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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その2
135/138

キラークイーン

 1学期の登校日もあと数日に迫る。


 晴嵐学園は夏休みを目前にした生徒たちの活気で溢れかえっていた。


 当然、そこに至るまで期末テストなんていう苦しいイベントがあった。


 しかし、俺はその試練を不断の努力で乗り越えーー


「何調子いい事言ってるんですか」


 遮られる。


「不断の努力って言葉の意味知ってます? 常日頃から絶え間なく続けている努力のことを言うんですよ。吉岡さん普段勉強しないからあんなに苦労させられたんじゃないですか」


 桐花が持っていた小説で俺の頭をペチペチと叩いてきた。


「うるせえな。赤点取らなかったんだからいいだろうが」

「そんなの当然です。あそこまで勉強教えて赤点なんて取ってたら本気でぶん殴ってましたよ」

「まあまあ、桐花さん。吉岡くんも今回は頑張ったんだから。ね?」


 放課後の部室。


 俺と桐花、そしてクラスの担任であり相談部の顧問である清水先生がのんびりと過ごしていた。


「本当に今回は頑張ったね吉岡くん。中間テストと比べると見違えるようだわ」

「でしょう? やっぱ俺の努力がーー」

「ほとんど私の努力ですよ!」


 いやー、その辺りは本当に感謝してます。はい。


「今日は頑張った吉岡くんのご褒美と、勉強を見てくれた桐花さんへのお礼にお菓子持ってきたから、いっぱい食べてね」


 清水先生はそう言って大きな紙袋を机の上に置いた。


「ず、随分と多いですね」


 紙袋の中にはお菓子が大量に詰まっている。流石の桐花もその量に引き気味だった。


「実はね、ここ最近友達から貰ったお土産なんかが山積みになっちゃってね。1人で食べきれないから持って来ちゃったの」


 そう言ってお茶目に笑う。

 

 なるほど、俺たちは処理係か。全然構わないが。


「珍しいものも多いから、ほら食べて食べて」

 

 袋の中身を取り出して机に並べていく。確かに見たことのないお菓子の箱……というか、ほとんど英語表記だった。


 桐花も疑問に思ったらしく、先生に問いかける。


「あれ先生? これどこのお土産ですか?」

「ヨーロッパのよ。イギリスとかフランスとか、色々回ってきたみたい」


 ヨーロッパ旅行。

 

 不思議と頭に引っかかる単語だった。なぜかこれ以上踏み込んではいけない気がする。


「か、海外旅行っすか。羨ましいっすね」

「そうね、本当に羨ましい。新婚旅行が海外なんて」

「っ!?」


 うふふ、と笑う先生。


 しかしその目はやっぱり死んでいた。


 思い出した。確か先生の学生時代からの友達が結婚して、新婚旅行にヨーロッパに行くって。


 そんな話をついこの間したばかりだ。


「おい桐花。またしても先生の地雷案件だぞ」


 先生に聞こえないような声で桐花に囁く。


 先生はこうやって自分で地雷を持ち込んでは、俺たちが踏むたびに落ち込むことがある。


 今回またしても、お土産とともに地雷が持ち込まれた。


 桐花も小声で返してくる。


「ここから先は慎重に動いてください。すでに地雷はあらゆるところに設置されていると考えていいでしょう」


 俺たちがすべきことは、この地雷原を抜け出すことだ。


「地雷を踏むことなく無難な会話を続け、穏便に先生に帰ってもらいましょう」

「……お前、わりかし酷いこと言ってるな」

「仕方ないでしょう! 落ち込んだ先生を慰めるの私だってしんどいんですからね!」


 それはその通りだ。


「桐花さん、吉岡くん、さっきから何を話してるの?」

「なんでもありません。さあ吉岡さん、お菓子いただいちゃいましょう」

「そうだな。せっかく先生が持ってきてくれたことだし」


 誤魔化すように声を張る。


「そ、そう? じゃあ、遠慮せず食べて」


 机に並べられたお菓子の数々。


 さて、どれを選んだものやら。地雷はどこに仕掛けられているのかわからない。


 俺は適当な箱を選ぶ。


「これもらいますね」


 中には球体の大きなチョコレートが入っていた。そのチョコがまるで果物のようにカットされている。


「なんだこの形? みかん?」

「オレンジよ。イギリスで有名なオレンジの形を模したチョコレートね」

「へー、いただきます」


 一切れ口に入れると、チョコの甘味とともに柑橘系の風味が広がる。


 結構好きな味だった。


「美味いな」

「私も一ついただきます……あ、本当美味しいですね」


 一切れ食べた桐花が早速二切れ目に手を伸ばした。


 先生はチョコのパッケージを手に取って見ながら笑みを浮かべる。


「私の友達、オレンジが好きでね。オレンジ味のお菓子とかついつい買っちゃうんだって。ふふふ、好きな色までオレンジ色なのよ」

「それはまた、筋金入りっすね」

「ええ。結婚式のドレスもオレンジ色だったわ」

「……」


 どうやら、俺は早速地雷を踏み抜いたらしい。


「綺麗だったなあ、オレンジ色のドレス。ああいう派手な色合いは若いうちにしかチャレンジできないわよね……私も、若いうちにチャレンジできるかしら?」

 

 遠い目をする先生。


 俺は机の下で桐花に足を蹴られた。


「何やってるんですか。慎重に動けって言ったじゃないですか」

「こ、こんなのどう予想すりゃいいんだよ」

 

 オレンジの形のチョコ一つでこんなことになるなんて、想像できるわけがない。


「わ、私はこのクッキーもらいますね」


 桐花は声を張り上げてクッキーのイラストが描かれた箱を開けた。漂う甘い香り。

 

 桐花にならって俺も一枚いただく。


「うわ。これ甘いですね」

「というか、すげえ濃いな。なんだこれ?」


 今まで食べたどのクッキーとも違う感じがする。 


「入れてるバターの量の違いね。あっちは日本と違ってバターをたっぷり使うから」

「なるほど。私好みの味ですね」

「そうか? 甘すぎねえか?」

「まあ、好みは人それぞれだから」


 諭すように微笑みを浮かべる先生。直後、その笑みが曇った。


「友達とその旦那さん、味の好みが似てるんですって。新婚旅行も食べ物では揉めなかったって。いいなあ、結婚するならやっぱりそういった好みが似てる人がいいわね。まあ、私はそんな贅沢言ってられる立場じゃないんだけどね」

「……」

 

 先生の地雷を踏んだ桐花の足を軽く蹴飛ばす。


「お前、迂闊だぞ」

「わ、私、クッキーが好みの味としか言ってないんですけど!?」

 

 先生の地雷の繊細さを舐めるなよ。羽毛が触れる程度の圧力でも簡単に爆発するんだからな。


「他に何があるかな」

 

 先生の持ってきたお菓子はまだまだたくさんある。


 様々なチョコにクッキー、名前のよくわからないお菓子まで。

 

 さらに、どうやら紅茶らしき缶もある。残念ながら部室に給湯設備がないため淹れることができないが。


 物珍しさから読めもしない英語が書かれた箱を眺めていると、一つだけ見覚えのある箱が目に入った。


「これ、マカデミアナッツのチョコレート?」


 以前親が貰ってきたお土産と同じパッケージだった。


「なあ桐花、マカデミアナッツのチョコってヨーロッパの土産だっけ?」

「いえ、有名なのはハワイのものですけど……あ、ハワイって書いてある」


 桐花が指差した先に、かろうじてHAWAIIと書かれた文字が読めた。


「なんでハワイのお土産が」

「あ、それ別の友達のお土産よ」


 先生が思い出したように声をあげる。


「同じ時期にハワイに行った子がいて、そのお土産も今日持ってきたの」

「へー、ハワイか。ハワイ旅行も羨ましいっすね」


 日本から出たことがない俺にとって、海外旅行と聞いてまず思い浮かべるのはハワイだ。


 以前見た旅番組がハワイ特集だったこともあり、一度行ってみたいと思っている。

 

「今の時期に行けたら最高っすね。海を泳いだり、火山を見たり、なんかやたらとでかいハンバーガーを食べたり」

「そうね。友達はそれ全部、恋人とやったそうよ」

「……っ」


 テンションが上がりすぎていたようだった。


 桐花にゲシゲシと足を踏まれる。


「恋人なんて、いったいいつの間に。いえ、私たちの年だといない方がおかしいんだろうけど……でも私、恋人と旅行なんてしたこと……」

「何やってるんですか吉岡さん。かなりわかりやすい地雷だったじゃないですか」

「……俺が悪かったから、足踏むのもう勘弁して」


 先生が持ち込んだ地雷はヨーロッパ製だけでなく、ハワイ製の物もあったようだ。


 というか、ここにあるお土産どれに触れても爆発する気がする。


 俺と同じ結論に至ったのか、桐花が話題を変えた。


「じ、実はですね。私もこの前のゴールデンウィーク、旅行に行きまして。もちろん海外じゃなくて国内ですけど」

「へ、へー。どこ行ってきたんだ?」


 俺も話を合わせる。


「静岡の熱海です。私の進学祝いに家族で」

「熱海か。温泉街だっけか?」

「はい。すごかったですよ、街全部が観光地って感じで」


 ふむ、ヨーロッパとハワイもいいが、国内の旅行も捨てがたいな。


「羨ましい。俺の進学祝いなんて近場の焼肉だったぞ」

「私は熱海で海鮮系でしたね。美味しかったですよ、金目鯛の煮付け」


 桐花がドヤ顔で自慢してきやがる。

 

 ドヤ顔はムカつくが、話題が桐花の思い出話である以上地雷は存在しない。


 このまま旅行の話を続ければ安全に地雷を避けることができる。


 なんて思っていたのだが……どうやら甘かったようだ。


「へー桐花さんが熱海に。私も昔友達と行ったなー」

「っ」

「っ」


 懐かしむような先生のセリフに俺たちは身を凍らせる。


「学生時代はお金がなくてあまり行けなくて、でも社会人になったら今度は時間がなくて行けないジレンマがあってね。年に一度なんとか時間作って仲のいい子達と旅行に行ってたなー。もうみんな……恋人とか、旦那さんと行くから、そんな機会……どんどん無くなっちゃって……!」


 とうとう先生が涙を流し始めた。


「桐花ぁ」

「ちょ、ちょっと! こんなのいくらなんでも避けようがないですよ! 私の話がなんでこんなことに!?」


 俺たちの認識が甘かった。


 先生が持ち込んだ地雷を避ければどうにかなる話じゃなかった。


 先生はあらゆるものを地雷に変えることができる能力者だったらしい。


「おいどうすんだこれ。大人が泣いてる姿見るの、結構胸に来るんだけど」

「そんなこと私に言われても……えっと……あの」


 桐花はキョロキョロと辺りを見渡す。



「…………先生が持ってきたお土産に、お酒ありませんかね?」

「酔わせて嫌なこと忘れさせるって、最悪のやり方じゃねえかよ」

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