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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
相談部の日常 その2
131/138

悪口ゲーム

 学園の小動物系アイドル、九条真弓(くじょうまゆみ)は、俺と桐花にとって初めての依頼人だ。


 九条からの依頼は中学からの友人剛力猛(ごうりきたける)と晴嵐学園柔道部を巻き込んだ大きな事件に発展し、俺がなんやかんやで桐花と一緒に相談部を立ち上げるきっかけとなった。


 そんな九条が相談部を立ち上げてから初めて部室に訪れていた。


「桐花さん、吉岡くん。久しぶり」


 小動物系アイドルの異名を持つだけあって九条は非常に小柄。桐花も大概小柄な方だが、九条はレベルが違う。


 多少大人びた小学生だと言えば大抵の人間は騙せるだろう。


「ごめんね。本当はもっと早くに遊びにきたかったんだけど」

「いえいえ。九条さんお忙しいみたいですし」

「ああ。柔道部のマネージャーなんて重労働だろうしな」


 この九条、なんと俺の友人であるタケルに心底惚れ込んでおり、持ち前の積極性を活かしてタケルが所属する柔道部のマネージャーになった。


 現在はタケルのすぐ近くで猛アピールの真っ最中である。


 ……まあ猛アピールというよりは、タケルの逃げ道を奪う作業を着実に進めている、と言うべきか。


「マネージャーって九条1人だろ? 大丈夫なのか?」


 晴嵐学園の柔道部は強豪で、部員数はかなり多い。こんなに小さな女子が1人でマネージャー業を務めているのが信じられなかった。


「大変なのは大変だけど、楽しいよ。タケルくんの側にいれるしね」


 九条は照れた様に笑った。


「栄養管理の名目で毎日お昼を一緒にできるし」

「最高ですね!」

「お熱いこって」


 大人しそうな見かけによらず積極的。根っこからの肉食系である。


「最適な栄養バランスを考えたお弁当。理想的な体づくりはやっぱり食事からだよね」

「……理想的な体って柔道選手として? それとも九条好みの体付きって意味で?」


 そんなことを聞くと、机の下で桐花に足を蹴り飛ばされた。


「そういやタケル、団体戦の選手に選ばれたって?」

「うん。夏の大会のね。一年生で選ばれるのってすごいんだから」


 九条は自分のことのように得意そうだ。


「やはり愛の力ですね。団体戦で全国に出場すれば恋愛許可証の入手はほぼ確実。剛力さんは九条さんに告白するために頑張ったのでしょう」

「あ、愛って……流石にそれだけじゃないだろうけど」

「剛力さんの活躍で団体戦優勝。全国行きが決定した瞬間、会場中の注目を集める中で九条さんに愛の告白を……!」

「さ、流石にそれを受け止める度量はないかな!」


 桐花のとんでもない妄想に九条の顔は真っ赤だった。


「まあどっちにしても柔道で全国行くのはあいつの悲願だ。気合いも入るってっもんだろ?」


 かねてからの目標、それに九条との関係性を加えてこれまで以上に練習に入れ込んでるのは目に見えてる。

 

 しかし、俺の言葉に九条の顔が歪む。


「どうした?」

「そのことなんだけどね。ちょっと相談したいことがあって……」

「相談したいことですか?」


 俺と桐花は顔を見合わせた。


 九条は言葉を続ける。


「タケルくん。最近明らかに気合いが入りすぎてて……」

「いいことじゃねえか?」

「ううん。そのせいでちょっとオーバーワーク気味なの」

「はあ? またかよあいつ」


 柔道に熱中しすぎるあまり、体の限界を超えた練習をしようとする。昔からの悪い癖だ。


「もちろん私も止めたんだけど聞いてくれないの。体を壊さないラインを死守してるから大丈夫だって」

「あの野郎。小癪なことしやがる」


 柔道部のマネージャーをしているとはいえ、九条は柔道経験のない素人だ。そう言われてしまえばそれ以上口出ししようがない。


「部長さんに剛力さんを止めるよう進言したらどうですか?」

「ああ、いいんじゃねえか? あいつ上の人間の言うことは聞くだろうし」


 いい提案だと思ったのだが、九条は首を横に振る。


「それもダメ。なんというか、タケルくんに引っ張られて柔道部全体が気合い入りまくってる感じで」

「……いい影響なのかそうじゃないのか微妙なところですね」

「いや、傍迷惑だろ」


 困ったな。


 いくら体を壊さないラインを死守してるとはいえ、オーバーワークなんてやっていい結果になるとは思えない。

 

「部外者の俺がタケルを止めても聞きはしないだろうよ。他の部員があてにならない以上、ここは九条に頑張ってもらうしかねえな」

「そうです九条さん。ビシッと言ってやってください」

 

 しかし、九条の反応は芳しくない。


「なんていうか、あまり強く言えないんだよね。タケルくんが頑張ってる理由の一つが私だと思うと……その……」

「……はいはい惚気惚気」


 頬を赤らめて照れる九条を見ると、こっちまで赤面しそうだった。


「だけど言うしかねえだろ。タケルのためにもよ」

「そうですね。ここは九条さんが怒らないと」

「怒る。怒るかあ。私あまり怒ったりしたことないんだよね」


 まあ確かに、九条の性格は穏やかなもんだ。


 温厚な肉食獣。


「じゃあ九条さん。試しに吉岡さんのこと怒ってみてくださいよ」

「ええ? 別に吉岡くんに怒ることなんてないし」

「なら悪口を言ってみてください。練習だと思って」 

「悪口と怒るって違わねえか?」

「何言ってるんですか。どちらも自分の心の中に押し込んだストレスを外に出す行動ですよ。悪口の練習は怒ることの練習に繋がるんですよ」


 そんなものだろうか。


「わかった、吉岡くんへの悪口だね。えっと、この金髪の人!」

「……九条。それは悪口じゃなくてただの特徴だ」


 九条真弓。悪口が下手なことが判明。


 本人の人格的なものだろう。性格の良さが滲み出ている。


「ダメですよ九条さん。この下っ端A、若ハゲ予備軍! ぐらい言わないと」

「すげえな。性格の良い悪いってここまでわかりやすいのか」


 桐花が悪口得意だなんて、ずっと前から知っていたが。


「これはもうちょっと練習が必要ですね」

「次はお前の悪口にしろよ」

「あ、ならこうしましょう。悪口ゲームしましょう」

「悪口ゲーム?」

  

 初めて聞くゲームに首を傾げていると、桐花がカバンから取り出したルーズリーフを細かく切り始めた。


「各自この紙一枚一枚に自分以外の人の悪口を書いてください。それをバラバラに混ぜて取り出した悪口を発表するというゲームです」

「なるほど」

「勝敗がないパーティーゲームだね?」

 

 桐花は頷いた。


「いくつか注意点が。まず、誰に向けた悪口かわからない様にすること『これはもしかして、自分への悪口か?』というドキドキ感がミソですから」

「結構難しいな」

「3人しかいないもんね」

「まあ、本来はもっと大勢でやるゲームですから」


 今から他に誰かを呼ぶなんてできないしな。


「そしてもう一つ。これはあくまでゲーム、ジョークです。本気の悪口でギスギスするなんてことは避けてください。誰が書いた悪口か詮索するのもなしで」

「了解」

「わかったよ」


 桐花から切り分けられたルーズリーフを受け取り、それぞれの悪口を書き始める。


 これが思っていたより難しい作業だった。桐花に対する文句は山ほどあるはずだが、改めて悪口として書き出すとなると筆が進まない。


 九条はもっと苦戦しているようで、うんうん唸りながら悩んでいる。


 一方桐花のペンの進みは快調。次々と悪口を量産していっている。こうやって人間の性格の悪さが可視化されると恐ろしいものがあるな。


 俺たちは書き上げた悪口の書かれた紙を見えないよう折りたたみ、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた。


「さてお二人とも。準備はいいですか?」


 桐花は俺たちが頷くのを確認した。


「先ほど言った通り、誰に向けての悪口か、誰が書いたのか、といった詮索はなしです」


 俺たちは再度頷く。


「では、始めましょう」


 桐花が紙を一枚選んで広げる。


『ヤバメガネ』


「これ私ですよね!」


 桐花が開いた紙をテーブルに叩きつけた。


「おいおい。詮索はなしだろ?」

「こんなの100%私じゃないですか! だって、この中でメガネは私1人なんですから!!」


 ふむ。やっぱり難しいなこのゲーム。


 人の特徴を入れずに悪口を言うのは結構ハードルが高い。しかし特徴を入れてしまうと誰に向けた悪口かバレバレになってしまう。


「ほら次行くぞ、次」

 

 まだ腑に落ちない様子を見せる桐花を無視してゲームの続行を促す。


「う、うん。私引くね」


 九条が恐る恐る紙を選び、開く。


『学園一の不良(笑)』


「これ俺じゃねえか!!」


 怒声を上げる俺から、桐花は露骨に目を逸らした。


「いや、吉岡さんとは限りませんよ。案外九条さんが学園一の不良と呼ばれている可能性もーー」

「うるせえ! というかお前だろこれ書いたの! (笑)ってなんだ!?」


 それなりの付き合いだからわかる。この悪口のセンスは間違いなく桐花だ。


「ま、まあまあ吉岡くん。詮索は禁止だから」

「くっそ。次俺引くぞ」


 ぐちゃぐちゃに混ぜられた紙の中から適当に一つ選んで開く。


『大きい人』


「……九条。だからこれは悪口じゃなくて特徴だって」

「いやいや! 私が書いたとは、限らないよ?」


 九条はそうやって誤魔化すが、あからさまに目が泳いでいた。こんなに下手くそな悪口だとバレバレだ。


「じゃあ、一周して私ですね」


 桐花が紙を選ぶ。


『超肉食系』


「あれ? これは誰の悪口かわからないね」


 九条は不思議そうな表情を浮かべる。


「……ああ」

「……そうですね」


 そして当然ながら、俺と桐花は誰に向けられた悪口なのか理解しているので目を逸らす。


「じゃあ、次は私だね」


『超肉食系』


「これ私のことなの!?」


 俺と桐花は目を逸らしたまますっとぼけた。


「……いやいや。九条のことだとは限らないって」

「……そうです。そもそも詮索は禁止です」

「私が書いた覚えがない以上、2枚同じのがあったら私で確定だよ! というか、打ち合わせなしで『超肉食系』が一致するってなんで!? 2人とも普段から私のことそう呼んでるの!?」


 特にそう言った話はしてないが、俺と桐花の見解は完全に一致しているようだ。


 その後、ゲームは続いた。


『性悪メガネ』

『金髪もどき』

『ウルヴァリン』

『ショートカットの人』

『M男』

『赤点』

『ちびっ子高校生』

『甘党探偵』

『無駄ノッポ』

『出禁』

『不良っぽい人』

『プレデター』

『中学4年生』

『ギリギリ捕まってない系女子』

『図体の割に器の方は小さいですね』



「……もうやめにしないか」


 ゲームが続けば続くほどしんどくなってきた。


「絶対これ、3人でやるゲームじゃねえって」


 誰が誰に向けて書いた悪口なのか丸わかりだ。おかげでただ人の悪口を発表するだけの作業になっている。


「そうですね。これ以上は今後の関係性に影響が出そうなので」


 桐花が若干キレた目でこちらを見てくる。


 なんだその目は? こっちだって、明らかにお前が書いたであろう俺の悪口が多いことに、思うことはあるんだからな?


「それで、どうだ九条。悪口の練習になったか?」

 

 自分で言ってて望み薄だと思った。九条の悪口はどれもパンチが弱い。


九条は全く手応えのない表情を浮かべる。


「……今更だけど、別に私タケルくんの悪口言いたいわけじゃないから」

「そりゃそうだ」


 そもそもの目的はオーバーワーク気味のタケルを止めることだ。ゲームをやっててすっかり忘れてたが。


「何を言いますか。こうやって悪口をたくさんいう事で、怒ることができる人間に成長するんですよ」

「九条をお前みたいに性格悪い人間に改造しようとすんなよ」

「私みたいにってどういう意味ですか!」


 そういう意味だよ。


「タケルもなあ。プレッシャー感じるのはわかるけど、気合いが空回りしてんだよなあ」


 俺がそう呟くと、九条は意外そうに目をしばたたかせた。


「え、タケルくんでもプレッシャーを感じるの?」

「そりゃ当然。意外と小心者だぞ? あのゴリラ」

「そうなんだ……」

 

 信じられないと言った様子だ。


「前に焼肉食いに行った時も言ってたんだ。いろんな人から期待されてて気が重いって。九条の応援にも応えなきゃいけないからーー」

「ちょっと待って」


 話の途中、九条が止めに入った。


「焼肉? タケルくんと焼肉行ったの?」

「え? ああ。この前2人で」

「いつ?」

「……確か3週間前の日曜だったかな?」

 

 九条の表情がスーッと消えていく。


「ふーん。そう、タケルくん焼肉食べたんだ」


 ゾッとするほど平坦な声。


「何のために栄養管理してると思ってるのかな? そんな脂質多めの食事、報告してもらわないと」


 九条の目は据わっていた。


「別に焼肉食べたいって言ってくれればこっちでメニュー調整するのに。黙ってたんだ。黙って吉岡くんと2()()()食べに行っちゃったんだ」

「く、九条?」

「普段私とあまりお出かけしてくれないのに、吉岡くんとはデートするんだ」

「デートじゃないぞ!?」


 九条は急に立ち上がった。


「今日はこれでお邪魔するね。ちょっとタケルくんに用ができたから」


 そのまま返事も待たず部室から去る。それを見送った後、俺は冷や汗をかいていることに気づいた。


 桐花も目を見開き、驚いた様子でつぶやく。


「九条さんって、意外と束縛するタイプなんですね」

「……後でタケルに謝っとかねえと」

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