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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その2
132/138

フェチズム

 それはある日の放課後のことだった。


 天気は相変わらずの雨。梅雨入りしてしばらくの間、一度も晴れることなく降り続けている。


 6月下旬という事もありそれなりに気温は高く、湿気も相まってベタつくような暑さにうんざりさせられる。


 その日も俺と桐花は部室にて思い思いの時間を過ごしていた。


 幸いにも相談部の部室には古いながらも冷房が備え付けられており、稼働音が不安になる程大きいがしっかりと室内を快適な気温に保ってくれている。


 快適な空間で適当にスマホを弄っていたのだが、俺はふと独り言をこぼした。


「なんか、腹減ったな」


 小説を読んでいた桐花が顔をあげる。


「どうしたんですか、吉岡さん? そんな腹ぺこキャラみたいなこと言い出して」

「誰が腹ぺこキャラだ」


 どちらかというとそれはお前だろう。とは口にしなかった。


「小腹が空いてな。やっぱ昼飯うどん一杯じゃ足りなかったか」


 普段はうどんなんて頼まないのに、我ながら珍しいことをしたものだ。昨日テレビでやってたカップうどんのCMの影響だろうか?


「ちょっと購買行って何か買ってくるわ」

 

 放課後もしっかりと営業してるからありがたい。


 何を買おうか。今の気分的にはしょっぱい系じゃなくて甘い系だな。


「あ、じゃあ吉岡さん。私、何かチョコレートをーー」

「パシろうとすんな。お前も一緒にこい」

「ちぇー」


 口を尖らせながら桐花も立ち上がる。

 

 その直後、コンコンと部室の扉が叩かれた。


「桐花ちゃん、吉岡くん。遊びに来たよー」


 のんびりとした挨拶と共に入ってきたのは、桐花の中学からの先輩であり図書委員の泉先輩だった。


「珍しいですね先輩。どうしたんです?」

「うん。実はなー」

 

 泉先輩は持っていた手提げ鞄を見せるように上げる。


 ……何やら見覚えのあるカバンだ。いや、どこか覚えのある展開だった。


「実はまたお菓子作ってきてなー。みんなで食べよ思って」


『だからね、今日はお礼にお菓子作ってきたんや』

『うーん、多分名前を聞いてもわからんと思うよ? インドのお菓子やし』

『いやー、甘くて美味しいね!』


「っ!」


 蘇る記憶(トラウマ)。体が無意識に震え出した。


「桐花! 俺、用事思い出したから帰るな!」


 ダッシュで逃げようとしたが、桐花に襟首を掴まれて失敗に終わる。


「1人で逃げようとしないでください。お腹空いたって言ってたでしょう?」

「離せ! 俺はもう、あんな甘いもん食べたくない!」


 以前泉先輩がお礼と称して作ってきた世界一甘いお菓子グラブジャムン。

  

 根性で何個か食べたが、その代償はかなり大きかった。具体的にはそれからしばらくの間、後遺症で甘いものを見ただけて吐きそうになった。


「原理はわからねえけど鼻血まで出たんだからな! あの時は俺にだけ押し付けやがって! 今回はお前が何とかしろ!」 

「絶対嫌ですよ!」

「……あのー、聞こえとるんやけど」


 泉先輩は苦笑いを浮かべていた。


「いやー、うちも反省しとるんよ。実はこの前のグラブジャムンを親に食べさせたらえらい怒られてな。だから今回はそこまで甘くない()()やよ」

「そ、そうっすか?」


 その()()ってところが微妙に信用できない。


「というわけで、今回作ってきたのは、じゃーん『甘さ控えめサーターアンダギー』でーす」


 泉先輩が袋から取り出したのは茶色くて丸いお菓子。確か沖縄のドーナツみたいなお菓子だったか。


「はい、吉岡くんどうぞ」

「あ、あざっす」


 丸々一つ手渡されるサーターアンダギー。


 かなりのボリュームだ。野球のボールくらいの大きさで、ずっしりと重い。


 ……もしこれが()()と同じくらい甘かったら、俺は死ぬかもしれない。


「じゃ、じゃあ。いただきます」


 サーターアンダーギーを口に運ぶ手が震える。


「はっ、はっ……はっ!」


 体が拒絶反応を示している。


 あの時の記憶(トラウマ)が蘇る。地獄のような甘さ、鼻を突き抜ける香辛料、なぜか喉の奥で感じる鈍痛。


 手がこれ以上進まない。


「かはっ! は、はっっ!」

「……ちゃっちゃと食べてください」

「むぐっ!?」


 直後、桐花が俺の手を取ってサーターアンダーギーを無理やり押し込んできた。口の中に広がる甘み。


「……っ!」

「どうです、吉岡さん?」


 やや心配そうに覗き込んでくる桐花。


「……美味い」


 口の中に広がる甘さが、普通だった。


「美味い! なんて普通な甘さなんだ。控え目な甘さが、こんなにも美味いだなんて……!」

「嘘、吉岡さん泣いてます?」

「……なんか、すごい微妙な気分なんやけど」


 俺は1個目のサーターアンダーギーを食べ終え、すぐさま2個目に手を出した。



「あ、本当だ。ちょうどいい甘さですね」


 俺で毒味をすませた桐花がサーターアンダーギーを頬張る。一口が大きいせいでリスみたいになっていた。

 

「うーん。うち的には甘さが物足りひんなー」

「先輩。いい加減自分の味覚が常人とはかけ離れていることを自覚してください。中学時代、私が何回犠牲になったと思っているんですか」

「あ、やっぱりお前も痛い目見てたんだ」

 

 桐花は当時のことを思い出したのか、体を小さく震わせた。


「その点、このサーターアンダギーの控えな甘さは素晴らしいです。あっさりしていて、何個でも行けちゃいそうですね」


 桐花はそう言って2個目に手を伸ばした。


「これって確か揚げドーナツの一種だよな。何個も行ったらカロリーえぐいことなりそうだけど」

「…………」


 2個目に伸びてた手が引っ込んだ。


 まあ、俺はダイエットとは無縁の男子高校生だから気にせず食べるが。


 2個目のサーターアンダーギーの普通の甘さを噛み締めるように食べていると、泉先輩がこちらを見つめていることに気づいた。


 じっと、かなり真剣な目でこちらを見つめている。


「吉岡くんさあ……」

「えっと、はい? 何すか?」

「吉岡くんはもう坊主にせえへんの?」

「へ?」

 

 泉先輩の目線は俺の髪の毛に向けられていた。


「ほら、初めて会った時吉岡くん坊主やったやんか」

「ああ。そういや、そうっすね」


 初めて会ったのは、相談部を作るための部員集めの時だったか。

 

 俺はその時諸事情で坊主になりたて。男にしては結構伸ばしていた金髪をバッサリ切った状態だった。


「今のところ、坊主にする予定はないっすね」


 あれは運動部が気合を入れる時のようなポジティブ坊主ではなく、反省の意を示すために頭を丸めた不本意なネガティブ坊主だったのだ。


 それなりに伸びてきた今、再び頭を丸めたいとは思わない。


「そっかー、それは残念やなー」

「残念?」


 俺が坊主じゃないことの、何が残念なんだろうか?


 そう思っていると泉先輩は予想だにしないことを言い出した。


「実はな、うち坊主フェチやねん」

「……坊主フェチ?」


 泉先輩はコクリと頷く。


「うち、坊主頭の男子にグッとくるんよ。ええよね、頭の形がはっきりとわかる坊主頭って。個人的には頭皮が見える2mmカットより、10mmくらいの黒々としたのが好みかなー。あとゴリゴリの体育会系ですって坊主頭なのに、メガネかけてる知的なギャップもええよね」


 かなり濃い趣味をお持ちのお方だった。


「もともと運動部の真面目な感じの坊主頭がストライクやったんやけど、吉岡くんのヤンチャな金髪坊主見たらなー。なんかうち、新しい扉開いてもたかもしれん」

「……はあ」


 どうしよう。反応に困る。


「だからな吉岡くん。もう一度坊主にしてみいひん?」

「いや……それはちょっと」


 流石に先輩の好みだという理由で坊主頭にはしたくない。


「えー。はあ、こんなんなら吉岡くんが坊主の時に頭触らせてもらうんやった。坊主頭のジョリジョリ触感好きなんやけどなー」

「…………」

「吉岡さん。『女子の先輩に頭を撫でてもらえるなら、もう一度坊主にするのもありかな?』なんて考えてませんか?」


 桐花が恐ろしいほど正確に俺の思考を読んできた。


「先輩もフェチフェチって、はしたないですよ」


 嗜めるような桐花のセリフに、泉先輩は口を尖らせた。


「何を言うてるん桐花ちゃん。人間誰しもフェチズムは持ってるし、それは別にはしたないことやないんよ?」

「人間誰しもって、そんなの一部の特殊な界隈の人だけでしょう。先輩みたいな」


 桐花は呆れたようにため息をつく。


「ふっふーん。桐花ちゃんそんなこと言うてええんかな? こう見えてうちは桐花ちゃんの先輩やよ?」

「……どういう意味です?」

「桐花ちゃんが何フェチか、うちには全部お見通しってこと」


 泉先輩は不敵に笑った。 


「は、はあ? 何言ってるんですか。私にそんな変態趣味ありませんよ」

「ちっちっち。先輩の目は誤魔化せんで」


 そう言って泉先輩はビシリっ、と桐花を指差す。どこか普段推理を披露している時の桐花の姿に重なって見えた。


「ズバリ、桐花ちゃんは『手フェチ』や!」


 自信満々に言い放つ先輩。少しの間時間が止まったように思えた。


「………手フェチ? え、手?」

「そうや吉岡くん。桐花ちゃんは自分よりずっと大きくて筋張ってる男の子の手が好きなんや」

「いやいや、いくら桐花でもそれは……」


 なあ? 


 そう確かめようと桐花に視線を向ける。


「な、なっ!? そ、そんなわけないじゃないですか! 私が、て、手フェチ!? 風評被害もいいところです!」


 すると、そこには見たことがないほど挙動不審になっている桐花の姿があった。


「うち知ってるんやで? 中学の文芸部の部室になぜかあった手のデッサン本。よー熱心に見とったよね」

「じ、人体の構造に興味があっただけです!」

「手の甲に浮き出る骨の形がお好みなんやもんね?」

「何でそこまで知ってるんですか!!」


 語るに落ちた。


 俺は桐花の知られざる一面を目の当たりにして絶句していた。


「マジかよお前。手なんか好きなの?」

「ち、違いますよ吉岡さん! 私はーー」

「その通りや吉岡くん。多分吉岡くんの手にも熱い視線が注がれてたんちゃうかな」

 

 俺は思わず自分の手を見て、すぐさま背中の後ろに隠した。


「まさかお前! 普段から俺の手をやらしい目で見てたのか!!??」

「っっっっっ!!!!」


 顔を真っ赤にした桐花に、何度も足を蹴られた。

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