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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その2
133/138

心霊ブームの後始末

 梅雨入りと同時期に、晴嵐学園では未曾有の心霊ブームが巻き起こった。


 生徒たちの関心は常に新しく噂されている心霊現象。昨日3階の男子トイレで幽霊が出たという噂がたてば、今日には裏門で八尺様に遭遇したという噂がたつ。


 毎日毎日7つどころではない不思議な話が出てきて広まっていくその様子は見ていて異常だった。


 しかしそんな熱烈なブームも一過性のものであり。蓋を開けてみれば、心霊ブームの流行は梅雨明けよりも早く過ぎ去っていった。


「流行なんてそんなものですよ。インフルエンザと一緒ですね」


 と言ったのは、ブーム中その手の相談をされまくった心霊探偵桐花咲。


 桐花は相談された心霊現象の正体を片っ端から解き明かすことで、この心霊ブームの収束を早めた。心霊ブームがインフルエンザなら、こいつはそのワクチンと言ったところか。


 さて、この心霊ブームだが、ここまで急速に流行したのは訳がある。


 それは、ある不器用な男子の企み。


 その男子は思い人へ告白を画策していた。そのために心霊ブームを意図的に作り上げるという、何とも大仰な作戦を決行したのだ。


 しかし、心霊ブームを利用した告白は不発に終わる。その男子以上に不器用な女子が、妨害工作を働いたからだ。


 かくして晴嵐学園の心霊ブームは、本来の役目を果たすことなく終焉を迎えた。


 桐花に舞い込む心霊相談の件数も徐々に減っていき、最終的にはいつもの相談部のように閑古鳥が鳴く有様だった。


 それからしばらく。学園の生徒全員が心霊ブームのことなど忘れ去った頃、相談部に(くだん)の不器用な男子が訪れていた。


「え、えっと。そのせつは色々と、ご迷惑をおかけしました」


 今回の心霊ブームを作り上げた黒幕、マスメディア部の百目鬼(どうめき)先輩だ。


「お久しぶりです。百目鬼先輩今日は1人ですか?」

「う、うん。神楽坂は別件があってね」

 

 神楽坂先輩。


 前回百目鬼先輩と共に心霊ブームの真相を調べていた女子の先輩だ。そして、百目鬼先輩が告白に失敗した思い人でもある。


「じ、実は。今日きたのは相談部の2人に依頼があって」

「依頼ですか?」

「う、うん。例によって心霊相談なんだけど……」


 言いづらそうに言葉を口にする先輩に対して、桐花はキョトンとした表情を返した。


「心霊相談? 今更ですか?」


 何度も言うようだが、学園の心霊ブームはとっくに終わって過去のものとなっている。それなのに今更心霊相談を持ち込まれるなんて思ってもいなかった。しかもその相手がオカルトに造詣が深く、心霊ブームまで作り上げた百目鬼先輩からされるなんて。


「そ、そうなんだ。なぜか今になって、学園全体で奇妙なおまじないが流行ってる」

「おまじない……」

「『幸運のおまじない』こんなものが何で今更流行しているのか、その真相を突き止めてほしい」


 百目鬼先輩が語ることによると、そのおまじないの内容はとてもシンプル。午後5時ちょうどに部屋の窓を30秒間だけ開けると、澱んだ()が外に出て、良い()だけが部屋の中に残り、運気が良くなる。というものだった。


「えらい簡単というか、ただの換気じゃないっすか」

「お、おまじないなんてものは簡単なものであればあるほど流行しやすいんだ。君の言った通りただの換気だから、やって損はないしね」


 最近学園ではエアコンが稼働し始めて窓を閉めっぱなしにすることが増えた。空気の入れ替えのついでに幸運になるのであれば随分とお手軽だ。


「こ、このおまじないが学園中でいま流行してる。放課後に部活やらで学園に残った生徒が5時になると一斉に窓を開けだすんだ。ちょ、ちょっと不気味だよ」


 不気味だと言いながらも、そこはやはりオカルト好きらしく目が輝いていた。


「れ、例によってこのおまじないが流行しているのはこの学園だけ。つまりこの学園の誰かがおまじないを広めたんだ」

「……まさか、また百目鬼先輩が黒幕だった。なんてオチはないっすよね?」

「い、いやいや! 流石に今回は違うって!」


 この人には前科があるからな。少しだけ不信感。


 桐花が百目鬼先輩に質問を投げかけた。


「百目鬼先輩。このことは記事にするつもりですか?」

「い、いや。今回は完全に僕の趣味だ。ブームが去った後に、今更心霊関係の記事は書かないよ」

「なるほど。だから1人行動を」

「……ま、まあ。それもあるかな」


 百目鬼先輩はあいまいに笑った。


 百目鬼先輩は心霊ブームを利用した告白が不発に終わった後、改めて真正面から神楽坂先輩に告白して振られた。そう考えると今はかなり気まずい関係なのかもしれない。


「ちなみに百目鬼先輩。百目鬼先輩もこのおまじないを?」

「う、うん。僕はこの手のことは必ず自分で検証するようにしてるから。噂を聞いてから毎日マスメディア部の部室でやってるよ」

「効果はどうですか?」

「……く、空気が綺麗になったな。としか」


 そりゃそうだ。


 桐花はしばらく口元に手を当てて考え込んだ後、顔を上げてこう言った。


「今からマスメディア部の部室にお邪魔しても良いですか?」



 マスメディア部の部室は相談部の部室と違い、古い木造の部室練ではなく、数年前に建て替えられたばかりの本校舎の2階に存在している。


 同じ文化系の部活なのに若干不公平さを感じて、そのことを指摘すると百目鬼先輩は少し誇らしげに答えた。


「マ、マスメディア部は晴嵐学園ができた当初から新聞部として存在してたからね。学園のニュースをずっと発信してきたマスメディア部は学園からしても重要な存在なんだろう」


 百目鬼先輩の言う通り、学園に長年貢献してきたマスメディア部とぽっと出の相談部では重要度が違うか。


 そんな話をしていると、マスメディア部の部室にたどり着く。百目鬼先輩が扉をノックするが、返事はなかった。


「め、珍しい。全員出払ってる……鍵くらいかけろよ」


 そう愚痴りながら部屋の中に入る。


 中はやはりと言うべきか、相談部の部室と比べてかなり広かった。


 部屋の中に並べられた机の上にはそれぞれノートパソコンが置かれている。まさか、部員一人一人に支給されているのか?


 最後の1人が出て行く時にエアコンを切ったらしく部屋の中は蒸し暑かった。百目鬼先輩がエアコンをつける。


「えっと、ぼ、僕の席がそこ」

 

 百目鬼先輩は窓のすぐそばにある机を指差す。


「良いとこっすね。日当たり良さそうで」


 窓はすりガラスだが、日光は十分に入ってくる。


「ぼ、僕、窓際族だから」


 などと微妙に笑えない冗談を飛ばされた。


「ちょっと失礼」


 桐花がそう言って百目鬼先輩の席近くの窓を開ける。


「おや。私たちの部室が見えますね」


 俺は桐花の後ろから窓の景色を覗き込む。


 向かって右手に柔道部の柔道場が。そして左手側に俺たちの部室がある部室練が見えた。2階からの景色だから、部室練全体がよく見渡せる。


「いつもこの席でおまじないを?」


 窓は百目鬼先輩の席とは別の場所にもう一つある。


「う、うん」

「……なるほど」


 桐花は外の景色を見ながらまたしても考え込む。


 そしてしばらくして窓を閉めるともう一つの窓に近づき、ほんの少しだけ開けて隙間を作った。


 桐花は身を隠すようにしゃがみ込みながら、そのわずかな隙間から外を覗く。


「何やってんだ?」


 桐花は俺の質問には答えず、外を見たまま百目鬼先輩に指示を飛ばした。


「百目鬼先輩はいつも通り17時になったらおまじないを行ってください」

「え?」

「多分それで、このおまじないの真相が掴めるはずです」

「わ、わかった」


 自信満々にそう告げる桐花に百目鬼先輩は頷いた。


 17時までまだしばらく時間がある。その間桐花はしゃがんで窓の隙間から外を見続けていた。


 しばらくの沈黙の後、外を見たままの桐花がおもむろに口を開いた。


「百目鬼先輩。あのあと三浦さんとは話をしてますか?」


 百目鬼先輩が目を見開いた。俺もまさかそのことを話題に出すとは思っていなかったので驚く。


 三浦琴。1年生ながらオカルト研究部部長であり、百目鬼先輩の中学時代同じ部活だった後輩。


 そして何より、百目鬼先輩への好意から、例の告白を妨害した不器用な女子生徒だ。


「……い、いや。最近話せてない」


 それはそうだ。告白の妨害もそうだが、百目鬼先輩は三浦からの好意を知っている。


「なぜです?」

「……な、なぜって」

「おい桐花」


 どう考えても踏み込んではいけない領域だ。俺は桐花を止める。

 

 しかし、桐花は止まらなかった。

 

「大事な話です。百目鬼先輩、なぜ三浦さんと話をしないんですか?」


 桐花の言葉には、嘘や誤魔化しが許されない真剣さが含まれていた。


 百目鬼先輩は渋々と言った様子で桐花の質問に答えた。


「しょ、正直言って何を話せば良いのかわからない。まさか三浦が僕に……えっと……」

「好意を抱いていることを知らなかった?」

「……そ、そうだよ。そんなこと想像もしてなかった」


 百目鬼先輩は躊躇いながら言葉を続ける。


「中学の部活で三浦とは、なんというか、ウマがあったんだ。オカルトの好みとか、か、考え方が似ててさ」

 

 桐花は黙って百目鬼先輩の話を聞いていた。


「だ、だから僕と三浦の関係は仲の良い先輩後輩。よくて友達くらいだった。甘酸っぱい、せ、青春みたいな空気には一度もならなかった」


 それは、百目鬼先輩がそう思っているだけで、三浦の方は違うのではないだろうか? 俺はそう思ったが口にはしなかった。


「か、考えたことなかったんだよ。三浦と付き合うとか、恋愛関係になるとか。い、今でも考えることができない」


 それは三浦からすればかなり残酷な言葉だろう。今この場で三浦に聞かれていなくてよかったと思えた。


「だから、み、三浦に対してどう接すれば良いのかわからない。それに、僕はか、神楽坂に振られたばかりだ。振られてすぐ別の女の子と仲良くするのは、ち、違うと思わないか?」

「……そうですか」

 

 桐花は百目鬼先輩の問いかけには答えず、話を打ち切る。


 それっきり、桐花は黙り込んだ。

 

 それからしばらく、17時になった。


「百目鬼先輩。お願いします」

「わ、わかった」


 百目鬼先輩は窓を全開にして、そのまま佇む。


 腕時計できっちり30秒時間を確認した後、窓を閉めた。


「こ、これで終わり」

「やっぱ、えらい簡単なおまじないだな」


 大した手間もない。気まぐれにやってみようという生徒が大勢いるのも納得だ。


 桐花は窓から離れ、ゆっくりと立ち上がった。


「……わかりましたよ。このおまじないの真相が」


 桐花の言葉に、俺と百目鬼先輩の目は見開いた。


「今の一瞬で?」

「ほ、本当かい桐花さん?」


 桐花はコクリと頷く。


「まず、誰がこのおまじないを広めたのかですが……百目鬼先輩、本当は誰が広めたのかわかってますよね?」


 桐花の視線は鋭く百目鬼先輩を射抜く。


「オカルトに造詣が深く、生徒たちに幸運のおまじないなんてものを広めることが容易くできる人物は、この学園にそういませんから」

「……やっぱそうなのか?」


 俺自身、この話を聞いてからずっと脳裏にチラつく存在があった。


 百目鬼先輩もやはり薄々勘付いていたのか、ため息をつきながらその人物の名前を口にする。


「や、やっぱり、三浦か」


 オカルト研究部三浦の特技は占い。その特技目当てに三浦の元を訪れる生徒が後を絶たないという。


 そんな三浦からすれば幸運のおまじないを学園中に広めることなんて至極簡単だろう。やってきた生徒に勧めるだけでいい。


「で、でもなんで三浦がこんなことを? 三浦はこういった根拠のないおまじないを理由もなく広めるやつじゃないぞ?」

「もちろん理由はあります。ただし、学園の生徒全員が幸運になるように、なんて殊勝な理由ではありません。他に理由があったはずです」


 理由か。


「その理由についてずっと考えました。そして、ある一つの結論に達しました。なぜこんなおまじないを広める必要があったのか、なぜ心霊ブームが終わった今広めたのか。その理由とは……」

「その理由とは?」


 桐花の言葉の続きを、固唾を飲んで待つ。

 

 その理由とは。


「エアコンが稼働したからです」

「…………は?」

「…………え?」


 俺も百目鬼先輩も、桐花の言ってる意味がわからなくて固まった。


「この学園のエアコンが稼働し始めたのは心霊ブームが終わってしばらく経った最近のこと。エアコンが動くまで、この学園の生徒たちは蒸し暑さを解消するために窓を開けてたんです」

「た、確かにおまじないの方法が窓を開ける、って内容である以上、エアコンが稼働して窓を閉め切った今じゃないと広まらないだろうけど……」

「あー、つまりあれか? 三浦はエアコンのおかげで閉め切られた学園の窓を開けるためにこんなおまじないを広めたってか?」

 

 俺が冗談めかして言うと、意外にも桐花は真剣な表情で頷いた。


「そうですよ吉岡さん。三浦さんは窓を開けさせるためにこのおまじないを広めたんです」

「いやいやいや。意味わかんねえよ。換気なんてさせて何がしたいんだよ?」

 

 三浦が学園の生徒の健康を考えてやったこと? それこそまさかだろう。


「換気じゃありません。三浦さんの目的は窓を開けさせることそのものです」

「だから、なんで学園の窓をーー」

「学園の窓じゃありません。この()()()()()()()の窓です」


 桐花は力強くそう告げた。


「百目鬼先輩。ここに座ってください」

「え? う、うん」


 桐花は百目鬼先輩の自席に座るよう促す。

 

 先輩が座るのを確認すると、窓を大きく開け放った。


「何が見えますか?」

「な、何って。柔道場とか、文化部の部室練だけど」

「そうですね。ならば、三浦さんがいるオカルト研の部室も見えますね?」


 それは当然だ。オカルト研の部室も文化部の部室練にある。


 窓から見れば、カーテンの閉まったオカルト研の部室が目に入る。


「座った状態でオカルト研の部室が見えるのであれば、()()()()()()()()()()()()からも、窓のそばに座っている百目鬼先輩の姿が見えるはずです」

「う、うん? まあ、そうだろうね」


 ピンときていない様子の百目鬼先輩。だが俺には桐花が何を言おうとしているのか理解できた。


 俺は百目鬼先輩に確認する。


「ど、百目鬼先輩。エアコンがつくまで部室でこの窓開けてましたか?」

「え、そりゃそうだよ。暑いし」

「最近は?」

「し、閉めてるけど」


 全身の力が抜けてへたり込んでしまうかと思った。


 この部室の窓、すりガラスだ。


「マジかよ……三浦、このために?」

「え、え? なんの話?」


 我ながら理不尽だが、まだ気づいていない察しの悪い百目鬼先輩の態度が良い加減むかついてきた。


 そんな百目鬼先輩に、桐花がことの真相を告げる。



「つまりですね百目鬼先輩。三浦さんは閉められた窓を開けさせるために、このおまじないを広めたんです。全ては放課後のこの時間、百目鬼先輩の顔を見ることを目的として」



 桐花の推理を聞いた百目鬼先輩があんぐりと大きな口を開いた。


「おそらく三浦さんは放課後オカルト研の部室から、マスメディア部の部室で窓を開けて座る百目鬼先輩の顔を見ることが日課になっていたのでしょう。でもエアコンが稼働して窓を閉めるようになってからはそれが叶わなくなった。だからこのおまじないを広めた」


 この部屋の窓はすりガラス。閉め切ってしまえば先輩の顔が見れない。つまり、窓を開けさせて先輩の顔を見るためだけにこのおまじないを広めたということか。


 すごい行動力だ。どこまでも遠回りで、どこまでも不器用だが。


「噂が広まれば百目鬼先輩が確実におまじないを試す。そうなることを百目鬼先輩のことをよく知る三浦さんは予想していた。30秒だけ窓を開ける。という内容も絶妙な時間設定です。仮にこれが10分だったら窓を開けてから時間が経つまでその場を離れてしまうかもしれません。30秒であれば窓を閉めるまでその場にいる可能性の方が高い」


 実際、百目鬼先輩は30秒の間ずっと窓際で佇んでいた。


 百目鬼先輩はまだ口を開けたまま絶句している。


「先ほど百目鬼先輩が窓を開けている間、オカルト研のカーテンが揺れるのを確認しました」


 17時からわずか30秒と言う短い時間、今日も三浦は先輩を目に焼き付けていたんだろうか。


「み、三浦が……そんなこと……」

 

 未だ呆然となっている百目鬼先輩に、桐花が真剣な眼差しを向ける。


「百目鬼先輩。毎日たった30秒あなたを見るためだけに、三浦さんがこれだけのことをした意味を考えてください」


 静かだが、強い思いのこもった言葉だった。


「別に今すぐ三浦さんの思いを受け止めろだなんて言いませんよ。神楽坂先輩のことを忘れろだなんて口が裂けても言えません。でも、ちゃんと三浦さんと話すべきです。あなたのことをこれだけ思うことができる人のことを、しっかりと見てあげてください。考えてあげてください」


 桐花の言葉を受けて、百目鬼先輩は決心したような表情を見せる。


「ぼ、僕ちょっと行ってくる」


 そしてそのまま大慌てでマスメディア部の部室から走って行った。


 その姿を俺たちは見送る。


「……まさかお前が、三浦の肩を持つとはな」


 三浦のことはかなり一方的に嫌っていたはずだが。


 桐花は鼻を鳴らしながら言葉を返してきた。


「三浦さんのことは今でも気に食わないですよ。あの2人がどうなるかは、あの2人次第です」


 ただーー。


 桐花は言葉を続ける。


「ただ、私は恋する女の子全員の味方なんです」

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