためらう。
そんな様子の樹対して、桐花はこちらのカードを切った。
「……樹さん、最近お悩みだそうですね?」
「え?」
肩を大きく揺らす。
「泉先輩にお聞きしました。時折顔を赤らめたと思ったらすぐに落ち込んで、ボーッと何か考え込んでは変にニヤけてたりと、最近図書委員の仕事に身が入ってないそうですね」
「そ、それはっ」
「泉先輩、こう言ってましたよ『あれは恋煩いやね』と」
「っ!?」
劇的な反応。
樹の顔がわかりやすいほど真っ赤に染まる。
「どうなんですか! 樹さんは今悩んでる、誰にも言えない恋のお悩みに頭がいっぱいなんじゃないですか!?」
「わ、私は……!」
「さあさあ! 私に話して見せてください!」
「い、いくらなんでもそれは!」
「遠慮することはありませんよ!?」
「え、遠慮とかじゃなくて……」
「良いから良いから! 私にかかればどんなお悩みもーー」
「落ち着けこのバカ」
「ぐえっ!」
目の前にぶら下げられて大好物を前に、本来の目的を忘れてテンションを上げる桐花の服の襟を引っ張って強制的に落ち着かせる。
喉元を抑えてゴホゴホと咳き込むながら涙目で睨んでくる桐花を無視して、樹に語りかける。
「あー、樹。ようするにだな、お前の悩みを俺たちが解決するから、その代わりに名前を貸してくれねえかって提案なんだ」
「そ、そういうことなんですね。でも……」
「お前の不安もわかる。こんな訳のわからんやつにーー」
「誰が訳わからんやつですか!」
「うるせえ黙ってろ……こんな意味不明なやつに自分の悩みを相談するのをためらうのも当然だ」
そこで言葉をきり、横でブー垂れてる桐花をチラリと見る。
「だけど、こいつには多分樹の悩みを解決できるだけの能力があって、お前の悩みを軽々しく他のやつに言いふらしたりしない最低限のモラルは持ち合わせてる。そのことは保証する」
俺の言葉に樹は少し考え込む。
そして何かを決心したように顔を上げた。
「……わかりました。私の悩みを聞いてください」
「私が図書委員になって、5月くらいから図書当番を任されるようになったんです。毎週2回、火曜と水曜の放課後に泉先輩と一緒に。それと同じくらいにこの部屋のロッカーを割り当てられたんです」
立ち上がった樹は壁の一角、複数のロッカーが並んだ場所へ足を運ぶ。
ロッカーにはダイヤル式のロックと、赤とか緑などさまざまな色で分けられた1から5までの数字が。
「私はこの青の5番のロッカーをもらったんです」
「ん? ああそれ青色か」
光の加減で黒色に見えていた。よく見れば青色だがその色合いはかなり濃く、どちらかといえば藍色とか群青色に思えた。
「仕事中はここにカバンを入れてるんですけど……ちょっと見てもらえますか?」
そう言いながら扉をあけ、俺たちに中を見るように促す。
ロッカーの中はシンプルな作りだった。細身の人間1人くらいなら入れそうな大きさのロッカー。中には上着をかけるためのハンガーが備え付けられていた。
開いた扉には、身だしなみを整えるための小さな鏡と、なぜかノートくらいのサイズのホワイトボードが付いていた。
「このホワイトボードはなんです?」
「最初っからついていたんです。前に使ってた人がそのままつけっぱなしにしたのかと」
桐花の質問に答える。
「それで……このホワイトボードが問題なんですけど」
「何が?」
別に普通のホワイトボードだ。
「初めての当番の日、このロッカーを開けたらホワイトボードにメッセージが書かれてたんですよ」
「メッセージ?」
「はい。誰が書いたのかわからないんですけど……」
「どんなメッセージですか?」
「書いてある文の意味が分からなくて、後で調べようと思って写真を撮ったんです」
「文の意味がわからない?」
樹はスマホを取り出し操作すると、ややためらいながらもスマホを俺たちに差し出す。
スマホには文章の書かれたホワイトボードが写っていた。
そしてその文章、まるでパソコンから印字したのではないかと思わせるほど綺麗な字が縦書きで書かれていた。
『恋すてふ わが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか』
「…………ん? 何これ?」
意味不明だ。なんだこれ、古典?
だが理解できていないのは俺だけのようで、樹はなぜか顔を赤らめて俯いており、桐花は爛々と目を輝かせている。
「こ、これは!? 樹さん! 他にメッセージはありませんでしたか!?」
そう言って樹に詰め寄る。
「つ、次の日も当番だったんですけど。その日もまた別のメッセージがーー」
「見せてください!」
スマホを操作する樹の手からほぼ奪い取るようにして、スマホを凝視する桐花。
横から俺も覗くと、また同じような文章が書かれていた。
『わが恋は 虹にもまして 美しき いなづまとこそ 似むと願ひむ』
「なんなんだこれ? なあ桐花ーー!?」
桐花にこの文章がなんなのか聞こうとしてギョッとする。
桐花がこれまで見たことがないほどうっとりとした表情をしていたからだ。
「な、なんて素敵な……恋の詩」
「は、はあ?」
上気した両の頬を手で押さえている。
「恋の詩? この俳句みたいなのが?」
「俳句じゃなくて短歌ですよ、短歌! 5・7・5・7・7になってるでしょう!」
「お、おう」
クワリっ! と目を見開いた桐花に否定される。
「ーー恋すてふ わが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしかーー意訳すれば、『私が恋をしていると噂が立ってしまった。誰にも知られないように、ひそかに心の中で思い始めたばかりなのに』となります」
「へ、へえ」
「ーーわが恋は 虹にもまして 美しき いなづまとこそ 似むと願ひむーーその次は『私の恋は、虹よりも美しく、稲妻のように激しくあってほしい』という意味です」
めちゃくちゃ情熱的な文章だった。つうかよく知ってんな。
「恋の詩か、それはわかったがなんでこの文章が樹に?」
「わかんないんですか吉岡さん!? そんなこと明白じゃないですか!」
信じられないようなものを見る目で桐花に見られる。
「これは樹さんへのメッセージ、自分の押さえきれない恋心を綴ったラブレターなんですよ!」
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