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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その2
137/138

続・イチゴはそんなに甘くない

 晴嵐学園が誇る食堂は味がいいことで評判だ。


 カレー、ラーメン、うどん、そば、丼、定食など、豊富なレパートリーのどれにもハズレはなく、下手な店なんかよりよっぽど美味いと俺は思う。


 ……最も、定期的に常軌を逸したメニューを公開しては、食べた生徒たちから阿鼻叫喚の声が上がるのだが。


 ともかく。


 安くて美味い。晴嵐学園の食堂は、食べ盛りの高校生が食事に求める要素を完全に満たしていると言える。


 ただ一つ問題があるとすれば、それは大変混むという点だろう。


 晴嵐学園の生徒数は1000人を超える。


 このうち食堂の利用者数がどれだけいるかはわからないが、仮に半分の生徒が食堂利用者だとすれば、およそ500人の生徒が昼休みと同時に一斉に流れ込んでくることとなる。

 

 当然食堂自体もかなりの広さだが、それだけの生徒が全員座れるだけのテーブルは確保できていない。座ることができず彷徨う生徒が出てくる。


 その回避策として利用者がとれる行動は二つ。

 

 一つは午前の授業が終わると同時にダッシュで食堂に向かい、誰よりも早く席を確保すること。


 二つ目は時間をずらして、最初の利用者が食べ終わった頃にゆっくりと食堂に向かうこと。


 ちなみに、俺は前者の開幕ダッシュ派だ。午前の授業が終わった時点で腹ペコなのに、しばらく待つなんてできるわけない。


 というわけで、食堂を快適に利用するにはそれなりの作法が求められる。


 俺はこの作法を入学当初から学んでいる。もうプロを名乗ってもいいだろう。


 現に俺は食堂の席を早々に手に入れ、悠々と昼食を取ることができている。


 混み合う食堂の中、1人堂々と6()()()()()()()()()()()()()()()


 ……おかしい。こういう時、普通なら他の生徒に相席を頼まれてもおかしくないはずだが、俺の使っているテーブルに近づこうとする生徒がいない。

  

 現にテーブルを確保できないまま昼食を購入した難民がおぼんを持ってうろついているのに、俺がいるテーブルを見向きもしない。


 ……まあ、こんなこと慣れっこだ。入学してから相席を頼まれたことなど一度もない。

 

 いいさいいさ。おかげで広々と余裕を持って昼食を取ることができる。

 

 俺は涙をぐっと堪えながらカレーを口に運んだ。


 その時だった。


 見覚えのある女子生徒が目に入った。


 銀縁メガネに、前髪をまとめたカチューシャ。


 学園の無断恋愛を取り締まる風紀委員にして、鉄の女。


 藤枝宮子だった。


「藤枝?」

 

 いつもの鉄仮面はどこへやら。明らかに困惑した表情でおぼんを持ったままキョロキョロと辺りを見渡している。どうやら座れる席がないか探しているらしい。


「おい、藤枝」


 迷子の猫みたいなその様子があまりに不憫で、俺は思わず声をかけた。


「吉岡くん?」


 声に反応した藤枝が驚いた表情を見せる。


「ここ空いてるけど、座るか?」


 藤枝は一瞬ためらいを見せる。


「いいの?」

「いいさ。みんな俺の迫力にビビって近づいてこねえからな。おかげで見ろよ、広いテーブル独り占めの王様気分だ」

「えっと……今時1人でご飯食べるのは普通だと思うわよ。最近はおひとり様専用の店も増えたって言うし」

「……やめろよ。自虐ネタはそうやって同情されるのが一番胸にくるんだ」


 藤枝は向かいの席に座る。憐れんだ目を向けられてちょっと泣きそうになった。


「ありがとう」

「ああ」


 藤枝の昼食は日替わり定食だった。丁寧な箸遣いで食べ始める。


「あんまり食堂使ったことないのか?」

「そうだけど、なんでわかるの?」

「明らかに慣れてなかったからな」 

 

 作法が身に付いていないのは見てわかるくらいだった。


「そうね、いつもはお弁当なんだけど、今日は忘れちゃって」


 少し恥ずかしそうに打ち明けられる。


「へー、あんたでもそんなことあるんだな」

「私だって人間だもの。忘れ物ぐらいするわよ


 軽く睨まれた。


「あなたはいつも食堂?」

「そうだな」


 いつもなんだかんだでカレーになってしまう。250円でこの美味さなら仕方ないだろう。


 カレーを口に運んでその味を堪能する。食べ慣れた味だが、決して飽きることはない。


「桐花さんは一緒じゃないの?」

「桐花? いや、あいつ基本的に弁当だし」


 たまに一緒に食べることはあるが、かなり珍しいイベントだ。あいつは今頃学園のどこかで、昼食を一緒に食べるカップルでも観察しているのだろう。


「確認するけど、付き合っていないのよね?」

「俺と桐花が? まさか」


 馬鹿なこと言うなよ。


「そう。一応信じるけど、()()()のことがあれば、問答無用で取り締まるから」


 藤枝は冷徹な風紀委員の目を俺に向けてくる。


「へいへい。万が一のことがあったらあんたにバレないようにするよ」


 そんなやりとりをしていた直後のことだった。食堂の一角が俄かに活気づいた。


 何事かと目を向けると、大勢の男子生徒が騒いでいる。


「い、イチゴちゃん! 席とっておいたから、ここ座りなよ!」

「おい待て! 俺がとった席の方が日当たりがいい!」

「馬鹿野郎! イチゴちゃんが日焼けしたらどうすんだ!」


 一触即発の空気。その中心に、1人の女子生徒がいた。


 黒髪ツインテールの女子生徒。


 『学園の妹』の異名を持つ、蛇川イチゴだ。


「ふええ、お兄ちゃんたち喧嘩しないで」


 口元に握った両手を当て、オロオロした様子を見せる。アニメ声と言うのだろうか? その声はまるで作ったかのように可愛らしかった。


「あ、じゃあこうしよう! 今日はタクマお兄ちゃんと食べるから、明日はコウヘイお兄ちゃんの番ね!」


 そう言って見せた笑顔に、騒いでいた男共の空気が一気に弛緩する。


「い、イチゴちゃんがそう言うなら」

「約束だよ、イチゴちゃん!」

「じゃ、じゃあイチゴちゃん。ここ座って!」


 そのまま蛇川イチゴを取り囲むように昼食をとり始めた一向。


 俺と藤枝は思わずその一連の騒動に見入ってしまった。


「相変わらず、すげえ光景だな」


 蛇川イチゴのお兄ちゃんを自称するあの連中は目立つ。この手のやり取りは今日が初めてではなく、この学園の生徒であれば何度か目にしているだろう。


 恐るべきは蛇川の求心力だろうか。あれだけの『お兄ちゃん』をまとめ上げるその手腕はさすがと言う他ない。


「はいお兄ちゃん、あーん!」


 蛇川は一緒に昼食を食べているお兄ちゃん一人一人に『あーん』を実行している真っ最中だ。


「なあ藤枝。風紀委員的にあれは取り締まらなくていいのか?」

 

 蛇川とお兄ちゃんたちの距離は近く、ボディタッチも多めだ。


 無断恋愛を絶対に許さない『鉄の女』はあれをどう扱うのだろうか。

 

 気になって質問すると、藤枝は気まずそうな表情で目を逸らした。


「……あれは恋愛じゃなくて、宗教だから」

「なるほど」


 過去に何かあったんだろうな。そう思わせる表情だった。


「ちなみに聞くけど、吉岡くん的にもあんな女子がいいって思ったりするの?」


 騒ぎ続ける蛇川とお兄ちゃんたちを呆れた顔で見つめながら、藤枝はそんなことを聞いてきた。


「俺か? いや、蛇川見ても特になんとも思わねえな」

「お兄ちゃんって呼ばれたくないの?」

「全然」


 同い年の女子にそんなこと言われると鳥肌が立つかもしれない。


「そもそも俺、ああいうぶりっ子みたいなタイプ苦手なんだよな。なんか嘘くさくて」

「そうなの?」

「ああ。なんだよ『ふええ』って。人間の口からそんな言葉咄嗟に出てこねえだろ」


 それだけでキャラ作ってそうって思ってしまう。


「そう……意外ね」

「意外ってどういう意味だよ」

 

 藤枝は俺のことを一体どう思っているのか。


 そう考えながら蛇川の一行を見ていると、どこからやってきたのやらお兄ちゃんが増えてきた。


 ただでさえ混雑している食堂が、お兄ちゃんたちのせいでさらに混み合ってきた。


「なあ、本当に取り締まらなくていいのか?」

「やめてよ。できれば関わりたくないのが本音なんだから」


 あの藤枝宮子にそこまで言わしめるのか。


 藤枝は大きなため息をついた。


「あんなんだけど、特に問題行動は起こしてないのよ。うるさくて、目につくだけで」

「まあ、うるせえのは確かだな」

「あえて言うなら、この前の蛇川さんのカバンが盗まれた騒動くらいかしら」

「ああ、あの自作自演の」


 犯人はカバンの持ち主である蛇川自身だった。


「見ていて危ういし、うるさいって苦情もあるから監視対象ではあるんだけど」

「風紀委員も大変だな」

  

 疲れた顔の藤枝を見ると、心からそう思う。



 そんな一幕があった昼休みが記憶から薄れてきた頃の放課後。


 相談部の部室にはまさかの人物が訪れていた。


「えっとね。イチゴ、相談部の2人にお願いしたいことがあるんだ」


 学園の妹、蛇川イチゴがお手本のような満面の笑みを見せる。


 俺も桐花も面食らってた。いつも蛇川を取り巻いている騒がしいお兄ちゃんはおらず、蛇川1人だけだ。


 蛇川は俺に上目遣いの視線を向ける。


「えっと、吉岡くんだよね。お兄ちゃん、って呼んでもいい?」


 甘いアニメ声でお願いされる。


「あ、結構です」


 しかし、俺は思わず敬語で断りを入れてしまった。


「えーだめ? こっちのことも、イチゴちゃんって呼んでいいから」

「……呼ぶんですか?」

「いや、呼ばねえよ」


 背筋がゾワっとする。気がつくと鳥肌まで立っていた。


「……」


 上目遣いを崩さない蛇川にそのまま見つめられる。その目はまるで俺を観察しているかのようだった。


 無言のまましばらく。やがて蛇川は上目遣いをやめ、軽くため息をついた。


「っち」

「っ!?」


 舌打ち。


「……最悪。効かないパターンか」


 アニメ声が、やたら低く、ドスの効いたものへと変わる。


 声だけじゃない。蛇川の纏う雰囲気そのものがガラリと変わったのがわかった。


「へ、蛇川?」


 驚愕する俺を無視して、蛇川は椅子にふんぞりかえって頭をガシガシと掻く。


「ほんと、最悪。相談ついでに学園一のチンピラをお兄ちゃんにすれば、ウチの派閥も箔がつくかと思ったのに」

「箔って……」


 あまりの変貌に、桐花ですら目を丸くしていた。


「あ、あの。キャラ変しすぎじゃね?」

「はあ? 当たり前でしょ。ウチになびかない男に媚び売る必要ないし」


 蛇川はそう言って俺を睨みつける。さっきまでとは目つきまで違う。


「あんた、女兄弟いるでしょ?」

「姉貴がいるけど、なんで知ってんの?」

「知ってるんじゃなくて、わかるの。ウチの妹キャラ効かない男って、ほとんど女兄弟いてその現実を知ってる人間だから」

「……妹に幻想を抱かないってことですか」


 確かに、姉貴がいる俺にとって妹萌えなんて絶対理解できない領域だ。


「妹キャラも結構疲れるのよね。妹に幻想抱いてる男に受ける喋り方するとどうしても不自然になるし。『ふええ』とか、そんなの現実で言う人間いないでしょ」


 それを本人が言うのか。


 頬が引き攣る。


「一体、何の用だ?」

「さっき言ったでしょ。お願いがあるって。あんたらなんかに相談するなんて業腹なんだけど」


 蛇川はふんぞり返りながら吐き捨てた。


 俺に妹萌えはわからない。しかし、学園の妹として男たちを惹きつける蛇川イチゴのキャラクターが目の前で瓦解するその有様はかなりショックだった。


 ここまでキャラクターが変わる様を見ると恐怖すら覚えた。


「っていうかさ。ここは来た客にお茶の一つも出さないの?」

「……」

「ちょっと金髪、購買でコーヒーでも買ってきてよ。あ、ブラックね。甘いのなんて買ってきたらぶっ殺すから」

「…………」

 

 ふええ。この人怖いよぉ。

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