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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その2
134/138

野郎と恋バナ

 相変わらずの雨が降りしきるある日の放課後。


 その日は珍しく桐花が部室に来ておらず、俺は1人ボーッとスマホをいじっていた。


 どうせ校内を歩き回ってあいつ好みのネタでも仕入れているのだろう。普段がやかましい分、いないとずいぶん静かに感じる。


 どこか物寂しさを感じる部室で1人過ごしていると、コンコンとノックの音。


「はいはい、どうぞ」

「お邪魔するでござるよ」


 中に入るよう促すと、妙な口調の男が入ってきた。


 同じクラスの漫研部員、進藤学だ。


「おや。今日は吉岡氏1人でござるか?」

「ああ。桐花は多分学校をほっつき歩いてる」

「ふむ……そうでござるか」


 進藤は思案顔で黙り込む。


「ん? どうした、なんか桐花に用事でもあったか?」

「いえ、桐花氏というよりは、相談部のお二人にお頼みしたいことがあったのでござる」


 そう言ってカバンの中から紙の束を取り出す。


 やや見覚えのあるそれを見て、俺は眉を顰めた。


「先日、以前より執筆していた相談部のお二人をモデルにした漫画『ツンデレ探偵部』が完成しましてな。お二人に読んでいただき感想をもらおうと思ったのでござるが」

「てめえ、いい度胸してやがんな? 俺も桐花も作成許可を出した覚えはねえぞ」


 俺をモデルに漫画のキャラを描くだけでも業腹ものなのに、内容が桐花モデルのキャラとのラブコメって、どんな嫌がらせだ?


「しかし、桐花氏がおらぬのであれば……仕方ないでござる、また別の機会に」

「それ処分してやるから置いてけよ」


 進藤は俺の言葉を無視して持ってきた漫画を鞄にしまう。


「そうでござるか。今日は吉岡氏1人なのでござるね?」

「まあな」

「……ふうむ」


 何やら考え込みながら、進藤はじっと俺を見つめてくる。


「なんだよ」


 向かいの席に座った進藤は顔を寄せてくる。


「今日は吉岡氏と2人きりでござるね」

「気色悪いこというなよ」

「男2人……密室……何も起きないはずがなく……」

「……それ以上近づいたら、本気で殴るからな」


 身の危険を感じる。おそらく正当防衛が成立するだろう。


「ヨシ! 吉岡氏、ここは一つ恋バナと洒落込みましょうぞ!」

「はあ?」


 急に意味不明なことを言い出した。


「あっ、言っておくでござるが、この『ヨシ!』は、『吉岡氏』とかけたわけではないでござるからな」

「うるせえよ」


 余計なことまで言い出した進藤を一蹴する。


「なんだって、恋バナ? お前と?」

「そうでござる。お互い思春期の高校生、甘酸っぱい話の一つや二つあるでござろう」

「なんで野郎と恋バナなんかしなきゃなんねえんだよ」

 

 どんな罰ゲームだ。


「何を言うでござる。そもそも恋バナとは、異性とするものではなかろうに」

「それは……まあ、そうか」


 進藤の言う通り、どれだけ仲が良くても女子と恋バナなんてハードルが高い。


「そもそも、吉岡氏は普段ずっと桐花氏と一緒にいるでござるからな。桐花氏がおらぬ今は恋バナをする絶好の好機でござろう」

「……確かに」


 桐花が近くにいる状態で恋バナなんて絶対できない。


「別に恋バナすんのはいいけど、俺に話せることなんてねえぞ?」

「そこはこの敏腕MC進藤に任せるでござる。巧みな話術で吉岡氏の恋愛遍歴を白日の元に晒して見せましょう」

「敏腕MC」


 思わず鼻で笑ってやった。


「まあいい。じゃあ進行頼むぜ敏腕MCさんよ」

「ご期待にお応えするでござる」


 そう言うと進藤は両手で頬杖をつき、小首を傾げながらやたらと作った声で話しかけてきた。



「ねーねー吉岡氏、吉岡氏。最近チューした?」

「2度と敏腕MCなんて名乗るな」


 

 最悪のスタートだった。


「吉岡氏意外と女子との絡みがあるでござるからな。チューの一つや二つ経験あるでござろう」

「嘘だろ。そのまんま続けんのかよ」

「で、どうなんでござるか?」


 どうって……。


「まあ、()()はしてないかな」


 昔はしてたみたいな言い方は、せめてもの見栄だ。


「おや、意外でござるな。てっきり桐花氏と部室でチュッチュ、チュッチュしてるかと」

「あいつと? なわけあるか」


 なんだその気持ち悪い擬音。


「男女2人……密室……何も起きないはずがなく……」

「何も起きてねえよ」


 とんでもねえ風評被害だ。


「しかし、吉岡氏と桐花氏が付き合ってると思ってる生徒は多いはずでござるよ? 何せ四六時中一緒にいるでござるからな」


 そりゃあ、俺がこの学園で一番一緒にいる時間が長いのは間違いなく桐花だ。しかし、だからと言って恋愛関係にあるわけではない。


「あいつとは別に付き合ってねえって」


 そんな甘酸っぱい雰囲気になったことなど一度もない。


「つうか、まず俺に恋人はいねえよ」

「ふむ、そうでござるか」


 進藤は微妙に納得いってなさそうな視線を向けてくる。


「では他の女子とはどうなのでござる?」

「他?」

「他の相談部女子でござるよ」

「……ああ」


 今更であるが、相談部の部員は俺以外全員女子だ。


「まずは秋野楓氏でござるな」

「秋野か」

「吉岡氏的にはどうでござるか?」

「秋野かぁ」


 これまでの秋野とのやりとりを思い出す。


「……ねえな。絶対にない」

「そ、そんなはっきりと言い切れるものなのでござるか!?」


 何度考えても断言できる。


「な、なぜでござる? 秋野氏といえばあのさっぱりとした性格で男女ともに友人の多い人気者でござるよ?」

「いや、あいつの性格の良さは知ってるけど」


 ただあいつの本質はどこまでいってもブラコンだ。法が許すなら弟と結婚しかねない。


 秋野から見ても、俺を恋愛対象として見ることはないだろう。


「そ、そうでござるか。吉岡氏の好みのタイプは難しいでござるな」


 好み云々の問題ではなく、生き方の問題だと思う。


「では樹このは氏はどうでござるか?」

「今更だけど、なんでお前うちの部員のこと詳しいの?」


 幽霊部員である2人がこの部室で進藤と会ったことはないはずだが。


「何を言うでござるか。相談部は設立当初から注目の的だったでござるからな。そこの部員ともなれば幽霊部員であろうと噂されるでござるよ」

「そんなものか」


 こいつ変に情報通なところあるな。


「で、樹氏はどうでござるか?」

「樹か……」

「樹氏、実は密かに男子から支持を集めているでござるからね」

「え、マジで?」


 こうやって驚くこと自体樹に失礼だが、男子からの密かな支持というのは初耳だった。


「ええ。ああいう目隠れ系が実は美少女というのは鉄板でござるから。内心期待している男子が多いでござる」

「ああ、そういう」

「それに……でござるが」

 

 そう言うと、進藤は周囲を気にするように声を潜める。


「樹氏と同じクラスの男子から聞いた下世話な話でござるが。体育の授業中で体操服を着た樹氏、何がとは言わぬが凄かったらしいでござる」

「…………マジで!」


 俺は目を見開いた。


「いやな、実は俺もそうなんじゃないかって思ってたんだよ。あいつ猫背で夏でもダボダボのカーディガン着ててわかりづらいけど、実はすげえポテンシャルを秘めてるんじゃないかって。たまにあいつ部室で本読んでて疲れると伸びをするんだけど、その時にーー」

「あ、あの吉岡氏? ちょっ……この人すごい喋るでごさる!」


 慌てた進藤にストップをかけられる。


「こ、これ以上は恋バナではなく猥談になりそうでござる。つ、次いきましょう」

「なんだよ。ちょっと興が乗ってきたのに」

「それでは本命、桐花氏のことはどうなのでござるか?」


 桐花?


「おいさっきも言っただろ。あいつとは別に何もないって」

「そうは言っても、普段から一緒にいる一番距離の近い女子でござろう? 思うところがあるのでは?」

「思うところって……」

「それに、何だかんだ言って桐花氏、外見の可愛らしさは有名でござるからな」


 まあ、そりゃ知ってるけど。


「小柄で可愛らしい顔立ち、特に目がぱっちりしていて魅力的だともっぱらの噂でござる」

「……その噂、見た目はいいけど中身がなあ、って続くやつだろ」

「で、どうなんでござるか? ぶっちゃけ桐花氏と付き合ってみたいと思ったりしないのでござるか?」


 進藤が身を乗り出しながら問いかけてくる。

 

「まあ、この学園で一番仲の良い女子は誰かって聞かれたら、桐花って即答するよ。見た目は可愛らしいのもよく知ってる」

「おおっ!」


 俺の回答に進藤が目を輝かせる。


「ただな……」

「ただ?」


 俺はため息をつきながら続けた。



「俺、他人の恋愛見て涎垂らすような女はちょっと……」

「誰が涎垂らす女ですか!!」



 直後、部室の窓が大きな音を立てて開け放たれる。


 窓の外で、憤怒の表情を浮かべた桐花が仁王立ちしていた。

 

「き、桐花氏!?」

「お、お前何やってんだ!?」

「黙って聞いていたら、よくもそんな好き勝手言ってくれますね!」

「ま、まさか俺たちの話を盗み聞きするために、そんなところにいたのか?」


 桐花は窓枠をよじ登って部室に入ってくる。雨に濡れてびちょびちょだった。


「私が一体いつ、涎なんて垂らしたというんですか!」

「いや、実際目の前でいちゃついてるカップル見てるお前、結構すごい顔してーー」

「そんなわけが、無い! 風評被害もいいところです!!」


 今にも噛みつきそうな表情で威嚇してきた。


「そもそもなんで進藤さんと恋バナなんてしてるんですか!」

「なんでって」


 暇だったからとしか。


「するならまず私とでしょう!? 吉岡さん今までその手の話一度もしてくれなかったくせに!」

「お前と恋バナ? そんなの絶対嫌だ」

「なぜです!? 私はただ吉岡さんの過去の恋愛とか、吉岡さんの恋愛観とか、そういうのを全部知りたいだけなのに!」

「だから嫌なんだよ」

 

 お前にその手の情報握られて、ろくな結果になるとは思えない。


 桐花は俺の目の前にドカッと座り、身を乗り出してくる。


「さあ、恋バナの続き始めますよ。今日は私が満足するまで帰しませんからね!」

「待て待て、俺はもう十分喋っただろ。次は進藤のーー」

「じゃあ吉岡氏、自分はこれで帰るでござるね」

「あってめえ!」

 

 気がつけば進藤はすでに逃げる準備ができていた。足早に部室から去っていく。

 

 目の前の桐花が、獰猛な目つきで舌なめずりを行う。


「さて、2人きりです。逃しませんよ?」

「……これ絶対恋バナじゃねえよ」

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